30
またいつも通りの日常が始まった。テイマーになる前と同じ生活だ。
朝ごはんを食べて学校へ、帰ったら宿題を終わらせ、夕飯を食べて風呂に入って寝る。この繰り返し。
違うのは、ラビちゃんがいないこと。いまだに音沙汰がないらしい。
そして、決闘を見たクラスのみんなが、僕を腫れ物のように扱い距離を取っていることかな。
ザンブとの戦いを見て、僕がどうやってスライムを育てたのか気になったらしく、色々と聞いてくるテイマーの子がいた。
僕は嬉しかったんだけど、その子は周りから今はそっとしといてあげないと……だなんて注意されていた。
ラビちゃんがいたときは、みんなともっと気軽に話せてたんだけどなぁ。
だいぶ心は落ち着いたし、悲しくないと言ったら嘘になるけれど、気を遣わなくていいのに。
……でも、そのいつも通りは今日まで。
「ぶっひゃっひゃっひゃ! や~っと帰って来れたぜぇ。さて、俺っちの奴隷はどこかなぁ?」
一
あいつの姿を見た瞬間、嫌な光景が脳内を埋め尽くす。
……ダメだ、耐えられない。
わざと視線を逸らし、窓の外を見て心を落ち着かせる。
しかし、そんな時間は許してもらえなかった。
「おい、俺っちが呼んだら奴隷はすぐに駆けつけろ!」
ザンブに首根っこを掴まれて持ち上げられ、強制的に対峙させられてしまう。
スラマルとコロゾーを失い、追加ステータスがなくなってしまったので、ザンブの力に抗うことができない。
そのまま無理矢理に引きずられ、ザンブの席まで連れていかれた。
「なんだよザンブ、痛いだろ」
「ザンブ様だろ奴隷! 俺っちが座る前にはイスを下げ、俺っちが立ったらイスを戻せ。まぁでもぉ、今日のところはぁ、まだ教育をしていなかったから仕方ないかなぁ? 敬語も使えない無能とは思わなかったけどぉ。……躾だ。おら、イスになれ!」
自分のイスを蹴飛ばしたザンブは、片手で僕を投げ飛ばす。
そして、床に手をつき四つん這いの形になった僕の上に、ドサッと無遠慮に座った。
決闘で決めたことは絶対だ。逆らうことは許されない。
負けたら奴隷になるという条件は、ザンブが一方的に突きつけてきたものだが、僕は感情に任せて同意してしまった。
もし無かったことにしようものなら、最悪の場合は裁判にかけられる。
嘘か真かを魔道具で判別され、犯罪者になってしまう。
そうなれば、罰ゲームなんかじゃ済まされない。
「はい……すみません、ザンブ様」
「ぶひょほほほ! 分かればいいのよ分かればぁ!」
先生がやって来て、イスになるのは免れたのだが、その後は地獄のような時を過ごした。
常にザンブに気を配り、後ろをついて行かなければならない。
イスを動かし、ドアを開ける。
給食なんて当然のように奪われるし、トイレではザンブが用を足す間の見張りをさせられる。
みんなの前で歌わされたり、廊下でザンブのすごいところを大声で言わされたり……そのたびに、クスクスとクラスメートにも知らない上級生や下級生にも笑われた。
「あ~あ、もう終わりかぁ。楽しかったなぁ奴隷くん?」
「……はい、ザンブ様」
学校が終わり、ようやく解放してもらえそうだ。
「そうだぁ、いいこと思いついちゃったぁ! 俺っちってばぁ、奴隷にも優しいのよぉ。いや~、あれは気持ちよかったなぁ。お前のクソ雑魚スライムをプチって潰すのがさぁ! また決闘してぇ、奴隷にもし負けるようならぁ、この罰を無かったことにしてやるよぉ。なっ? 俺っちってば天才だろぉ?」
「……くっ」
「ん、何か言ったか?」
「いえ、そろそろ帰ります」
血が出るほど歯を食いしばり、怒りを耐えた。
こうなっているのも、自分が全て悪いのだ。奴隷になる罰ゲームを受け入れた自分が。
……でも、我慢できない。
何がザンブ様だ!
僕の家族を殺しておいて、何が楽しいだ!
下を向き、逃げ出すように学校を後にする。
僕は走った。がむしゃらに走った。
力一杯拳を握りしめて。
肩が外れそうなほど、大きく両手を振って。
着いたのは、パッセさんの工房。
ザンブが復帰したら、顔を出すように言われていた。
「パッセの親方、いますか?」
「おう坊ちゃん! ちょっと待っててー!」
扉を開けると、作業中のダグラスさんが出迎えてくれた。
いつものイスに座って待っていると、親方が両腕を広げてストレッチしながらやってきた。
「坊主、どうだ調子は? おいダグラス、てめえどこ行きやがる。さっさと座れ!」
「えぇ? あの机、今日中に仕上げろって言ったの親方じゃないですか! 仕事に戻らないと間に合わないっすよ! 今日デートなのに」
「ごちゃごちゃうるせえな、残業しろよ。デートなんざ、ゴブ美を行かせとけ。お前もゴブリンも変わんねえだろ」
「そんなぁ、酷いっすよ親方ぁ!」
いや、変わると思うけど……。
大事な用事があるみたいなのに、大丈夫なのかなダグラスさん。
それにゴブ美ちゃんて、名前からしてメスじゃないの?
待て待て、人間とゴブリンをデートさせようってのがまずおかしいか。
僕も毒されてるみたい。




