24
「返して! 僕の家族なんだ!」
僕はいま、どんな顔をしているのだろう。
鼻の下はドロドロになり、ほっぺたが濡れて生暖かい。
何も考えられなくて、ザンブの足にしがみつきながら懇願している。
「いいことを教えてやろう。俺っちのレベルは24だ。最初に召喚したオークはレベル1。こいつらはレベル12ってわけ。どうせてめえはコツコツとスライム狩りから始めたんだろ? 俺っちはさぁ、オークサモナーだからさぁ~。最初から森の中に入っちゃってぇ、ゴブリンだろうがオークだろうが狩れちゃうのよぉ。……で、お前さぁ、奴隷のくせにいつまでご主人様の体に抱きついてんの? お仕置きが必要だなぁ?」
オークが僕の肩を掴む。
無理矢理にザンブから引き剥がされて、地面に崩し倒されてしまう。
両肩に乗せられた僕の顔より二回りは大きな手のひらから、強い力が加わる。
スラマルとコロゾーを失ったいま、筋力が元に戻ってしまった僕は身動き一つ取れない。
ザンブがニヘラと笑いながら近づいてくる。
この世界の誰よりも醜悪だと思える顔だ。
そして、僕のすぐそばでしゃがみ、闘技場の土を握りしめた。
「おい、こいつの口を開けてやれ! 罰としてクソを食わせてやる!」
「あ……え……」
もう一体のオークが、僕のおでことアゴに手をかける。
グググとアゴを押され、歯を食いしばり抵抗するも、ガクガクと小刻みに揺れながらゆっくりと口が開いていく。
「ぶっひゃっはっはっは! ほ~らぁ、敗北の味だぞぉ?」
ぽっかりと開いた僕の口の中に、ザンブが一掴みの土をねじ込む。
それを見たオークが僕のアゴを閉じて開けて閉じて開けて……無理矢理に咀嚼させようとしてくる。
「んんんんんっ!」
土が喉元まで入ってきて、うまく息ができない。
鼻から空気を取り込もうとするも、パニック状態に陥ってしまっているため、土まで飲み込んでしまう。まるで泥の中で溺れているみたいだ。
苦しい。気持ち悪い。悔しい。悲しい。……負の感情が脳を埋め尽くす。
こんな状態でも五感は働くようで、舌はしっかりと大地の味を脳に伝え、鼻腔は土の香りで刺激されている。
「試合終了だと言っただろ!」
ライル先生の声が聞こえた。その瞬間、目の前を何かが通り過ぎる。
僕の目では追えないほどに速い影が、でっぷりと太ったオークの腹を掻っ捌いてしまった。それも、二体ともほぼ同時に。
傷口から噴き出した鮮血が僕の体に降り注ぐ。
明らかな致命傷だ。
「ゲホッ……オエェ……ゲホッ、ゲホッ」
ようやく体が自由になり、上体を起こして泥を吐き出す。
視線の先では、先生の召喚した青いオーガが、大剣を振って刀身に付着した汚れを飛び散らせていた。
オークどもは、これ以上腹の中身を失いたくないとばかりに傷口を押さえていたが、膝をつき、地面に倒れ伏して消えていく。
それと同時に、血やら何やらと僕の体を色付けていたオークの内容物まで綺麗さっぱり無くなってしまう。
まるで、この世に居たことが否定されているかのように。
「ザンブ・ヨークシャー……貴様、何をやったか分かっているのか! 決着が着いた後に攻撃を加えるなど、召喚士として恥ずべき行為だと思いなさい! 神聖な決闘を汚した罰として、一週間の自宅謹慎とします。もちろん、君の親にも今日のことは連絡しますからね。しっかり反省しなさい!」
「ほぁ~い! ぶひゃひゃひゃひゃ! ぶひゃーっひゃっひゃっひゃ!」
先生の叱責に対して間の抜けた返事。こうなることが分かっていてやったのだろう。あいつが反省なんてするはずない。
静まり返る闘技場の中、ザンブは頭の後ろで手を組み、どこ吹く風とばかりにレッドゲートへと向かっていく。
僕はトボトボと歩き、へし折れたダグランス一号を拾い上げてブルーゲートへと帰ろうとした。
「カイトくん、今日はもう帰りなさい。それと、君の相棒を死なせてしまったのは私の責任です。あなたはよく戦っていましたよ。スライムをあそこまで仕上げるとは、テイマーのお手本となる見事な動きでした。今は辛いと思いますが、これから先……どうするかは自分で決めなさい。何か困ったことがあれば相談に乗りますから」
「……はい」
もっと早く来てくれれば二人は……。
何度も繰り返し脳裏に浮かびそうになる言葉の先を、真っ白に塗り固めて潰す。
先生は最善を尽くしてくれていたし、僕のことを考えてくれている。人のせいにするべきじゃない。
分かってるけど……現実を受け入れられないんだよ。
後悔だけを胸に抱きながら、闘技場を後にした。




