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「ピギィイイイイイ!」
獲物を追い立てる狼の如く、二足歩行の豚の化け物が迫って来る。
僕のステータスは奴らに勝っているはず……なのに、引き離せない。
それどころか、裏に回り込ませないような立ち回り。
このまま下がり続けてたら柵まで追い詰められてしまう。
何かがおかしい。これじゃあまるでオークのほうが格上じゃないか。
「クソッ……! ローリングアタックの準備だ! 僕が敵を引きつける!」
"当てれそうな方を狙います!"
"コロゾーはスラマルに合わせますぜ!"
欲を言えば、少し脚にダメージを与えてオークの機動力を削っておきたかったが仕方ない。
プランが早まってしまったけれど、一体ずつ倒していくのは同じこと。
あとは、僕が二体の攻撃に対処できるかどうかだ。
右のオークが、バッタ探しをしている子供のように掴みかかろうとしてきた。
3メーターを超える体ごと襲いかかってくる迫力は凄まじい。
これを、右に避ける。左のオークによる追撃がこないようにするためだ。
冷静に動きを見ていれば怖い攻撃ではない。
安全に立ち回ることが最優先なので、イレギュラーが起きることを考えて、こちらから反撃するのはやめておいた。
僕らには、必殺のコンボがあるのだから。
蹴りを躱す。
手のひらによる薙ぎ払いを躱す。
次々に繰り出される当たれば終わりの猛攻を躱し続ける。
"カイト様、準備が整いました!"
"わざわざ隙を見せてくれるとは!"
ここで、ついにチャンスがやってきた。
左のオークが、なかなか戦いに参加できないことに焦れて、どうにかして攻めれないかと距離をとったのだ。
僕に夢中な右のオークは当然、無防備な状態となる。
「今だ! ローリングアタック!」
スラマルとコロゾーが、一体目を倒したときと同じように飛び上がり、オークの膝裏に激突する……が。
「……え?」
オークは崩れなかった。
それどころか、ローリングアタックをものともせずに、足裏をこちらに向けて突き出すような前蹴りを放つ。
……回避が間に合わない。予想外の事態に、一瞬動きが止まってしまう。
咄嗟に槍で受け止めたが、衝撃を殺しきれなかった。
あまりの威力に、目の前でダクランス一号がメリメリと音を立てて歪み、そのまま破片を撒き散らしながらへし折れる。
貫通した蹴りがめり込み、押し潰された肺の中の空気が強制的に絞りだされ、コヒュと喉を鳴らす。
その勢いのまま、放り投げられた小石のように後方へ吹き飛んで、数メーターは後ろにあったはずの柵に背中から全身を打ちつけた。
「あ……ぁ……」
意識が朦朧とする。ヘルメットで頭を守っていたはずなのに、衝撃で脳が揺れてしまったようだ。
激痛で体が勝手に悲鳴を上げようとするも、吐き出す空気が足りずに口だけポカンと開けて掠れ声を漏らす。
"カイト様!"
"ご主人、ご無事でありますか!"
二人の声がかろうじて聞こえる。こんな僕を心配してくれているらしい。
最後の最後で油断してしまった。申し訳なさと不甲斐なさが胸一杯に溢れてくる。
「いいよいいよオークちゃ~ん! じゃ、フィナーレといきましょっかぁ? ナメクジどもを捕まえろ!」
僕がやられたことで、スラマルとコロゾーも動きを止めてしまっていた。
逃げようと体を丸めて転がり始めたのだが……少し遅かった。
オークに掬い取られて、ボールみたいに右手に掴まれてしまう。
「そこまで! 勝者ザンブ! すぐに試合を止めるように!」
よかった、先生が止めてくれた。
僕のせいで大事な家族を失うところだった。
負けてしまったけれど、悔いはない。これが今の実力なのだ。
これからまた三人で修行して、少しずつ強くなっていけばいい。
早く二人の元に行って、抱きしめてやらなければ。自分たちのせいだと悔やんでいるかもしれないから。
悲しみは三等分しよう。
柵に手をかけて痛む体を無理矢理に起こす。
まだ視界がぼやけて世界が揺れている。
「……潰せ」
ザンブの指示で、オークの右手が閉じた。
指の隙間からは水風船を握りしめたかのように体液が飛び散り、二度と聞きたくない嫌な音が聞こえた。グチュリと、命が消える音が。
オークどもは手のひらに残った薄膜と核を口の中に放り込み、胃袋の中に収める代わりにゲフッと下品な音を立てる。
口の端からこぼれ落ちるスラマルとコロゾーの体液を舌で舐め取りながら、僕に向けて下卑た顔でほくそ笑む。
「……へ?」
人は、信じられないことが起きたとき、情けない声が漏れるらしい。
スラマルとコロゾーは紫色の煙となり、空中を漂いながらザンブへと向かっていく。
「やだ! 待って! スラマル……コロゾー……行かないで!」
まだ泣かない。
下唇を噛み締め、ふらつく足に喝を入れ、二人の魂を追いかける。
この手で捕まえてやれば、帰ってくるかもしれない。
「てめえのスライムは汚ねえ音がしたなぁカイト! 頑張って育てたんだろ? どうだ、大切なものを失う気持ちは? なあ、なあ、なあああぁ! 俺っちに教えてくれよおおぉ! ぶっひゃ、ぶっひゃははははは!」
僕は走った。今までの人生で一番必死に。誰が速いかを決めるかけっこよりも、学校の成績に関係するマラソンよりも。
……でも、届かなかった。
足がもつれて転んでしまったんだ。
目だけは固定されたようにスラマルとコロゾーの魂を追いかける。
ザンブの体に吸い込まれて消えるまでずっと。




