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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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六十四話 泣かないで

 お母さんのお墓に参った翌日の午後、私はお嬢様のお部屋の前に立っていた。お父様が伯爵相手に言質をとって下さったおかげで、もう一度お嬢様に会うことが出来る。お父様への感謝とお嬢様に会う不安が、胸いっぱいに広がっていた。


 深呼吸を繰り返す。目を瞑り胸に手を当てて、これからどう振る舞うか、再度考えた。


 ──前時間軸のことは、絶対に口に出さない。お母さんのことにも、私からは触れない。病み上がりのお嬢様のお身体に障るような内容は話さない……


 手のひらを握りしめ再度決意を固めてから、扉をノックした。鈴の音のように澄んだ声が返ってきて、心臓が跳ねる。そっとお部屋に入ると、お嬢様は寝台の上で起き上がって窓の外を眺めていた。


 リボンでまとめられた天蓋ベッドのレースカーテンのすそが、吹き込む風に優しく揺られている。なびく金髪を耳にかけて、振り向いた瑠璃色の瞳が私を捉えた。途端、その頬が嬉しそうに紅潮して笑みを浮かべる。


「アメリアンナ……!また会えてうれしいわ!」

「おじょう、さま……」


 今にもベッドを降りて駆け寄ってきそうなほどの喜色満面の笑み。思わず肩の力が抜けてしまった私に、お嬢様ははしゃいだ様子で傍の椅子を示した。


「さあ座って!お話しましょう?」

「……はい。お嬢様のお話、聞かせてほしいです」

「やだ、アメリったら。ここ数ヶ月ただ眠っていただけの私のお話なんて、何を聞くのよ。あなたのお話を聞かせてちょうだい?」


 クッションの効いたその椅子に座って微笑めば、お嬢様はころころと嬉しそうに笑った。両手で手を取り愛らしくお願いされ、いつの間にか私は笑っていた。


「……ふふっ、そうですね。じゃあ、私のお話を聞いてください」

「ええ。そうね……ここ数ヶ月、大きく変わったことはある?」

「たくさんありますよ。まず、──」


 数ヶ月前、帝国への旅に出たこと。その途中でバルドお兄様と出会ったこと。港町の露店で焼き串や髪留めを買ったこと。海を見たこと。船に乗ったこと。魔塔でお父様とお兄様が分かったこと。シル兄様にぬいぐるみをいただいたこと。誕生日を祝っていただいたこと。魔術学院で魔法を習うために勉強を頑張っていること……


 お嬢様は、お父様とバルドお兄様、シル兄様の話の時に話に熱がこもり始めた私を嬉しそうに微笑んで見つめながら、


「ご家族がアメリを大切に思う気持ち、よく分かるわ」


 とおっしゃった。どうしてかと聞き返すと、悪戯っぽく笑って、私の頬に手を伸ばす。


「だって、こんなに可愛いんだもの……!見た目も反応も、何もかも!なに、この柔らかくて可愛いほっぺたは!可愛いにもほどがあるわよ!えいっ!」

「ひゃ、おりょうひゃまっ…………きゃあっ!?」


 私の頬を両手で包み込んで撫でたかと思えば、今度は優しくつまんでふにふにと柔らかさを堪能する。久しぶりのお嬢様の“可愛いものと柔らかいもの大好き症候群”の暴走っぷりに目を回していると、最後はぎゅっと抱きつかれた。お嬢様に引っ張られるがまま、ベッドの上に二人して転がる。柔らかな髪が頬に触れて、泣きそうな声が囁いた。


「……よかった、アメリアンナが幸せそうで……あなたが泣いていなくて、本当によかった……」


 小さな背中に手を添えながら、すん、と耳元で鼻をすする音に目を見開いた。……まさか。


「お嬢様、……泣いているんですか?」

「……いいえ。泣いていないわ。……だって、こんなに……こんなに嬉しいのははじめてなの。だから、泣くはずなんてないの……」


 そうは言いつつ、抱きつく手の震えは大きくなっているし、嗚咽も聞こえてくる。泣き声を抑えて苦しそうなのに、お嬢様は頑として私を抱きしめて離さなかった。額を私の肩に擦り付けて、しがみつく。


「……どうして、そんなに」


 尋常でないその様子に思わずそう零すと、お嬢様はただ首を振って掠れた声で答えた。


「……分からない。……わからないの……」


 肩から額を離して、濡れた夜色の瞳が私の顔をじっと見つめた。赤らんだ鼻の頭がさらに赤くなる。瞳にみるみるうちに雫が溜まっていき、やがて表面張力に耐えきれずぽろぽろとこぼれ落ち始めた。こめかみを伝い落ちていくそれを呆然と眺めていると、お嬢様は感情が決壊したかのように訥々と語り始めた。


「わたしね、…眠っているあいだ……夢を、見ていたの。こわくて……とても、おそろしかった」

「……大丈夫です。大丈夫ですから……こわがらないで……」


 震えるその手を強く握ると、お嬢様は泣きながら再び首を振った。


「ちがう、ちがうのよ。……その夢では、暗い部屋にあなた一人だけが出てくるの。……最初はベッドに眠っているのに、段々と苦しそうにして……そして、飛び起きて……ひとりきりで泣いているの」


 暗い部屋で泣く私。……ただそれだけなのに、その光景を語るお嬢様は悲痛な表情をして私の頬を撫でた。今は流れていない涙を拭おうとしているかのようだった。


「それがずっと……延々と続いているの。毎回毎回あなたは息をするのさえ苦しそうに泣いているのに……私は、なにも出来ない。……泣かないでいて欲しいのに、伸ばした手はあなたに届かない……」


 どうしてなの……と弱々しく呟いて、お嬢様は眉を下げた。再びぎゅっと抱きついて、私の頭を撫でる。


「夢の中のあなたは段々と大人になっていって……どんどんアリアナに似て綺麗になっていって。でも対照的に……感情を表に出せなくなっていって……もう涙も流せていないのに……ただ苦しそうに息を吐いてずっとだれかに……私に、謝っていた……」


 最後の言葉に脳裏に蘇る記憶があり、息を呑む。……前時間軸の、魔法を教わり始める前までの私だ。小さな背を撫でる手が止まったことに気がついたのか、お嬢様の抱きつく力が強くなった。


「……いやよ。……いや。私、あなたに泣いて欲しくない。幸せになって欲しいの……お願いだから、私の手が届かないところで泣かないで……誰もあなたを抱きしめてあげられないところで泣いたりなんか、しないで……あなたは幸せになるべき人なのよ……」

「おじょうさ……」

「……ねえ、アメリアンナ。約束して」


 泣きそうな声が、芯のある強い声に変わった。変化に驚きお嬢様の顔を見ようとすると、肩に額を押し付けられた。


「あなたの人生はあなたのものよ。……二度と、他の人に人生を歪められないでね」

「……っ?!お嬢様、それは……」


 まるで、前時間軸で何があったのかを知っているかのような言葉。反射的にお嬢様の身体を離してその顔を覗き見ると、鼻を真っ赤にしたまま、きょとんと首を傾げていた。


「お嬢様、さっきの言葉……約束、って」

「……約束?そんなこと、言ったかしら……」


 首を傾げて思案するお嬢様には、先程の変わった気配は感じなかった。無意識に前時間軸の出来事を知っていて、お嬢様の意思に関わらずこぼれ出た言葉だというのか。そんなことが有り得るのか。


「……ごめんなさい、覚えていないわ」

「いいえ。……私の聞き間違いだったみたいです」


 お嬢様の肩に触れた手を離しながら、あの言葉が反芻される。……もう二度と、人生を歪められない。同時に、先程のお嬢様の泣き顔と声を思い出す。……お嬢様との“約束”だ。守るしか……ない。


 そう結論づけて、お嬢様のベッドから降りた。

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