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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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六十二話 思い出

 目を覚ました時には、窓のカーテンは閉まっていた。そんなに眠ってしまっていたのかと思いながら、やけにすっきりとした頭に手を当てて起き上がる。ふと寝息が聞こえて左側に視線をやると、ダリアがベッドの横で椅子に座ってうつらうつらとしていた。


 ──ずっと、看病してくれていたのかしら……


 オレンジ色のランプの光に照らされながらカクンカクンと頭を揺らして寝ている少女を見ていると、少しずつ頭が目覚めてきた。ぼんやりとしていた脳が働き出して、今は何時かと時計を探す。どうやら私は、割り当てられた客室に戻ってきていたようだった。


「……あっ」


 時計を探す途中で、隣のひまわり色の頭が一際大きく傾いだ。咄嗟に手を伸ばして風魔法で怪我をしないように頭を支える。そうすると、ダリアは目を開いた。


「ん……わ、たし……え、わあぁぁっ?!」


 魔法によって頭を支えられていることに気がついて慌てて体勢を元に戻すと、彼女は勢いよく私に頭を下げた。


「申し訳ありません、お嬢様……!侍女としての仕事の最中に居眠りなんて……!」

「き、気にしないで、ダリア。お昼からずっと、看病してくれていたのでしょう?ありがとう」


 声をかけるも、ダリアは小動物のようにぷるぷると震えながら謝り続けた。最初は何とか顔を上げさせようとしたけれど、震え続ける様子がなんだか可愛らしくて、思わず笑いがこぼれた。彼女の年齢がまだ19歳ということも、可愛らしさを誘う要因となった。


「お嬢様……?」

「ふ、ふふふ……ダリア、かわいい」


 恐る恐る顔を上げたダリアの顔が真っ赤に染まる。笑いを納めて、ようやく謝罪を止めた彼女の手を握る。


「フィオレと二人で、私の看病をしてくれたんでしょう?お礼を言うわ。ありがとう」

「いいえ……」


 服も寝衣に変わっているし、ベッド横の棚の上には水を張った桶がある。枕元に水を含んでいた布も落ちていた。たった二人で、頑張ってくれたのだろう。


「フィオレは今、休憩を取っているのかしら?後で彼女にもお礼を言わせてね」

「……侍女として当たり前のことをしているまでです。これくらいのことでお礼を言われずとも構いませんよ!」


 首を振って、それでも伝えたいのだと告げると、ダリアは困ったように笑った。


「それにしても随分と寝てしまったわ。えっと……10時間も」


 室内の時計を探しながら計算すると、それくらい経っていた。幸い日は跨いでいないようだが、道理でお腹が空いているわけだと納得する。すると、ダリアがさらりと返した。


「あっ、いえ。一日と10時間ほどです」

「ああ、一日と10時間だったのね……え?」


 聞き間違いかとひまわり色の彼女を見つめると、ダリアはにっこりと笑った。


「夜ですけど。おはようございます!」

「え、え、ええ。おはよう、ダリア……私、一日半も寝ていたの?」

「そうですよう……魔塔主様や坊っちゃま方も大層心配なさっていました。もちろん、私たち専属侍女も!」


 ご無事にお目覚めになって良かったです、と更に笑いかけられて、戸惑いながら頷く。まさか、そんなに寝てしまっていたとは。滅多に熱を出すことがなかったから、これが普通なのか分からない。


「あ、あのね、ダリア」

「はい!何ですか?」


 少し恥ずかしいけど、仕方がない。今にも鳴ってしまいそうなお腹を撫でながら、ダリアに尋ねる。


「目覚めて早々で悪いのだけれど……お腹が空いてしまっていて……何か、食べるものは無いかしら……」

「あっ……そうですよね!お腹空きますよね……!」


 きょとんと目を見開いたダリアは、少しして慌ててベッド横の棚の上を漁り始めた。果物が入ったお椀を見つけて、膝の上へ乗せる。


「スープやパンを出せたら良かったんですけど、いつ目覚められるのか分からなかったので……果物でも良いですか?」

「もちろん。ありがとう。……ダリアは、お腹空いてない?」

「大丈夫ですよ!数時間前に、それはそれは美味しいお夕食を頂きましたから」


 溌剌と答えるダリアは、小刀を取り出して果物の皮を剥き始める。白桃だった。手早く剥き終わったそれを一口大に切って、お椀の中に戻して私に手渡す。私は、白桃を食べながら、ふと思ったことを口にした。


「ダリアって……手際が良いのね」

「孤児院では、職員さんのお手伝いをしていましたからねえ……食事の手伝いから病気の子の看病まで、手伝うことは沢山ありました」


 少しだけ大人びた表情のダリアが昔を懐かしんで思い出を口にする。もっと聞かせて欲しいと言えば、嬉しそうに笑いながら話してくれた。


「私の育った孤児院は、帝都にあるんです。大きなところだったので、たくさんの子が集まっていて、ご飯の時なんて年長の子達はそれはもう大変でした。下の子たちを座らせて食べさせなくちゃいけないので……」


 楽しそうに語るダリアを見ながら、瑞々しい果物を口に運ぶ。


「あっ……七年ほど前には、皇女殿下も視察にいらっしゃったんですよ。うちの子たちも沢山遊んでいただきました。……殿下に憧れて魔法騎士を目指している子もいるくらいです」

「え、そうなの?」

「はい。お嬢様よりも四つ歳上の女の子ですよ。魔術学院に通ってますから、知り合う機会があったら、ぜひ仲良くしてやってください」


 姉の顔をして歳下の子のことを語るダリアは、元気溌剌ないつもとは違った様子だった。ダリアのお願いに笑顔で頷いて、空になったお椀を見下ろす。


「食べ終わっちゃいましたか……お腹、まだ空いていますか?」

「……ううん。大分満たされたわ」

「それじゃあ、もう一眠りしましょうか」


 お椀を私から受け取って棚の上に置くと、ダリアは素早く私を寝転がせてシーツを被せた。ひんやりとした手が額に触れた。


「……うん。熱は下がっているみたいですね。でもまだ夜遅いので、朝まで寝ちゃってください」

「分かったわ……」


 ……歳上の姉がいたら、こんな感じなのだろうか。シーツの上からポンポンと撫でて子守唄を口ずさむダリアに、不思議な気持ちになる。


「その、唄……」

「子守唄のことですか?」

「うん。……それって、帝国では広く知られているの?」


 お母さんが昔よく歌ってくれた唄。船の中でバルドお兄様が歌ってくださった唄。ダリアが口ずさんでいた唄は、それと全く同じだった。


「そうですねえ……帝国の子どもなら、みんな知っているような唄だと思いますよ?」

「そう……」


 ……小さな頃から、お母さんに唄ってもらっていた子守唄。帝国の子守唄だったのかと納得する。目を閉じて子守唄に耳を澄ませ眠りに落ちていく途中、お母さんの唄声が聞こえた気がした。


◇◇◇


 翌日の朝、熱はすっかり下がっていたが、念のため客室で食事をとった。少しするとお父様が部屋を訪れられた。


「熱が下がったようでよかったよ。……昼頃にアリアナのお墓参りに行くけど、動けるかい?」

「……はい。大丈夫です」


 心配そうに金の眉を下げたお父様に、深く頷く。少しでも早く、お母さんのお墓に参りたかった。


 ……前時間軸では結局、私はお葬式の時以外でお母さんのお墓に参ることは出来なかった。お嬢様が亡くなってすぐ、王都の伯爵邸へ移ったから。そして、このお屋敷に戻ってくることが無かったから。


 お墓の移動に関する教会の決まりを知らなかった時は伯爵が怖くて、お墓参りに行きたいなんて言えなかった。知ったあとも、自分の仕出かしたことが恐ろしくて、どうすればいいのか分からなくなっていて、伯爵に反発する気力なんて到底湧かなかった。正直、ルカに魔法を習い始めるまでの記憶は曖昧だ。自分が自分であるという自覚すら薄くなっていた時期だった。


「……早く、行きたいです」


 早くお母さんの墓前に参って、沢山のことを報告したい。家族を見つけたこと、学びたいことを学んでいること、素敵な人たちと知り合っていること、お嬢様が生きていらっしゃること。前時間軸とは全く違う状況を生きていることを、知らせたかった。

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