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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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六十話 伯爵令嬢目覚めの裏側

 時は少し遡る。


 ヴィザーテ家一行の魔塔出立の日の前夜。


 魔塔主フェリシトは、娘が自室へ戻った後、二人の息子を食堂に留まらせた。息子たちを並んで座らせ、自身はその前に向かい合って座る。緊張した面持ちの父の様子に、バルドヴィーノとシルヴィオは無自覚に背筋を伸ばした。


「伯爵邸へ向かう前に、二人に話しておくことがある。長くなるけれど、聞いてくれるかい?」

「……はい」

「……聞かせてください」


 真剣な顔付きで頷いた息子たちに、フェリシトは説明を始める。


「ここからの話は、三ヶ月前にアメリから受け取ったアリアナの日記帳に書かれてあったことに基づいた現状の推測だ。……まず、現在、ティアリーチェ伯爵令嬢は昏睡状態にある。これは僕自身も調べて分かった事だし、皇家からの情報でもあるから確かな事実だ。問題は、その原因なのだけれどね……」


 自身の説明を理解しようと視線を鋭く聴く二人に、説明を続ける。未だ慣れることのない話題についての話で、緊張から口内が乾いた。自分自身、その事実を知った時、目を疑った。


「……僕は、伯爵令嬢の昏睡状態の原因は、“奴”にあるのではないかと思っている」

「“奴”って……」

「“フラエルムの悪夢”……ですよね」


 信じられないというように愕然と目を見開いているシルヴィオに、バルドヴィーノが呟いた。驚きに目を見張ってはいたが、こちらはまだ幾分か余裕があるようだった。父親とこの話をすることに対する慣れもあるのかもしれない。


「そうだよ、バルド。……アリアナの日記帳によるとちょうど三年前の今頃、伯爵令嬢に“奴”が取り憑いたそうだ。その事実に気が付いた彼女は、それがきっかけで忘れていた記憶を全て取り戻した」


 鍵付きの日記帳に書かれてあった記述を思い出す。“奴”に対する怒りからか恐怖からか、はたまた記憶を取り戻した喜びからか寂しさからか。……フェリシトには推し量れないが、伯爵令嬢に“奴”が取り憑いたと書いてあった彼女の文字は、震えていた。


「およそ三年間、“奴”は大きな行動を起こすこともなく過ごしていたそうだが、三月の初旬に急に行動が活発になったそうだ。伯爵邸中に瘴気を撒き散らすようになり、狙われたアリアナも被害を受けて……」


 魔力を持っている人間はある程度瘴気に対する抵抗力があるが、魔力を持たない人間は……アリアナには、その抵抗力は無かった。誰よりも真っ先に、瘴気の影響を受けた。……その結果、命を落とした。


「ここから先のことは当然、アリアナの日記帳には書いていない。……でも、伯爵令嬢は“奴”によって自殺に見せかけて命を奪われかけたのだと思う。伯爵令嬢が寝たきりになった日、彼女は窓から飛び降りたのだそうだから」


 一段落ついたフェリシトの説明に、バルドヴィーノとシルヴィオはしばらくの間何も言わなかった。食堂に静寂が降りてから何度か秒針が進む音が響いた時、不意にシルヴィオが口を開く。


「母上、は……どうして魔塔に帰らなかったんでしょうか。せめて、手紙だけでも送ってくれたら……」


 義母の行動に戸惑っている様子だった。もしも手紙を受け取れていたら、家族五人で暮らせる未来が訪れていたかもしれない。理解に苦しむように微かに眉を寄せたシルヴィオに、フェリシトは言葉を返した。


「……アリアナの、神聖力由来の予知能力は、覚えているだろう?もしも魔塔に帰ってこようとしたり、手紙を送ろうとしたら……アリアナだけでなくアメリアンナも命を落としていた可能性が高かったらしい」


 義母だけでなく妹まで死ぬ可能性があった。父のその言葉に、バルドヴィーノとシルヴィオが同時に息を呑む。……だとすれば、彼女は、娘だけでも生き残れるよう最善の選択をしたのだろう。


 どちらにせよ、三年前にアリアナが“奴”の存在に気が付いた時点で彼女が魔塔に帰れない未来は確定してしまっていた。その事実に、再び食堂に重い沈黙が落ちる。


「……俺たちにその話をしたのは、伯爵令嬢を目覚めさせるためですか?」


 慎重に尋ねるバルドヴィーノの問いに、フェリシトは頷いた。シルヴィオが思い当たったように声を上げる。


「そうか。アメリには神聖力が……」

「……以前あの子が神聖力を使った時の状況を鑑みて、仮説を立ててみたんだ。ある条件を満たしていたら、神聖力は使える可能性が高い」


 その条件の内容を伝えて、バルドヴィーノとシルヴィオに告げる。


「この条件を満たした時、アメリは無防備になる。君たちのうちのどちらかが近くにいてやってほしい」


◇◇◇


 侍女長が伯爵令嬢の部屋から出てくる。控えめに周囲を伺うその姿に、自分を探しているのだと気が付き、バルドヴィーノは光と水の複合魔法を解いた。


「……そちらにいらっしゃいましたか」

「はい。アメリアンナは、中に残っているのですね」


 室内の魔力を感じ取りながら侍女長に尋ねる。整えられた髪や服装から生真面目な印象を受ける彼女は、扉を見て頷いた。


「10分ほど、二人きりにさせていただくつもりです」

「分かりました」


 その言葉を最後にしてしばらく会話を打ち切ったバルドヴィーノだったが、侍女長の様子に再び口を開く。


「……何か、ありましたか?」


 その問いに、侍女長は口をつぐみかけて止めた。控えめに言葉を選ぶ。


「……アメリアンナ様は、伯爵邸を旅立った日、どこか焦っているご様子でした。母親を亡くしてショックを受けていたというのもあったのでしょうが……それ以上に、何かに怯えているようでした。けれど、あなた方とこちらにいらしてからは、普段のアメリアンナ様でした」


 これ以上を言おうか言うまいか、悩むように侍女長が唇を引き結んだ。隠そうとしても隠しきれていない疑惑の眼差しに、バルドヴィーノは得心する。


 彼女は、アメリアンナが旅の途中で騙されたのではないかと疑っているのだ。焦っている時、怯えている時、人は優しくしてくれる人物に頼りやすい。その相手が良心のある人物ならば良いが、そうでなければ酷い目に遭うかもしれない。……血の繋がりは疑われていないだろうが、それでも。10年弱あの子と過ごした侍女長は、ぽっと出の人間に警戒せずにはいられないのだろう。バルドヴィーノとシルヴィオが、明らかにアメリアンナとは異母兄妹であると分かる見た目をしているから、特に。


「……あの子の名前は、11年前、義母(はは)の妊娠が発覚してからすぐに家族みんなで考えた名前です。父はもちろん、私も弟も、あの子の誕生を心待ちにしていました」


 突然話の内容を変えたバルドヴィーノに、侍女長の眉が微かにひそめられる。その様子に内心苦笑しながら、話を続けた。


「……私たちにとってあの子は、本当に大切な子なのです。あの子が、私たちと一緒にいることで安心できているなら、これほど嬉しいことはありません」


 母方の祖父の髪色を受け継いだ自分とも、母の髪色を受け継いだ弟とも違って、父の髪色を受け継いだ妹。三人の関係性を怪しまれることはあるだろう。怪しむ人間には勝手に怪しませておけばいいと思うが、目の前のこの人にはきちんと理解していてほしかった。義母と妹のことを心底気にかけてくれていたのだとわかるから。


「……過ぎたことを申し上げました。お許しください」

「妹を気にかけていただけてありがたいです。気にしないでください」


 頭を下げた侍女長にそう返して、再び室内に意識を戻す。……アメリアンナが、伯爵令嬢の中に残る“奴”の瘴気に気がついたようだ。侍女長に気付かれぬように部屋の周囲に結界を張り、神聖力の光が室外にもれないようにする。


「……侍女長殿。そろそろ入っても良いのではないでしょうか」


 室内に漂っていた瘴気が完全に無くなったのを確認した。もう大丈夫だろう。侍女長を促す。


「そう、でございますね。では、アメリアンナ様を呼んで参ります」


 バルドヴィーノに再び頭を下げて部屋の扉を開いた侍女長が、息を呑んだ。室内を窺えないバルドヴィーノには分からないが、大方伯爵令嬢が目を覚ましているのを確認したのだろう。


「アリアドネ、お嬢様……」


 扉を閉めるのも忘れて、侍女長は室内に入っていった。侍女長と伯爵令嬢とアメリアンナの会話する声が聞こえた後、扉からアメリアンナが顔を出した。


「……あの、お兄様。魔力回復薬をお持ちですか……?」

「持っているよ。……よく頑張ったね、アメリ」


 意図が分からない兄の褒め言葉に首を傾げた妹は、バルドヴィーノから魔力回復薬を受け取ると、侍女長に渡しに行った。説明をする声が、聞こえる。少しして、再びアメリアンナが扉から出てくる。


「お待たせしました、お兄様。えっと……アマルダさんは、目を覚ましたアリアドネ様に付いているそうです。もうすぐ他の使用人の方々もいらっしゃるはずなので、早めに戻った方が良いかと思います」

「うん、分かった。……その前に」


 頬が赤くなっている妹の額に手を当てる。……予想通り、高熱を出している。先程部屋から出てきた時の足取りも、ややふらついていた。ここから客室まで歩いて戻るのは難しいだろう。


「お兄様……?……ひっ」


 苦しげに呼吸を繰り返して見上げるアメリアンナを、ひょいと抱き上げた。小さく悲鳴をあげて肩にしがみついた妹に伝える。


「……熱を出しているだろう?君も早く寝た方がいい」

「え、あ……」


 身に覚えがない、というように首を傾げた妹に、魔力抑制のネックレスを外すよう伝える。体調が悪い状態で無理に魔力を抑制してしまうと、体に悪影響を及ぼす。ネックレスを外したアメリアンナは、少しだけ呼吸が楽になったようだった。


「絶対に誰にも見つからないように帰るから。心配しなくていい。早くお眠り」

「……はい」


 しばらく視線をさまよわせていたが、小さく頷いて瞼を閉じる。しばらくしてすやすやと寝息を立て始めた妹に口元を緩めて、バルドヴィーノは客室に向かって歩き始めた。

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