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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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五十八話 作戦決行の時機

「なるほど……それなら、この後行くのがちょうどいいだろうね」


 シル兄様に呼ばれていらっしゃったお父様は、事情を聞くと頷いて提案された。そして、人差し指を立てて説明を始める。


「まず、この後僕は明日からの予定を伯爵と打ち合わせることになっている。いつアリアナのお墓に案内してもらうか、などだね。伯爵の気をそらせるだろう」


 続いて中指を立てられる。


「次に、伯爵令嬢の部屋を訪れるのなら、可能な限り早い方がいい。……現状、伯爵の意向を知っているのは侍女長殿やその周りの人々なのですね?」

「……はい。私や、古参の使用人たちのみでございます。私含め、皆、伯爵様の意向に関しては反対しております」


 お父様の視線と話の矛先が突然自分に向かって流石に動揺したのか、少し間を開けてアマルダさんが答えた。お父様はそれに頷くと、薄く微笑んで続けた。


「だったら、その意向を僕たちが知らないうちに行動してしまった方がいいだろう。本来なら今、僕たちは伯爵の考えを何も知らないはずだからね。何も知らないのだから、侍女長殿に伯爵令嬢に会わせてほしいとねだるのは、何も不思議なことでは無い」


 そもそもが会わせようとしないという考えの方がおかしいのだけれど、と呟いて、お父様は息を吐いた。


「いくら侍女長とはいえ、伯爵家の使用人が、帝国のヴィザーテ家の命令に逆らえるわけが無い。……建前上は、これでどうにかなると思うよ」


 最後に気遣うようにお父様がこちらを見る。その意図が分からず首を傾げたが、直ぐに思い当たった。口角を上げて、はっきりと伝える。


「私は構いません。立場が急変して舞い上がってるわがまま娘と思われても。……お嬢様に会うためなら」


 貴族令嬢の我儘に訪問先の使用人が振り回されるという話は、その令嬢のフラエルムでの評判を多少落ちさせる。貴族令嬢たるもの、理性的であれというのがフラエルムでの常識だからだ。訪問先の家門よりずっと高位の家門の人間に振り回された使用人には、むしろ同情が寄せられるほどだ。……今回の場合、伯爵の命令の内容が内容なので、口外されることは無く、私の評判が下がることも無いだろうが……アマルダさんが酷い目に会う可能性は、ぐっと低くなるだろう。


「……そんなことにならないよう、伯爵には上手くいっておくけどね」


 少し申し訳なさそうに微笑んで、お父様はご自身の首元に触れた。小さな金属音が鳴って、首から手を離される。銀製の素朴な意匠のネックレスが、お父様の手のうちにあった。


「少し体が重くなるかもしれない。何かあったら直ぐにバルドに言うんだよ」


 そう言って、お父様は膝を着いてその銀の首飾りを私の首にかけられた。その瞬間、ほんの少し息苦しくなって、全身を柔く縛られている感覚がした。体自体は動かせるけれど、何か……普段なら抑制されていない何かが妨げられている感覚があった。


「お父様……この首飾り、何ですか?」

「魔力抑制の魔法道具だよ。……これなら、君の体への負担は一番軽いはずだ」

「どうして魔力抑制を……?」


 周りの状況に対して感覚が鈍くなっている。首飾りによって魔力を抑制されたのだ。確かに、魔法を使おうとしても、魔力を操れなくなっているのが分かった。けれど、なぜお父様がこれを私に着けさせたのかが分からない。


 お父様はその疑問に答えることなく、私をそっと抱き寄せた。わけが分からないまま、お父様の背中に手を添える。私の頭を撫でるお父様の手は、微かに震えていた。


「語りかける時は、伯爵令嬢の手を握って強く願ってごらん。きっと叶うから」

「……お父様?」


 予言めいた不思議なことを囁かれ、聞き返すまもなく体を離される。震えた息を吐きながら私の手を一度強く握ったお父様だったが、一つ瞬きをして、お兄様を見上げる。


「バルド。……頼んだよ」

「……はい」


 相手と強く目を合わせて、短く言葉を交わす。お父様は、お兄様の返答に唇を噛むとシル兄様に視線を移した。お父様の真っ直ぐな目に、兄様の背中がこれまで以上に姿勢正しく伸びた。


「シル。何かあった時のために残っていてくれるかい?」

「分かりました。……用意して、待っています」


 緊張した顔のシル兄様に小さく頬を緩めて、お父様はアマルダさんに向き直った。


「息子、バルドヴィーノが着いていっても大丈夫でしょうか。目立たないようにさせますので」

「……部屋の前まででしたら」


 流石に強ばった顔のアマルダさんの主張に、お父様は深く頷いた。プラチナブロンドが小さく揺れた。


「ありがとうございます」


 最後に私と目を合わせて、空色の瞳を細める。普段は澄んでいる空色が、様々な感情がないまぜになったような複雑な色をしていた。


「無茶をしないこと。何かあったら必ずバルドに伝えること。……約束してくれ」

「……分かりました。約束します」


 強く懇願するような瞳に、心臓が大きく跳ねた。……私が思っている以上に、この計画には危険が付き纏うのだろうか。お父様が、こんな表情をするほどに?


 嫌な予感か、危険への恐怖か。自分でも理解できない感情に鼓動を早めながら、部屋を出ていこうとするお父様を見る。


「僕はもう行くよ。少ししたら、伯爵令嬢の部屋へ向かうといい。伯爵のことは気にしないで」


 頼もしく微笑んだお父様には、自信と責任感以外の感情は見当たらなかった。

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