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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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五十六話 懐かしい場所

「……あの伯爵、いったい何者なんですか。アメリがあんなに怯えるって、相当のことでしょう?」


 それぞれの客室に着き、皆が一息ついた頃。シルヴィオはバルドヴィーノの部屋を訪れた。荷物と上着を部屋に置いてきただけの弟の姿に、バルドヴィーノは思わず苦笑する。部屋に備え付けられたソファに座るよう言って、魔法を使って紅茶をいれた。


「何者と言われても……俺だって、ただのフラエルムの伯爵ってことしか知らないよ。後は……アメリの友人の父親ってことくらい」

「でも……アメリは、度胸のある子ですよ?たかが王国の伯爵に、あんなに怯えるなんて……魔法の実力があるわけでも、武術の心得があるわけでもないのに」


 身分的にも、戦闘力的にも、アメリアンナが恐怖を感じる相手では無い。そうシルヴィオは言っていた。


「目に見える実力だけが、恐怖を感じる原因では無いからね……もしかしたら、何かあの子のトラウマに関連する所があるのかもしれない。それで無意識に恐怖を感じているのかも」


 シルヴィオの対面のソファに腰を下ろして、紅茶を飲みながら三ヶ月前のことを思い出す。フラエルムから帝国に向かう船の中、アメリアンナは悪夢に魘されていた。その中で聞こえた言葉。


『おじょ、さま……ごめんなさ……』


 “お嬢様”というのは、伯爵令嬢のことで間違いないだろう。となると、普通に考えてアメリアンナは伯爵令嬢に対して何らかの恐怖か罪悪感を抱えていることになる。けれど、伯爵令嬢の話をしている時の妹の姿に、そんな感情は見つからない。ただひたすらに、友人への敬意と友愛が込められているだけだった。


「トラウマ……?」

「……もしもの話だよ」


 賢い弟が真実に勘づく前に、話を打ち切る。いずれは弟も知ることだが、今はまだ知らなくていい。弟にはまだ時間はあるから、ゆっくりでいいのだ。


 その時、居室の扉が叩かれた。控えめなノックの音にシルヴィオと二人、顔を見合わせる。


「アメリアンナです。お兄様、入ってもいいですか?」


 扉の向こうから聞こえたのは、小さな妹の声だった。


◇◇◇


 案内された客室に入ると、ダリアが部屋の作りに歓声を上げた。


「わあっ……広いですね!」

「……そうね」


 伯爵邸の客室中でも、かなり広めの部屋を用意された。窓も大きく、景色も良い。今いる部屋の隣に寝室があって、一人二部屋割り当てられている。家具の色合いは淡く柔らかい色で統一されていて、私の好みにもあっている。けれどここは……


「西側の部屋だわ……」

「お嬢様?」


 こぼれ落ちた呟きに反応したフィオレに、かぶりを振って微笑む。


 ……お嬢様の、アリアドネ様の部屋は東側にある。この部屋からはかなり離れた位置だ。そして西側には、一階に伯爵の執務室がある。私の伯爵邸での幸せな思い出は基本東側でのものであり、西側での思い出は、嫌な思い出ばかりだ。


「……お兄様に会いに行ってくるね。荷物を広げてもらっていてもいい?」

「お嬢様、私もお供いたします」

「大丈夫。お兄様のお部屋はすぐそこだから」


 身の安全のために着いてこようとしたフィオレに笑いかけて、するりと客室を出る。カーペットを横切り斜め向かいのお兄様のお部屋の扉の前に立って、ノックをした。


「アメリアンナです。お兄様、入ってもいいですか?」


 すぐに許可が下りたので、そっと扉を開いて中に入る。室内にシル兄様も居ることに気がついて、目を丸くした。


「シル兄様もいらっしゃったんですね」

「ああ。兄上と少し話すことがあってな。アメリは?」

「私は……お兄様にお礼をと思って」


 シル兄様の質問に答えると、いつの間にか紅茶をいれてくれたお兄様が、隣に座るようおっしゃった。


「お礼?」

「はい」


 上半身を向き合って、お兄様を真っ直ぐ見上げる。感謝の気持ちを込めて、頭を下げた。


「先程は、手を繋いでいてくれてありがとうございました。お兄様のおかげで、気が楽になりました」

「あれくらいのことで態々言いに来なくて良いのに……もう気分は平気?」

「はい。ありがとうございます」


 お兄様の確認に、笑顔で答える。そして、シル兄様にも向き合った。


「シル兄様も……」

「……俺?」


 話の矛先が急に自分に向かって驚いている兄様にも、頭を下げた。


「勘違いだったら申し訳ありませんが……伯爵の意識を逸らしてくれてありがとうございました」

「あー……あれ、か」


 思い当たることがあって頬をかく兄様だったが、首を振る。空色の瞳に、まっすぐ射抜かれる。


「あれはただの自己満足だから、気にしなくていい。俺が、震えてるお前を見てられなかっただけだよ」


 本心から言われている優しい言葉に、唇を噛み締める。


「……っ、ありがとう、ございます」


 再度深々と頭を下げた。……こんなに優しい人たちと家族で、本当によかった。温かいお兄様と兄様の思いに、胸がいっぱいになった。


「それにしても……アメリと俺は正門側の部屋だけど、兄上と父上は裏庭側の部屋なんですね。こっちはこういう景色なのか……」

「俺たちの部屋は西側の部屋だから、夕日が綺麗に見えそうだね」


 窓から裏庭を眺めるお兄様たちに、ふと思い出す。そういえば確か……


「……西側の裏庭に面する部屋は、一番眺めが良い部屋なんですよ」

「どうして?」


 窓に近寄って、裏庭を見下ろす。……今の時期だと、以前お弟子さんが植えた花が咲いている頃か。こちら側から見下ろしたことは無いけれど、裏庭に入ったことは何度もある。庭師のお爺さんとお弟子さんたちと、ここの説明について聞きながらよく歩いていた。


「伯爵邸の裏庭は、夕陽に照らされた時が一番美しく見えるように、設計されています。だから、夕日と裏庭を一度に見渡せるこの部屋が一番景色がいいんだって、庭師のお爺さんが言っていました」

「……確かに、これだけの植木とオブジェと池が夕陽に照らされたら、驚くほど綺麗だろうな」

「夕方が楽しみだね。東側は、どんな景色なの?」

「東側は……あ」


 随分と前にお嬢様のお部屋から覗いた外の景色を思い出す。初めて上から裏庭を見下ろしてはしゃいでいた私に、お嬢様がおっしゃった言葉。


「東側には、基本的に伯爵家の方々の居室があります。そこからは、裏庭はもちろんなのですが……使用人の、宿舎が見えるんです」


『夜、暗くなったら、宿舎に灯りがつくでしょう?お父さまもお母さまも屋敷に居なくて一人ぼっちで寂しい夜は、よくここから宿舎の灯りを眺めているの。今頃アメリたちは何してるんだろうって、考えるのよ』


 照れくさそうに小さく笑っていたお嬢様。あの時、私は何と返したのか。今となっては思い出せないけれど、どこか寂しそうなお嬢様の横顔が悲しくて手を握って返事をしたのは覚えている。


 感傷に浸りかけて、目を閉じて気分を切りかえた。


「それで、えっと……お母さんと私は、その使用人の宿舎で過ごしていたんですよ。宿舎の人たちは皆、親切で……侍女長のアマルダさんを初めとして、皆さん本当に、私たちを気にかけてくださって……」


 子どもの私に、よくお菓子を分けてくれたり、本を読み聞かせてくれたり、膝に乗せて噂話に混ぜてくれたりした彼ら彼女らのことを思い出して、頬が緩む。私の幼少期の大切な思い出は、あの人たちが居なかったら成立していない。


「……また、お話したいなぁ……」


 呟いた直後、扉が叩かれて、私は飛び上がった。お兄様と兄様が、口元を押さえてそっぽを向いた。お二人とも、肩が微かに揺れている。


「お兄様!兄様!」

「ご、ごめん」

「悪かったよ」


 頬をふくらませて軽く睨みあげると、笑いながら謝られる。この部屋の二週間限りの主であるバルドお兄様が、ノックに返事を返した。


「……伯爵家の侍女長を勤めさせていただいている者です。アメリアンナ様にお話することがあって、参りました」

「アマルダさん……?」


 扉越しに聞こえた声は、どこか硬質で緊張しているように思えた。お兄様にどうするか尋ねられて、入ってもらうようお願いする。


「……どうぞ、入ってください」


 扉が開いた。

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