五十一話 父と母の○○事情
諸々の買い物が終わり、従業員さんたちと共に商品を持って帰って行くグレタさんを見送っていると、ちょうどバルドお兄様が門から帰ってこられた。魔塔所属の魔法騎士としての制服に身を包んだお兄様を発見して、駆け寄る。
「バルドお兄様!お帰りなさい」
「ただいま、アメリ。今日はグレタが来ていたんだったね」
「はい。夏用のお洋服と、旅行用のお洋服をいくつか買い取りました」
話を続けながら、並んで屋敷に入る。
「父上とシルはもう少ししてから帰るって。先に夕食の準備を始めておこうか」
「はい」
着替えてくるね、と階段を上がっていったバルドお兄様を見送って、厨房へ向かいお兄様を待つ。木製の椅子に座ってグレタさんとの会話を思い出した。
……お兄様に聞いたら、あの続きを教えてもらえるだろうか。お父様とお母さんが結婚する前ということは……私が産まれるより三年は前だろう。バルドお兄様は九歳くらいか。
「九歳くらいだとあまり覚えていないかな……」
「なんのこと?」
「お、お兄様!」
独り言を言っていると、突然話しかけられて飛び上がる。……おかしいわ。私、これでも普通の人よりは魔力や気配に敏感なのに、ここに来てから驚いてばかり。悔しい……
一瞬不満に口を尖らせてから、気持ちを切替える。椅子に座ったまま、首を傾げているお兄様を見上げた。
「えっと……」
厨房へ移動しながら、グレタさんに聞いた話をやんわりと、手短に説明して尋ねる。
「お兄様はこの時のこと、覚えてらっしゃるのかなって気になったんです」
「父上と母上の……覚えているよ。俺にとっても、あの結果は衝撃的というか、予想外というか……面白かったから」
「えっ」
小さく喉の奥で笑っているお兄様に尋ね返すと、グレタさんの時と同様、はぐらかされてしまった。父上から聞いた方が良いと思うよ、と。
「お父様から直接聞くのは、恥ずかしいです……」
「アメリは恥ずかしがらなくて大丈夫だよ。きっと、父上の方が恥ずかしいから……ははっ」
夕食の食材を並べながら再び可笑しそうに笑いだしたバルドお兄様に、そういうものなのだろうかと納得する。お兄様は、ひとしきり笑い終わって落ち着いたようだった。
「お兄様は、だいぶ前のことなのに覚えてらっしゃるんですね。十年以上前のことですよね?」
「そうだね。十三年になるかな……」
お湯を沸かしながら、一瞬、考えるように視線を遠くに投げてから、手元に落とす。その表情の変化の仕方は、お父様とそっくりだった。
「……俺にとって、ただでさえあの頃の思い出は鮮やかなものだったから……」
お兄様は、子どもの頃の思い出をいとおしむように目を細めた。いつもより幼く、けれど大人びた表情に何も言えずにいると、スープに使う食材を渡すように告げられた。手渡してから、手早く野菜の皮を剥き始めたお兄様を眺める。
──お兄様にとっても、お父様にとっても、兄様にとっても……お母さんとの思い出は大切なものなのね。
その当時の四人の思い出に私が居ないのは、当たり前とはいえ少し寂しい。そして、もう家族五人での思い出は作れないという事実が悲しかった。……私も、お父様とお母さん、お兄様と兄様と私で、思い出を紡いでいきたかった。
「とにかく、気になるのなら父上に聞いてごらん。きっと教えてくれるから」
「……ふふ、はい」
野菜を切る手を止めて、悪戯っぽく笑いかけたお兄様に少し笑って、頷いた。
◇◇◇
「……お父様。お父様は十三年前、身を引こうとしたお母さんを何と言って引き止めたんですか?」
家族四人での夕食が始まってすぐ、お父様に問いかけた。ちらりとお兄様を見上げると、優しく微笑んでいる。兄様は目を見開いて、お兄様の様子に気が付くと少し口角を上げた。そして肝心のお父様はというと。
「っ、げほ、けほ、……な、ななっ…なんっ……なんでそんなことを?だ、誰かから聞いたのかい?」
派手にむせて、耳まで真っ赤になって沢山噛んでから尋ね返した。滅多に見ない、お父様のすっかり動揺した姿に思わず声を失ってしまう。お兄様にそっと肩を叩かれてから、我に返った。
「は、はい。お母さんが色々なことを考慮して身を引こうとして、それにお父様が何かした、と……」
「……」
額に手を当てて俯いたお父様の様子に、言葉が尻すぼみになってしまう。金髪から覗く耳は、まだ真っ赤だった。
「……君が望むのなら、話してあげるけど……せめてデビュタントまで待ってくれないかい?心の準備を……」
「準備が必要なほどの内容では無いでしょう」
「別に子どもに話せないような内容でも無いですよね」
しどろもどろに答えたお父様に、お兄様と兄様が重ねて説得にかかる。お二人の表情は、生き生きしていて楽しそうだった。対照的に、お父様は耳だけでなく首まで真っ赤になって小さくなってしまう。その様子がなんだか面白くて、私も口を開く。
「……お父様」
そっと視線を上げたお父様に首を傾げる。
「私、知りたいです。教えていただけませんか……?」
「……う、」
最近、気がついたことがある。お父様は、私の“お願い”に弱い。私がお母さん似だからなのか、十年の空白があるからなのか、もともとお父様が自分の子どもに弱い性格なのかは分からないけれど。お兄様と兄様は、全部だろうとおっしゃっていた。
私の“お願い”に、葛藤するように眉を寄せたお父様だったが、一分ほどの沈黙の後、頷いた。
「分かったよ……」
「ありがとうございます!」
お父様は、赤くなった頬を落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。その様子を眺めながら、お兄様と兄様と、顔を見合せて微笑む。
「僕がしたのは単純なことだけどね。……お母様が身を引こうとしたとき、僕はその理由が彼女や僕の周りの、様々な問題に配慮してのことだったと知っていた。だから、それらを全部解決してから、説得したんだ」
「……ぜん、ぶ」
全部解決してから、説得。……まあ、確かに言ってしまえば単純なことだけれど。簡単なことでは無いだろう。たぶん、たくさんの問題があったはずだ。今、ざっと考えただけで五つほど問題は見つかったのだから。解決するのに困難な問題もあっただろう。きっと、すごく大変だったはず。
「俺たちにも、真っ先に話をしてくれたんだよ」
バルドお兄様が言う。
「幼かったからよく理解していなかったけど、父上は誠実に俺たちに話してくれたし、すでに俺たちはアリアナ様に懐いていたから……受け入れるのに時間はかからなかったな」
バルドお兄様の視線を受けて、シル兄様が言った。
お二人の話を噛み締めていると、温かな眼差しで私たちを見守っていたお父様に、お兄様方が話しかける。
「……まだ、あの時のことで話すことがありますよね?」
「あれは、話さなくていいんですか?」
生き生きとお父様を促すお二人に、お父様は空色の瞳を泳がせた。やがて観念したのか、息を吐き出す。……まだ、何かあったのだろうか。
「……その、説得の時に、だね。……アリアナにプロポーズをしてしまって……」
「プロポーズ?」
「うん」
お母さんを引き留めようとした時にプロポーズしたことの、何が失敗だったのだろう。お父様の様子からして、あまり誇れる思い出ではないようだ。
「交際の段階も飛ばして、あらゆる手段で問題を解決したあとのプロポーズだったんだ。……つまり、その……他の人々に、僕がアリアナと共に生きたいと思っていると既に知られていて……外堀が埋まった状態での申し込みで、アリアナもきっと断りずらかっただろうなと……本当に大人げないプロポーズだったんだ」
再び耳まで真っ赤になりながら過去を思い返すお父様。お兄様が、そんなお父様のフォローをするように慌てて口を開いた。
「母上は、あのプロポーズ、嫌ではなかったと言っていましたよ?最初は確かに困惑したけど、後から考えるとすごく嬉しいプロポーズだったと……母上自身は父上と一緒に居たいと思っていたようですし」
「……うん……ありがとう、バルド」
でも六つ歳下の20歳になったばかりの女性にするプロポーズではなかった……大人げない……と呟きながら、お父様は深呼吸を繰り返し、食事を口に運んだ。
……お父様の、お母さんへのプロポーズはそんな感じだったのか。両親のプロポーズ事情を聞いて、なんだかむず痒いような心の奥が温かいような不思議な感覚に見舞われる。決して不快では無いその感覚に微笑みながら、私も食事を続けた。




