四十九話 拝謁と帰り道
皇宮に入り、時折すれ違う人に挨拶されながら謁見の間の扉前までたどり着く。私たちの来場を告げる声がして、扉前の騎士たちが白亜の扉を開いた。慣れて落ち着いた様子で謁見の間に入るお父様に続いて、背筋を伸ばして室内に入った。
中央奥の数段上の位置に玉座があり、その後ろと両側に数人、人が立っていた。恐らくは大臣たちだろう。
「第37代魔塔主、フェリシト・インカント・ヴィザーテが皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
お父様の挨拶の口上に、玉座に座っていた陛下は頷いたようだった。お父様の一歩後ろで目を伏せたまま、陛下とお父様のやり取りを聞く。
「久しいな、魔塔主よ。そなたは相変わらず若々しくてうらやましいぞ」
「過分なお言葉、感謝いたします。しかし、陛下には遠く及びません。ご健勝なご様子、喜ばしく存じ上げます」
「はははっ、言ってくれる。誰がどう見ても、そなたとわたしの間には10以上の歳の差があると見るだろうに」
からかい混じりの声が笑う。……確か、陛下はお父様より四、五歳歳上だったはずだ。お父様はただでさえ実年齢より若々しく見えるから、陛下のおっしゃっていることは正しいのかもしれない。
ひとしきり笑うと、陛下の視線がこちらに移ったのが分かった。重ねた両手に、知らず力が入った。
「……して、そちらがそなたの末娘か」
「はい。……アメリアンナ」
お父様に促されて、声を震わせないように努めながら名乗り上げる。
「皇帝陛下にご挨拶申し上げます。ヴィザーテ家が第三子、アメリアンナ・インカント・ヴィザーテと申します」
一歩前に出て、最敬意の礼として深々と腰を落とすと、即座に陛下の観察するような視線を感じた。礼儀作法に穴がないか、観察されている。そう気がついて、一瞬ひるんだが、おくびにも出さぬよう微笑みを浮かべ続けていると、陛下が告げた。
「ふむ。……おもてをあげよ」
陛下の言葉にカーテシーを取り下げて失礼にならない程度に陛下を見上げる。私の顔をじっくりと観察した陛下は、目を鋭く細めて、口角を上げた。
「……恐ろしいほどに夫人と生き写しだな」
ぽつりと呟いたあと、金の瞳を細めてよく通る声で厳かにおっしゃった。
「これほどに夫人に生き写しで、金の髪に空色の瞳を持つ少女が、ヴィザーテの血筋であることは疑いようのない事実であろう。よって、アメリアンナよ。そなたをこの皇帝直々にヴィザーテの血筋と認めよう」
皇帝陛下の宣言に、大臣たちから拍手が沸き起こった。数秒続いたそれを片手で制すと、陛下は更に続けた。
「我が帝国を建国当初から支え続けた二つの家門、ヴィザーテとヒーリエの血を継ぐ娘よ。そなたの活躍を、期待しておるぞ」
◇◇◇
最後の最後まで神経を尖らせて、馬車に乗り込む。柔らかなクッションの効いた椅子に座ると、馬車の扉が閉まった。それを確認した瞬間、無意識に安堵のため息をついていた。
──やっと馬車に着いたわ……
謁見の間への行きはあまり人とすれ違わなかったが、帰りが酷かった。たくさんの視線を感じた。陛下に正式に認められたヴィザーテの人間ということで、一目見ようと人が沢山集まってきていたのだ。
胸元に手を当てて息を吐き出した私に、お父様がくすりと笑った。
「随分と緊張していたね」
「予想以上に注目を浴びてしまったので……あの、私、お父様の娘としてきちんと振る舞えていましたか?」
苦笑して返し質問すると、お父様は微笑みながらはっきりと仰った。
「うん。とても上手だったよ。短い時間だったのに、たくさん練習したんだね」
「……ありがとうございます」
お父様の娘ですから、と笑って、走り出した馬車の窓から外を眺める。来る時は緊張していて意識を向けられなかったけれど、貴族の邸宅が並ぶ住宅街は、中々に迫力があった。
──あれ……あの建物……
帝都の外壁の向こうに見える細長い建物に、目を奪われる。……時計塔のようだ。あれは……
「魔術学院の中央時計塔だね。今の時間だと、ちょうど一限目の授業が終わった頃かな」
「お父様……」
どこか懐かしげに遠くの時計塔を眺めるお父様に、ふと疑問が湧いた。
お父様は、魔術学院を卒業された魔術師だ。そして当然、魔術師の頂点に立つお方。言わば魔術師の代表格で、貴族の中の貴族。……そんなお方と、お母さんは、どうやって知り合ったのだろう。
ヒーリエ家没落時にお母さんが既にデビュタントを終えていたのなら、まだ想像は着く。けれど、その時お母さんはまだ13歳で、デビュタントを迎える年齢に達していなかった。魔塔で勤めていた時に出会ったとしても、魔力を持たず魔術師でもないお母さんがお父様と知り合う機会なんて、あったのだろうか。
「お父様、あの……」
「うん?」
疑問を口にしようとして、踏みとどまる。本人に直接聞くのは、少し恥ずかしかった。少し逡巡して、別の質問をした。
「お父様は、いつ魔塔主に就任されたのですか?」
「18のときだよ。……どうして?」
「あ、その……お兄様やシル兄様は、もう成人されているので、この先どうなるのかなと思って」
どちらが魔塔主を継ぐのか気になった。そう答えると、お父様は一瞬、憂いを帯びた微笑みを浮かべた。いつもの微笑みに戻ってから、答える。
「そうだね……魔塔主の位は、シルに継がせるつもりだよ。まあ、もう少し魔術師としての経験を積ませてからだけど……」
お父様の場合は異例の早さでの就任だったのだと、苦笑する。首を傾げると、空色の瞳が手首に視線を落とした。そこにかかっているのは、魔力抑制の腕輪だ。
「お父様のお父様……つまるところアメリのおじい様だね。その人、先代の魔塔主が、早くに亡くなったんだ。だから少しでも早く魔塔主の位を埋める必要があって……」
「……“早く”……」
思わず小さな声で反芻する。
「だいぶ昔だよ。30年も前のことだ」
30年前。つまり、お父様が九歳の頃か。そんなに小さな頃から……
「アメリ」
小さな頃のお父様を思い浮かべようとして、お父様に呼び止められる。真っ直ぐな、どこか懇願するような空の瞳と目が合った。
「……親だけが、自分の世界の全てでは無いからね。バルドもシルもグレタもカッソも、君を大切に思っている。だから……もし失ったとしても、悲しまないで」
「お、父様……?」
謎めいた不穏な言葉に聞き返そうとしたその時、馬車が揺れた。屋敷に帰りついたようだ。扉が開き、聞き返すタイミングを逃してしまう。結局その後、私はお父様にその言葉の真意を聞けないまま、魔塔の屋敷に帰ることになったのだった。




