四十八話 皇宮へ
あれから、一週間が経った。
「ちょっと、そこの髪飾りを取ってくれる?」
「これ?」
「そう、それよ」
「……ねえねえ、やっぱり、もう少し華やかな飾りの方がいいんじゃないの?」
「これでいいのよ。夜会に行くわけでもないんだから」
今、私は白いドレッサーの前に座って、帝都のヴィザーテ邸のメイドたちに髪をセットしてもらっている。髪飾りのことで話し合っていたようだが、彼女らの会話は、すぐに落ち着いた。
「……お嬢様。準備が整いましたよ。いかがでしょうか」
半円状に並んだ三つの姿見の前に立ち、メイドたちによって整えられた自分の姿を確認する。白と水色のワンピース状のドレスの上に水色のケープレット。水色のリボンの落ち着いた髪飾りは、複雑に編みこまれた髪によく似合っていた。落ち着いた雰囲気ではあるけれど、決して地味では無い服装だ。白と水色を基調としたその色合いは、まさにヴィザーテ家を体現しているかのよう。
「……うん。とても素敵。みんな、ありがとう」
髪型が乱れないよう、ゆっくりと回って確認したあと、並ぶメイドたちに感謝を述べた。まだ若い彼女たちは、それだけで嬉しそうに微笑んだ。
……あれから一週間。今日は、私が皇帝陛下に拝謁する日だ。
「お父様。お待たせしました」
「アメリ……よく似合っているよ」
「ありがとうございます」
玄関ホールで待っていてくださったお父様は、大階段を降りて駆け寄った私に一瞬驚いた顔をすると、微笑んだ。お褒めの言葉にお礼を告げてから、改めてお父様の格好を確認する。
「……お父様も、とても素敵です」
「ありがとう」
お世辞と受け取ったのか、いつも通りの微笑みを見せたお父様に、思わず苦笑してしまった。お世辞なんかじゃないのに。魔塔主として正装をされたお父様は、思わず見とれてしまうほど美しかった。
今日の私の拝謁には、お父様も同行してくださる。そのため、正装をなさっているのだが……
──家令が若い使用人たちに今日だけ休暇を与えたのも納得できるわ。
それほどに、美しい。
お父様と私は、数日前から帝都のヴィザーテ邸に滞在している。魔塔のお屋敷と違い、ここには多くの使用人が居たのだが、今日だけ男女問わず若い人々の数が明らかに少ない。私の服装や髪型を整えてくれたメイドたちは数少ない例外で、ほとんどの年若い人たちが、休暇を与えられているのだ。その理由は、ただひとつ。
──お父様の姿に見とれて仕事が出来なくなる人が出てくるから、よね……
経験を積んだ年配の方々はともかく、うら若き彼らは、美しい人に対する耐性がない。女性だけでなく、男性もだ。お父様の神々しいまでの美しさは、性別問わず人々の目を惹き付けてしまう。魅了するのではなく、ただひたすらに見とれさせてしまうのだ。世が世であれば、もしくはお父様の立場が違っていたら、新興宗教の神輿頭にでも担ぎ上げられていたかもしれない。
「……アメリ?」
「……っ、失礼しました。もう出発しますか?」
「うん。行こうか」
差し出された手に手を重ねて、ヴィザーテ家の権威を示す豪華絢爛な馬車に乗り込んだ。……魔塔のお屋敷以上に広い帝都のお屋敷、ため息をついてしまいたくなるほど壮麗な中庭、フラエルムでも滅多に見られないほど質の高い使用人、それにこの四頭立ての馬車。改めて、ヴィザーテの位の高さを思い知る。
──私、きちんとこの家の末娘として相応しく振る舞えるかな……
皇城への道を走る馬車の中で、思わず弱気になってしまう。静かに深呼吸した私に気がついたのか、向かいに座るお父様が名前を呼んだ。
「アメリアンナ」
「はい」
答えると、お父様は悠然と微笑んだ。今までに見たことの無い雰囲気の微笑みだ。魔塔主としての自信と、父親としての慈しみに満ちた微笑みだと分かった。
「気負う必要はない。身につけたマナーを試す場だと思って、気楽にやりなさい。君を正面切って批判できる者など、この帝国にはいないのだから」
「……は、い」
お父様のお言葉に息を呑んだあと、噛み締めるように心の内で反芻しながら頷く。気負わず、気楽に。お父様も居てくれるんだから。怖がらなくて大丈夫。
そう言い聞かせていると、どくどくと忙しなく跳ねていた鼓動が落ち着いていくのを感じた。
「……ありがとうございます。お父様」
微笑んで、改めてお礼を告げた。まだ緊張は残っているけれど、先程のような嫌なものでは無い。陛下へ謁見する心構えに適切な、程よい緊張だ。
ややあって、馬車が止まった。……入城時の家門の確認作業は、先ほど少し止まっただけで終わった。つまり、完全に止まったこの状況が示すのはただひとつ。
──皇宮に、着いたのね。
ひとつ深呼吸をしてから目を開くと、お父様がこちらを伺うように見つめていたことに気が付く。
「行けるかい?」
「はい」
お父様の最後の確認に、即座に頷く。扉が開いて、お父様が先に馬車を降りた。朝の陽の光に照らされたお父様が、エスコートするように手を差し伸べた。その様子に思わず膝の上の拳を握りしめる。
馬車を降りて入城すれば、きっと私は好奇の視線に晒されるだろう。それがどれだけの数の人間から向けられるかは想像がつかないが、覚悟は出来ている。……ここから先、一挙手一投足、ヴィザーテの末娘として品ある行動を心がけよう。そう心に決めて、お父様の手に手を重ねた。




