四十三話 10歳の誕生日
「アメリアンナ。ケーキは口に合ってるかい?」
「は、はい。とても美味しいです……」
「よかった。多かったら残してもいいからね」
「ありがとうございます……」
私の返事を聞いたお父様が、嬉しそうに微笑む。お父様の作られた食後のケーキはとても美味しいのだが、如何せんお父様やお兄様、兄様からの見守る視線が気恥ずかしくて充分に味わえない。……誰か大勢の人に誕生日を祝われるなんて、九年ぶりだ。こんなふうに見守られながら祝福されて、どんな反応をすればいいのか分からない。忘れてしまっていた。
「……あの、お父様。お兄様、兄様」
「ん?」
お三方が同時に首を傾げる。切り分けられたケーキを食べ終わって静かにカトラリーを置く。恐る恐る、口を開いた。
「私の誕生日は、どうやって知ったんですか?」
私の質問に、お父様がそっと微笑んだ。
「……アリアナの日記帳を、渡してくれただろう?そこに君の誕生日が載っていたんだよ」
「あ……」
お母さんの、日記帳。そこから知ったのか。確かに、あの日記帳は三年ほど前から付けられていたはずだから、私の誕生日がのっていても不思議じゃない。
「俺も、父上にそれを聞いてね」
確かシルが帰ってきた日だったかな……と、バルドお兄様も微笑んだ。
「俺の場合は、アメリアンナ自身から聞いただろ?」
「た、確かに……」
首を傾けたシル兄様に、頷く。そういえば、ぬいぐるみをいただいたあの日、朝食の前にシル兄様とそんな話をした。あの時は兄様がきちんと私より年上だったということに意識が向いていたけれど……そうだったのか。
納得した様子の私に、ちらりとお父様とお兄様を見た兄様があるものを差し出した。
「……アメリアンナ。改めて、誕生日おめでとう」
「えっ……」
差し出されたものは包装用紙でプレゼント用に包まれている。形状から、少し分厚めの本のようだと予想がついた。私への誕生日プレゼントだと気がついて、思わず口を開く。
「まっ、待ってください!私……この間も兄様からプレゼントをいただいたのに、またいただくなんて……」
貰い過ぎだ。こんなに立て続けにプレゼントを貰ってばかりだと、嬉しいを通り越して申し訳なくなる。ましてや、お父様やお兄様とは違って、兄様はこの間まで学院生だったのだ。そんな人に沢山プレゼントをいただくなんて……
「俺が、ただ一人の妹の誕生日を目一杯祝いたいんだ。……誕生祝いも、一歳から九歳までの誕生日のお祝いも、してやれなかったから」
お金ならギルドで稼いだものを使っているから心配しなくていい、と仰る。そう言われてしまうと、何も返せなかった。理由は分からないが、私を身篭っていた頃、お母さんは何かが原因で家族と離れ離れになってしまった。それからの十年間の苦痛は、お父様たちの様子を見れば分かる。そこにある想いを、簡単に否定することは出来なかった。
「……わかりました……ありがとうございます」
シル兄様がほっと息をつかれたのを見て、一度拒否してしまったことに罪悪感が芽生えた。兄様も、緊張していたのかもしれない。
「あの、…たくさんプレゼントを貰うことに気後れしてしまっただけで……お祝い自体は、とても嬉しいです」
ありがとうございます、と再度頭を下げると、兄様は安心したように微笑んだ。祝わせてくれてありがとう、と重ねて告げられ、思わず喉の奥が熱くなった。それを隠すように慌てて中身を確認して、感謝を告げる。中の本は、魔法を習い始めた者に適した分かりやすい魔法書だった。魔法書を抱きしめながら、唇をかみしめる。
……家族に誕生日を祝ってもらえることがこんなにも嬉しいことだったなんて、忘れていた。思わず目頭に集まった熱を逃すために幾度か瞬きをしていると、バルドお兄様に話しかけられる。
「……俺も、君の誕生日を祝ってもいいかな」
「っ……は、はい……!」
お兄様に渡された包みは、手のひらに乗るほどの小さなものだった。開けていいか確認して包みを開くと、出てきたのは空色の花びらが詰まった半透明の綺麗な栞。上部には薄紫色の細いリボンがくくられている。栞は二つあるようで、もう一つは花びらとリボンの色が逆に揃えられていた。
「本を読む時に、使ってみてほしいな。汚れ防止の魔法陣を組み込んでいるから、汚れることは無いよ」
……本を読む時の栞。今までそんなものを持たずに読んでいたから、新鮮だった。毎回毎回どこまで読んだか確認しなくていいのが楽だ。
「ありがとうございます……大事に使いますね」
光に照らしてみると綺麗に反射していた。本を開く度にこれが目に入ったら、さぞ心躍るだろう。……やっぱりお兄様は、贈り物のセンスが良い。人をよく観察しているのが分かった。
「……最後は、僕からだね」
それまで私たち兄妹を見守っていたお父様が、椅子から立ち上がって近付く。静かに私の前に膝を着くと、懐から何かを取りだして私の胸元に取り付けた。それを着ける為にまつ毛を伏せていたお父様があまりにも綺麗で、私は思わず目をそらしてしまった。同じ家で暮らして、この美貌にも大分慣れたと思ったが、やはり間近で見ると慣れる気がしない。ありえない事だが、もしもお父様が女性だったらと思うと空恐ろしくなった。軽く国の一つや二つは傾けそうなほど美しい人だ。
「……生まれてきてくれてありがとう、アメリアンナ」
夏空を思わせる空色に微笑まれ、そこに映る感情に思わず息が止まる。愛情深い優しい瞳。ひたすらに娘への慈しみの感情しか映っていないのが、息が苦しくなるほど嬉しかった。
どこか呆然としたまま、そっと胸元に取り付けられた物に触れる。小さな表面の丸い宝石のようだった。見ると、青い宝石があしらわれたブローチが着けられていた。宝石は……アイオライト、だろうか。
「ブローチ……」
「……何かあったら、この金具の所を押すんだよ。僕が刻んだ魔法陣が発動して、強力な結界が張られるから」
お父様が……帝国の魔塔主様が直々に防御結界の魔法陣を刻んだブローチなのか。結界の強度は凄まじいものだろう。そんな素晴らしい代物をいただいたことに一瞬背筋が震える。お父様がいつもと変わらない優しい頬笑みを浮かべているのも、震えを呼び起こした。
……強力な魔法陣は、時に外部からの侵入を拒むあまり相手を遠くまで吹き飛ばしてしまうこともあるのだが……そこは考慮に入れられているのだろうか。
「自分を害そうとする相手に容赦する必要はないからね?」
……考えられていたらしい。
「そ、そうですね……嬉しいです。ありがとうございます」
神秘的な顔立ちで微笑みながら中々厳しいことをおっしゃるお父様に、同意する声が上擦った。なんというか……お父様、少し過保護なところがあるのかしら……それでも、私のことを考えてくれているということなので、そこは嬉しい。ブローチに触れて感謝を述べた。




