三十九話 魔法訓練
「今日は二人は、魔法の訓練をするんだったね」
朝食中、お父様に尋ねられて、シル兄様と頷いた。ちなみに今日も、お父様とバルドお兄様はそれぞれお仕事があるのだそうだ。シル兄様も、四月に入ったら魔塔魔術師として研究塔にお仕事に行ってしまう。……四月になったら私は、日中はこの家に一人お留守番になるのかもしれない。少しだけ、寂しい。
「魔法について、きちんと学んでおきたくて……」
前時間軸でルカに教わった内容の真偽を疑っているわけじゃないが、きちんと確認しておきたい。それに、早めに魔法を習っておいたほうが、後々魔法を使う必要に迫られた時に役立つ。魔法を習わずに様々な魔法を連発してしまったら、怪しまれるだろうから。
続けて、シル兄様がおっしゃった。
「もっと魔法を鍛えておかないとと思ったんです」
私の言葉には微笑したまま頷いていたお父様だったが、シル兄様のその言葉に一瞬目を見開いて真剣な表情になる。……お兄様方をちらりと見上げると、バルドお兄様は眉を下げて微かに苦笑していて、シル兄様は真剣な表情でお父様の視線に応えていた。
「……シル」
「……はい」
お父様が、シル兄様をじっと見つめて、一言だけ、発せられる。
「無理だけは、しないようにね」
「……承知しています」
お父様は、シル兄様の返事に優しく微笑んでから、頷いた。そして、私に振り向く。
「……アメリアンナもだよ。魔力反動や魔力切れには気をつけて。体調が悪くなったら、すぐにシルに伝えなさい」
「は、はい」
急に話が振られて、思わず飛び上がって頷く。隣のバルドお兄様が、私のその様子に小さく笑った。
「ば、バルドお兄様……!」
「ご、ごめん……ふ、ふふ」
ここ数日で気がついたが、バルドお兄様は意外にも笑いのツボがかなり浅いようだ。抗議の意を込めて眉を寄せて見上げると、降参するように手を挙げて謝られる。しぶしぶ朝食に向き直って、お父様の作った食事をいただいた。温かい会話の中で食べる朝食は、いつも通り、とても美味しかった。
◇◇◇
「それじゃあ、始めるか」
「はいっ!」
朝食から数時間後、中庭で兄様と私は向き合った。魔法の訓練なので、お互い比較的ラフな格好だ。シル兄様は普段通りのカーディガン姿だし、私も、スカートを着ているように見えて実際はキュロットである。
「確か、ある程度魔法を使えるんだったよな。少し使ってみてくれ。ここからあそこの的を目掛けて魔法を放ってみてくれるか」
「なんでもいいですか?」
「ああ」
……何にしようか。得意なのは水魔法と風魔法だ。逆に、苦手なのは火の魔法。まずは得意なものからだろうか。
シル兄様がおっしゃった的まではそれなりに距離があったので、掲げた手のひらに水を収束させて的目掛けて放ってみる。円盤の的までの距離を考えて、押し出す力は強めに。水が的まで届いてそれを揺らしたのを確認して、ほっと息をついた。
──よかった。魔法を使う力加減は間違えずに済んだわ。
魔力反動も起こしていない。一度に使える魔力量は、今の私の体ではこのくらいが限度ということか。
「シル兄様……どうでしたか……?」
「……え、あ、そうだな……」
何も言葉を発さない兄様に不安になって尋ねると、的を見つめたまま動かなかった兄様が、はっと瞬きをした。視線をさまよわせながら、途切れ途切れに答える。
「……想定外だったよ。九歳でこれなら、大したものだ。学院の実技試験は、もう問題なく突破できるだろうな」
「え……ほ、ほんとうですか?!」
思わず背伸びをして兄様を見上げてしまう。実技の面だけで言えば、もう憧れの魔術学院に入学できる。それがたまらなく嬉しかった。前時間軸で、ルカの鬼特訓を頑張った甲斐があったというものだ。
「……ああ。俺が保証するよ」
息を呑んで、上がる口角を隠すように口元を両手でおおった。……もっと、頑張ろう。もっともっと訓練して、もっともっと力をつけて。学院の入学試験で実技で首席を取れるくらいに努力しよう。目指すはもっと上だ。
「……シル兄様!今の私の魔法、直すべきところはありますか?それと、ほかの魔法も見ていただきたいです!」
「あ、ああ。そうだな……水を収束させるのはもっと早くできるから──」
勢い込んでお願いして、いただいた助言を基に再度挑戦してみる。他の魔法も見ていただいた。それを一時間以上続けると、さすがにお互い疲れてきた。魔法を放っている私はもちろん、それを観察して的確な助言を与える兄様もだ。庭の大きな木の下の木陰に入って休憩をする。
「アメリアンナは、火魔法が苦手みたいだな。威力も弱くなっているし、魔力の消費が激しくなる」
「……精進します」
魔法陣などはともかく、魔法の実戦においての行使は、感覚勝負なところがある。もともと魔法自体が自然界の精霊たちの力を借りるというものだから、理論や理屈よりも「感じて使う」に近いのだ。そのため私は、火を感じるというのがあまり理解できず、火魔法は苦手なのだ。克服するべきだと再確認していると、ふと気になる疑問が湧いてきた。
「……そういえば、シル兄様の得意な魔法は何ですか?」
「俺の?」
「はい」
兄様は一瞬考えるように視線を飛ばしたが、即答した。
「植物魔法だな。植物を操ったり、花を咲かせたり、実をつけさせるのが得意だ」
「植物の……」
素敵だ。花を咲かせるのが得意という、予想以上にロマンティックな回答に、思わず感心する。シル兄様は、そんな私に小さく手招きをして、大木の幹に手を添えた。兄様に近寄ると、蕾のついた木の枝が上から降りてきて、兄様の手のひらの上でポンッと花を咲かせる。
「わ……」
「……魔法の得意不得意は、魔力を見る目のある人が見れば、生まれた直後から分かる。俺の名前も、父上が俺の得意な魔法を予想してつけられたんだ」
少し嬉しそうにシル兄様はおっしゃった。シル兄様のお名前は、お父様がつけられたのか。私の名前は、お父様やお母さんやお兄様、兄様で話し合って決められたと聞いている。だったら……
「……バルドお兄様のお名前も、お父様が?」
「あ、いや……」
私の質問に途端に歯切れが悪くなった兄様は、視線を花に落として下唇を噛んだ。しばらくして、ぽつりと呟く。
「……兄上に名前をつけたのは、母様……俺たちの実母だ」




