三十七話 兄様からのプレゼント
翌日の朝。早めに起きて身支度を済ませた私は、机の上に置いた三冊の本とにらめっこをしていた。
「どうしよう……」
この三冊の本は、数日前にお父様から頂いた書物だ。『魔法入門書』と『スペランツァ帝国建国史』と物語。今日はどれを読もうか、と悩んでしまう。どれも既に一通り目を通してしまった。また読んでもいいが、今はとにかく身につけるべき知識をできるだけ早く身につけてしまいたい。
魔術学院の入学時期は、12歳の秋。受験時期は初夏だ。そう考えると、受験までは僅か二年しかない。合格できるよう、計画的に勉強を進めなければ。
「新しい本を買いに行きたいな……」
どんな受験科目があるのかはまだ分からないが、書店に行けば分かるはずだ。一人で買いに行けるかな……?お父様もお兄様も、二人とも今日は魔塔のお仕事があるらしい。シル兄様はお帰りになったばかりだから休まれたいだろうし……
眉をしかめて考え込んでいると、部屋の扉がノックされた。バルドお兄様だろうか。朝食の時間になってしまったのかもしれない。準備のお手伝いは出来なかったけれど、後片付けは必ず手伝おう……と決めて扉を開く。けれど、その先に立っていたのは、バルドお兄様ではなかった。
「……シル、兄様?」
「……アメリアンナ。おはよう」
「お、おはようございます」
戸惑いながら挨拶を返す。私がずっと上にあるシル兄様のお顔を見上げていることに気が付くと、兄様は軽くしゃがんでくださった。シャツにカーディガンを羽織っているだけの姿の兄様の首元で、銀髪が揺れた。癖ひとつないその髪を少し羨みながら、首を傾げる。
「あの、それは……?」
「……プレゼントだ」
シル兄様は、腕に抱えていた大きな包みを私に渡した。……私宛ての、プレゼント……らしい。
「これは、いったいどうして……」
プレゼントを頂くようなことをした覚えはない。それに、これはいつ買われたのだろう……昨日はもう夜遅かったし、今はまだ朝だ。プレゼントを買いに行く時間なんて……
「初めて会う妹に、なにかしてあげたくて……帝都からの帰り道で買ったんだ。昨日は渡すタイミングが無かったから、今、渡そうと思ってな」
「帰り道で……開けてもいいですか?」
ちょうど胸元に抱き抱えられる大きさの柔らかな包みに少し高揚しながら、尋ねた。……私へのプレゼント。まだ会ってもいない時から、思いやってくれたことが嬉しかった。シル兄様が頷いたので、そっと袋のリボンの結び目を解く。中から取り出してみると、その可愛らしさに思わず歓声をあげてしまう。
「かわいい……!」
「気に入ったか?」
「っ、はい!とても!」
白く長い耳に青いリボン。つぶらな瞳に上がった口角。白い胴体には、水色のワンピースが着せられていた。可愛らしい白うさぎのぬいぐるみ。
もっと小さな……片手で持てるくらいの大きさのお人形なら、お母さんに貰ったことがある。けれど、この大きさのものは初めて。まるでお嬢様の寝室のベッドに横たわっていた沢山のぬいぐるみたちのように大きくて可愛らしい。……この大きさなら恐らく、ぎゅっと抱きしめて寝ることだってできるだろう。幼い頃からの密かな夢が叶いそうだ。
「ありがとうございます……!シル兄様……!」
「……気に入ってくれてよかった。こちらこそ、喜んでくれてありがとな」
早速ぬいぐるみを抱きしめて頬ずりしながらお礼を告げると、シル兄様は微笑んだようだった。
その後、食堂へ向かう途中で兄様に話を聞くと、このぬいぐるみは急遽帰り道に買ったものらしい。シル兄様は、私が魔塔に来たという知らせを帝都を出発したあとに受け取ったらしく、帝都でなく商隊でプレゼントを選んだのだとか。
「本当は、帝都の人気菓子専門店の商品とかをあげたかったんだけど……ぬいぐるみでも喜んでくれて安心したよ」
「お菓子も魅力的ですけれど、大きなぬいぐるみを持つのも密かな夢だったんです。ありがとうございます」
ぬいぐるみは部屋に置いてきたが、戻ってからまた抱きしめよう。ふわふわで気持ちよかったから、今夜はあの子を抱きしめて寝てみたい。ほくほく顔で大階段をおりていると、頭上で息を吐くように笑った気配がした。シル兄様だ。
「……シル兄様?」
「……昨日から、ずっと大人びた様子だったけど……ちゃんと子どもらしいところもあるんだな。安心した」
大人びた様子、という所にどきりとする。確かに、一般的な10歳児とは様子が違うだろう。中身は18歳の成人済みの人間なのだから。考えてみたら、中身18歳でぬいぐるみに一喜一憂しているのってどうなのかしら……待って。
「……兄様……あの、つかぬ事をお聞きしますが……」
「ん?」
私よりも二段ほど階段を下りた位置にいるシル兄様に、恐る恐る問いかける。
「……シル兄様のお誕生日は、いつですか?」
「俺の誕生日?……11月の25日だが……?」
……よかった……!!精神年齢的にも、シル兄様はちゃんと私よりも年上だわ。精神年齢的には年上の相手を妹と呼ばせる羽目になっていなくて、よかった……!私は18歳の4月から巻き戻って現在に至るから18歳と1ヶ月だけれど、シル兄様は18歳と4ヶ月だわ。本当によかったわ。
「アメリアンナはいつなんだ?」
「私は3月29日です」
「……え、は…?まっ……それって」
シル兄様が何かを言おうとした時に、厨房に着いた。まだ朝食の準備は終わっていないみたいだ。
「シル兄様?何か……?」
「……いや、大丈夫だ。父上と兄上を手伝いに行こうか」
「はい」
歯切れ悪く首を振ったシル兄様に少し疑問を感じながら、頷く。……今日の朝食は何だろうか。心躍りながら、手伝いに向かった。




