三十六話 三大魔法一族
入ってこられたお父様とバルドお兄様は、隣同士で座っている私たちを見て頬を緩ませた。席を立とうとした私に、お父様が、そのままで構わないよと仰ってテーブルに近付く。
「話はできたかい?」
「はい。ありがとうございました」
お父様の問いにシル兄様が答える。私も、慌ててそれに続いた。
「はい……!できました。ありがとうございます」
「そうか……よかったね」
微笑んだお父様は順番に兄様と私を見て、バルドお兄様に座るよう促した。ご自身は、椅子の背もたれの縁をそっと撫でてから座る。丁寧な手つきが印象的だった。
「どんなことを話したんだい?」
「えっと……」
お父様の問いにちらりとシル兄様を見上げる。呼び方のくだりは話してもいいのかな……?いえ、やめておきましょう。
「魔術学院のことや……ヴィザーテ家のことなどを。勉強になりました」
「あっ、魔術学院のこと、聞けたんだね」
「はい」
お兄様に頷く。……シル兄様のお話を聞いてよかった。やっぱり私、魔術学院に行きたい。魔法を学べる上に自分の好きな専門科目を選択できるなんて、行きたいに決まっている。
「ヴィザーテのことというのは?」
「ヴィザーテ家の成り立ちや、国内での立ち位置を話しました」
お父様の問いに、兄様が答える。お父様はそれに少し目を見開いて、納得したように頷く。
「ああ、そうか……そうだね。そういうことも、学んでいくんだね」
「……すみません……」
「……うん?」
お父様や兄様の反応からして、ヴィザーテの身分は帝国内では一般常識なのだろう。それも知らずに帝国に来たことが、少し恥ずかしかった。私の謝罪に、御三方が首を傾げる。
「……その、知らなくて……」
「…知らないということは、悪いことではないよ。アメリアンナ」
視線を膝の上に落としていたが、目の前のお父様の静かで穏やかな声に顔を上げる。今までの優しく愛情深い微笑みとはまた違った微笑みだった。どちらかというと、期待や希望、誇らしさのような……
「誰だって最初は無知だ。けれど君は、知らないという事実を自覚して、それをきちんと人に尋ねた。知らないことを放置せずに、学ぼうとしただろう?それができるのなら、知らないということは恥ずかしいことでも、悪いことでもないよ」
「……は……い」
……わかっていた。学ぼうとする意欲の尊さも、無知は恥ではないということも。けれど、こんなふうに……こんな、お父様としてというより、“魔塔主様”としてのように告げられたら。感動し、奮い立って、言葉を無くすしかなくなる。
お父様は私のそんな様子に少し首を傾げて、それからシル兄様に尋ねた。
「ヴィザーテのことは教えたんだね?なら、他に教えることはあるかな」
「高位貴族のことは、知っているようでした。他には……皇族や、三大魔法一族、公爵家についてくらいだと思う」
少し悩みながら答えるシル兄様。そうだねと頷くお父様。なるほど……と何か考え込んでいる様子のバルドお兄様。シル兄様の言葉の中に気になる単語を聞き取ってそわそわしてきた私。あまり様子に出してはいけないと思ったけれど、気になってしまう。
──“三大魔法一族”って、なに……?!!
一体どんな一族なのだろう。そういえば、初めて魔塔に来たあの日、本棚にそれらしい書物が置いてあった気がする。『帝国の三大魔法一族について』……みたいな。あれ、読んでおけばよかった……!どんな一族なのか、とても気になるわ!三大ということは、ヴィザーテ家以外の三つの魔法一族なのかしら。それとも、ヴィザーテ家を含めた三大魔法一族?ああ、気になる……!
「……ふっ、ははっ……アメリアンナ、三大魔法一族のことがそんなに気になるの?」
「……あっ」
魔法一族のところから急に瞳が輝き始めたよ、とバルドお兄様が眉を下げて笑いながらおっしゃった。それを聞いたお父様とシル兄様に視線を向けられて、赤くなってしまう。……そんなに、表情に出ていたのかな……恥ずかしい……
「……そんなに、顔に、出ていましたか……?」
「うん」
頬に手を当てて俯く。もっと、表情管理の練習を積まなきゃ……ヴィザーテの娘として、貴族令嬢として、考えていることが分かりやすいというのはいけない気がする。
「……歴史の勉強をし始めたら、すぐに習うと思うけど…少しだけ、教えておこうか」
「……っ、お父様……!」
きらきらと目を輝かせてお父様を見上げた私に、お父様は僅かに面食らい、お兄様と兄様はそっぽを向いて肩を震わせ始めた。そ、そんなに笑わなくても……!
「……う、うん。えっとね……」
お父様はひとつこほんと咳払いをすると、話し始めた。
“三大魔法一族”とは、ヴィザーテ家と皇族を除いた、帝国内で魔法一族としての勢力が強い三つの一族のこと。歴史が古い順に、アメティスタ侯爵家、ガンドルファ公爵家、アルモニア公爵家なのだそうだ。
「アメティスタ家は、帝国建国時から存在する高位貴族の家系だ。優秀な魔術師と魔法騎士が大勢いる家門だよ」
アメティスタ家の特徴として挙げられるのが、直系一族の中の紫眼の人間の多さ。今代では、当主、当主の四人の子供のうちの三人、そして当主の五人の孫のうちの三人が紫眼なのだそうだ。
「すごい数ですね……」
「……アメティスタは、この760年間、一世代に必ず一人は紫眼が現れてきた家系だからな。去年、アメティスタの直系の一人が学院に入学してきたけど、彼女も紫眼だったよ」
シル兄様が仰る。続けてお父様が仰った。
「今年はもう一人、アメティスタ当主の御令孫が入学するはずだ。まだ受験は始まっていないけれど……彼は恐らく合格するはずだからね」
「……確かに……彼なら合格しそうですね」
「……え、父上と兄上、まだ学院に入学もしていないアメティスタの人間と会ったことがあるんですか?」
「……うん。ちょっと、縁があってね」
「……うん。彼には会ったよ」
次が、ガンドルファ公爵家。優秀な魔法騎士を多く輩出する家系らしい。魔力制御に長けていて、ここ100年、直系一族に魔力暴走を起こした人間が一人もいないのだそうだ。一族が誕生したのは、500年ほど前。少し前までは勢力も弱まっていたが、近年はまた戻ってきたのだとか。
「……僕もたくさんお世話になった家だ。他にも説明することはあるけれど、ガンドルファについては、長くなるから今日はここまでにしておこう」
最後にアルモニア公爵家。200年ほど前に誕生した、比較的新興の貴族で、魔力操作に長けた一族。特に音魔法の精密さが尋常でないらしく、その精密さと声の美しさから、“美声の一族”とも呼ばれているのだとか。……美声なのね。ちょっと聞いてみたいかも。歌とか上手なのかしら。
「アルモニア家は、確かシルやバルドの在学中は直系一族は学院に在籍していなかったけれど……アメリアンナがもし学院に入学したら、同じ学年に当主のご令嬢が入学してくるはずだよ」
「ご令嬢が……」
……お友だちに、なれるかも……アメリアンナとしての、女の子のお友だち。お嬢様以外では初めてだ。
「……こんな感じだね。分からなかったところはある?」
「……いえ。とても分かりやすかったです。ありがとうございました」
お父様は目を細めて、ほっとため息をついた。途中でお兄様たちが淹れてきた紅茶や珈琲や牛乳を口にして、四人でしばらく沈黙する。……自然とおりた沈黙が、少し心地よかった。
「……アメリアンナ?」
いつの間にか、うとうとと船を漕ぎかけていたらしく、隣のシル兄様に声をかけられる。掛け時計の針は未だ午後九時直前を指していたが、子供の体だからか眠気が来るのが早かった。
「……もう休もうか。アメリアンナ、歩けるかい?」
「……はい……」
「ちょっと危ないかもしれませんね……シル、アメリアンナを部屋まで送ってあげて」
「えっ……兄上、俺、アメリアンナの部屋の場所、知らないです」
「母上の部屋の三つ隣の部屋だよ。行けばわかる」
「……分かり、ました。アメリアンナ、行こうか」
「……はい」
お父様たちの会話を聞くうちに眠気は少し無くなった。椅子から下りて、お父様とお兄様に頭を下げる。
「……おやすみなさい、お父様、バルドお兄様」
「おやすみ、アメリアンナ」
「おやすみ。……いい夢を」
お父様とお兄様に微笑んで、シル兄様と一緒に部屋へ向かった。……今日は、素敵な夢を見れる気がした。




