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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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三十四話 十一年前の誓い

「……父上。シルとアメリアンナは、上手く話せているでしょうか」

「どうだろう。二人とも素直な性格だから、初対面の固さが無くなれば、話せるだろうけれど……まだ時間がかかるかもしれないね」


 食器も洗い終わり、お互いに珈琲と紅茶を飲んで一息つく。父は、遠い昔の記憶を思い出すように一瞬空を見つめると、少し寂しげに微笑んだ。恐らく、バルドヴィーノと同じ記憶を思い出しているのだろう。


「でも、きっとシルは良い兄になるよ」

「そうですね。……俺も、そう思います」


◇◇◇


 十一年前の夏。義母——アリアナが、家族団欒の朝食の席で、妊娠したことを明かした。


『フェリシト様には、先に告げておくべきだったかもしれませんが……』


 そう前置きされて告げられた内容に、各々が各々の反応を示した。フェリシトは感激し感謝を伝えながら妻を抱きしめ、バルドヴィーノはまだ見ぬ異母弟妹に喜びと一抹の不安を抱えていた。七歳のシルヴィオは、予想外の事態にまだ着いていけていないようだった。眉を下げてきょろきょろと視線を泳がせているシルヴィオに気が付いて、アリアナがその前に膝を着いた。


「シルヴィオ様」

「ははうえ……」


 舌っ足らずにアリアナを呼んだシルヴィオは、義母の優しい紫の瞳に、肩の力を抜いた。おずおずと確認する。


「ぼ……ぼく、“お兄様”になるのですか?」

「ええ。そうですよ。……シルヴィオ様は、妹か弟が産まれるのは、いやですか?」


 肯定に怯んだシルヴィオの、実母譲りの癖のない銀髪を撫でながら、アリアナが尋ねた。それに対して少年は、慌てて首を振る。水色の瞳を期待に輝かせながら、違います、と前のめりになった。


「ちがうんです。妹か弟は……とてもうれしいです。ただ……ぼくは、話すのも、人にたよられるのも、あまり得意ではないから……いい“お兄様”になれるのか、自信が無いです……」


 必死に否定する小さな男の子に、アリアナは笑みを深めた。嬉しいというのは本心だろうが、アリアナを悲しませないよう、目をそらさずに真剣に悩みながら吐露する様子が、愛おしく思えたのだ。相手と真正面から誠実に向き合おうとする姿勢は、アリアナの愛する人とよく似ていた。


「……シルヴィオ様は、きっと素敵なお兄様になりますよ。だって、こんなにも弟妹のことを考えているのですから……それに、自信が無いのは私も一緒です」


 シルヴィオの頭を撫でていない方の手を、未だ膨らんでいないお腹にそえる。そして、言葉を続けた。


「新しい家族を迎えるのは、シルヴィオ様だけではありません。フェリシト様、バルドヴィーノ様、シルヴィオ様、私。家族みんなで、この子を迎えるんです。……不安なことがあっても、一人で抱え込まなければ大丈夫。分かちあって、支えあって、みんなで家族になっていきましょう?」

「…っ……はい……!」


 心に刻み込むように、深く息を吸って口角を上げて頷く。大きな空色の瞳が、少しずつ、自分は兄になるのだという感動に染まっていった。僅かに潤んだその瞳は、幾度か瞬きをして、もう一度アリアナを強く見上げた。


「……母上。ぼく、きっといい“お兄様”になります。最初はうまくいかないかもしれないけれど、絶対に弟妹を大切にします」


 眩しいほどの幼くも頼もしい表情に、アリアナは深く頷いた。嬉しそうに、潤んだラベンダー色の瞳が細められる。


「ええ。……ええ。私も、きっとこの子のいい母になります。家族みんなで、支え合っていきましょうね……」


◇◇◇


 まだ見ぬ我が子や弟妹に対する覚悟を誓い合う義母と弟の姿を、バルドヴィーノは未だに鮮明に覚えている。そして、あの日の誓いがシルヴィオにとってとても大きなものであっただろうことも。あの七歳の日から、現在までで、シルヴィオは様々なことを経験し、成長し、変わってきた。けれど、家族に対する思いは、決して変わらずあの子の中にあり続けている。バルドヴィーノの自慢の弟だ。


「……そろそろ、戻ろうか」

「はい」


 食堂を出てから、それなりに時間が経った。頃合いだろうと椅子から立ち上がる。


「ああ、そうだ。バルド。──────」


 父の予想外の言葉に、バルドヴィーノは思わず目を見開いて一瞬思考が飛んでしまった。


「……ほ、本当ですか?」

「うん。計算してみても、多分このくらいの頃だろうからね。間違っていないはずだよ」

「……分かりました。俺の方でも準備しておきます」


 頷いた父と共に先程の部屋に戻る。扉越しに耳を澄ませてみるが、特に話し声は聞こえない。部屋の壁が厚いというのもあるだろうが、実際はどうなのだろうか。ノックをする前にそっと扉を開けてみると、わずかに話し声が聞こえた。二人が話せていることに安心して、父と二人で息をついた。


「入りましょうか」

「そうだね」


 再び扉を閉めて、ノックをした。

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