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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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三十二話 学びたいこと

 カローラさんが魔塔から港町へ戻った日から二日が経った。つまり、私が魔塔に来てから五日目。

 私は、お兄様とグレタさんとジュストさんとカッソと共に、ティーテーブルを囲んでいた。私抜きで、皆さん次々と話を進めていく。


「お嬢様のお披露目っすか……確かに、“魔塔主様のご息女が現れた”って事実だけ公表しても、馬鹿げた推測をする輩が出てくるかもっすもんね」

「けれど、お嬢様はまだデビュタントの年齢ではないわ。お茶会に出席できたら良かったのだけれど……共に出席できる方がいらっしゃらないから……」

「……お茶会が無理なら、やはり皇帝陛下にご挨拶に伺うべきでは?陛下直々にお認めになられたら、貴族たちも黙るしかないでしょう」


 三人の意見を聞いていたお兄様が、頷く。


「そうだな。三人ともありがとう。父上に報告しておくよ。……聞いてて思ったんだけど……アメリアンナ、君は帝国のマナーや作法は、学んだことはある?」


 四人のお話に着いていこうと頑張って聞いていたら、突然お話の真っ只中に引き込まれた。僅かに目を見開いて、慎重に答える。


「帝国の作法は、少しだけ……カーテシーやお茶会の基本的な作法などは、お母さんに教わりました」


 フラエルムの作法教養ならかなり自信があるが、帝国の作法についてはあまり自信が無い。スペランツァ帝国とフラエルム王国は、表面的には同盟国だが、実際の関係はあまり良い方では無かったし、帝国の方と交流する機会なんてなかったから、基本的なものしか覚えていないのだ。

 お兄様はそれに頷くと、少し考え込んだ。


「それなら、家庭教師が必要だね。優先すべきはマナー作法の家庭教師と、帝国貴族の名欄かな……大変だろうけど、主要な貴族の名前だけでも覚えてね」


 マナー作法に貴族名欄暗記。少ないな……まだここに来たばかりだから、遠慮されているのだろうか。頷いて、疑問を口にした。


「分かりました。……あの、それだけでいいんですか?作法や名欄だけでなく、芸術教養や刺繍やダンスや……魔法、とかは……」


 口にしながら、気が付く。学ぶのにも、お金がかかるのだと。教材や資料や道具や先生など、必要なものは沢山ある。学ぶ科目が増えれば増えるだけ、お金がかかる。途中で言い淀んだ私の考えに気が付いたのか気が付いていないのか、お兄様は目を見開いた。


「……学びたい?」

「……貴族令嬢として、必要なことですし……」


 大陸一広大な国で魔法大国であるスペランツァ帝国。これから私が暮らす国。そんな国に興味が湧くのは当然のことだろう。魔法は当然学びたい。出来ることなら魔術学院に通いたい。この国の歴史も地理も文化も作法も食事も、全て学びたいし体験したい。お兄様は、口元に手をやって考え込んでいるようだった。……わがまま、だろうか。迷惑をかけてしまうかもしれない。膝の上の両手に、力が入る。


「……あの、無理にとは言いませ……」

「……急にたくさんの科目を学ぶのは君に負担がかかるかもしれないから……まずは学びたい科目を順位付けしてみようか」


 声が被った。何か言った?とお兄様に問われて、慌てて首を振る。……学んでも、いいのか。じわじわと喜びが込み上げてきて、脈打つ胸を抑えた。嬉しい。順位付け。まず一番に学びたいのは何だろう。やはり魔法だと思う。二番目は……歴史だろうか。この国がどのようにして発展し、どんな出来事があって今の状態に至るのか。とても知りたい。……いやでも、文化も学びたい……!この国ならではの特色とか……!


 百面相をしてお兄様に何か告げようとしては口を閉じる。そんな私を、他の三方は微笑ましげに眺めながら小声で話していた。


「学ぶ意欲が高いのは、ご兄妹揃って同じなのね」

「バルドヴィーノ様も、暇さえあれば近くの魔法騎士と鍛錬をしていらっしゃるようだしな」

「シルヴィオさんも、歴代最高の成績で魔術学院を卒業されてるっすからね……ヴィザーテ家恐ろしい……」

「こら、失礼なことを言ってはだめよ」

「無礼だぞ、ジュスト」

「う……すんません」


「アメリアンナ。一旦落ち着いて、まずは話してくれ」

「は、はいっ……私、魔法が習いたいです!その次は、歴史や文化で……マナーや作法はもちろん学びますけれど……!」


 嬉しくて興奮しすぎて、つかえながら話す。お兄様はそれに苦笑しながら、手帳にそれを書いていかれた。そうやってある程度話して興奮も治まってきた頃、私は勇気を出して言ってみた。


「学びたいのはこういう感じなのですが……私、ま……魔術学院に、通いたくて……受験したいんです。そのために必要な科目は習いたいです」

「もちろん、いいよ……あ」


 お兄様は、微笑んで頷いた。しかしすぐに何かに思い当たったかのように、考え込む。


「……お兄様……?」


 ふと部屋が静かになったのが気になって、グレタさんたちを見ると、ジュストさんとカッソが微かに眉を寄せていた。グレタさんは怪訝そうな顔で二人を見ている。


 ——お兄様とジュストさんとカッソが思い悩むほどのことが、魔術学院にあるのかしら……?


「お兄様、何か……?」

「……いや、うん。大丈夫だ。学べると思うよ」


 言葉は肯定の意を示していたが、声色や表情は渋々、といった感じだった。少し不安になったが、お兄様は続けておっしゃる。


「魔術学院について聞きたいことがあったら、シルヴィオに聞くといい。たぶん今日中に学院から帰ってくるから」

「シルヴィオ、様……」


 ……どんな人なのだろう。分からない……私のこと、妹として受け入れてくれるかな……家族の不和の原因になってしまったら嫌だな……


「お嬢様、学院のことなら、俺にも聞いてくださいね!魔術学院の魔術科を卒業しているのは、シルヴィオさんだけじゃないんすよ!」


 押し殺していた不安が再来して顔が強ばっていたらしく、ジュストさんがドン、とご自身の胸を叩いて言った。頼もしい笑みを浮かべる。


「ジュストさんも魔術学院を卒業なさっているんですか?」

「はいっす。これでも去年の首席卒業生っす。……バルドヴィーノさんも、魔術学院の卒業生っすよね」

「うん。でも、俺の場合は騎士科だからね。たぶんアメリアンナが行きたいのは魔術科のほうじゃないかな……」


 魔術学院と言っても、魔術科と騎士科で分かれているのか。騎士科の方は何になれるんだろう……魔術科はたぶん魔術師よね?……いえ、それにしても……


「ジュストさん、首席で卒業されたんですか?」


 首席卒業なんて。私、フラエルムの王立学園でさえ首席で卒業は出来なかったのに。次席だったもの……首席はルカだったわ。ずっと頑張っていたけれど、結局最後までルカを越えられなかった。

 感心したようにジュストさんに尋ねると、彼は少し照れくさげに頬をかいた。


「へへ……魔塔の魔術師は、成績優秀者しかなれませんから。努力したんす」

「そうなんですね」


 魔塔の魔術師は、全員が魔術学院の各学年のエリートたちということか。凄いな……魔塔は魔術研究の最先端の場所だから、当たり前なのかもしれない。


「ですが、お嬢様のお二人目のお兄様であられるシルヴィオ坊っちゃまは、歴代最高の成績でご卒業されていますのよ」

「歴代最高……?!」


 どれだけすごい人なんだろうか。どんな人なんだろう。どんな魔法を使うのだろう。早く会ってみたい……!

 不安なんてすっかり忘れてしまって目を輝かせ始めた単純な私に、四人が微笑んだ。


◇◇◇


 そんな時間もすぐに過ぎ去り、私たちはジャダ邸からの帰り道についた。……もう夕方だ。屋敷にはシルヴィオ様が……帰ってきていらっしゃるかもしれない。少し緊張してしまう。そんな私の様子に気がついたお兄様は、かすかに微笑んで私の二人目のお兄様について話し始めた。


「……シルは……シルヴィオは、少し口調は乱暴かもしれないけど、家族想いの優しい子なんだ。安心して接して大丈夫だよ」

「お兄様……」

「大丈夫。シルが君に冷たく当たるなんてことは、絶対に無いから」


 澄んだ青い瞳にまっすぐ見つめられ、知らず浅くなっていた呼吸が平常通りに戻ってくる。……お兄様が、大丈夫とおっしゃった。だから、大丈夫だ。微笑んだお兄様が、顔を上げる。


「……あの馬車」


 胸元で片手を握りしめていた私は、その呟きでお兄様を見上げた。お兄様は、屋敷の前で止まっている馬車を見て、少し首を傾げてその奥の人影を目を凝らして見る。そして、口元に悪戯げな笑みを浮かべて私を振り返った。


「アメリアンナ。シルが、帰ってきているよ」


 どくんと、鼓動が鳴った。早くなっていく鼓動に気を取られながら、お兄様に着いて行って馬車に近付く。荷物が乗せてあったらしいそれは、殆どの積荷が下ろされ、空っぽに近い状態だった。その馬車を隔てて屋敷側に居た人が、私たちを振り向く。


 紺色のローブを身にまとったその人のやや長い髪は銀色。背が高かった。お兄様の呼びかけでこちらを振り向いた人は、お兄様を認識して表情を明るくして、その隣に居た私に視線を移した。空色の瞳と、目が合った。

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