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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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三十話 “魔術師”と“魔法使い”

 お父様は、数ページぱらぱらと捲って眺めると、日記帳を閉じて私に向き直った。中に何が書いてあったのかは、私からは見えなかった。


「……アメリアンナ。これは、僕が預かっていてもいいかな?」

「えっ、は、はい。お母さん自身が、お父様に渡してほしいと言ってましたし……」


 ありがとう、とお礼を言われたものの、お父様の表情が少し強ばっていて、動揺してしまった。お兄様も、お父様のそんな雰囲気を感じとったのか、コーヒーカップを卓上に置いてお父様の様子を伺っている。その口が何かを言いかけて、止めた。お父様はそんな私たちの様子に気が付くと、一つ呼吸をして苦笑した。


「……ごめん、少し怖がらせてしまったかな」

「い、いえ……」

「……大丈夫です」


 私とお兄様の答えに申し訳なさそうに微笑んで、お父様はもう今日はおやすみ、とおっしゃった。私も、少し気になるところはあったけれど、もう疲れていたから、そのまま部屋に戻って眠りについた。


 ◇◇◇


 翌日の朝。


 私は、お兄様と一緒に再び街に降りていた。どうやらカローラさんが昨晩魔塔に来ていたらしく、今日の正午に戻ると言うので会いに来たのだ。今日はフード付きのショートケープを被っていたから、街中での視線は避けられた。


「カローラさん!」

「……アメリアンナさん!……バ、バルドヴィーノさん……」


 とある食事処の個室の一室に案内されると、そこにはカローラさんがいた。……良かった、体調は良さそうだ。


 私が声をかけるなり明るく反応してくださったが、お兄様の顔を見るとさっと顔に緊張が走った。その後、私の顔も見て、視線を逸らす。


「……カローラさん……?どうかなさいましたか?」

「あ、あの……アメリアンナさんは、バルドヴィーノさんの妹さんなのですよね」

「はい」


 そういえば、乗船時から私はお兄様の妹という設定で過ごしていたのだっけ。まさかそれが本当だったなんて、なんだか少し可笑しい。口元だけでくすりと笑ってしまった。


 カローラさんは、眉を下げて私たちを見た。


「……来る途中、バルドヴィーノさんの紹介状を見せるだけで随分とスムーズにここまで来ることが出来ました。……バルドヴィーノさんは、魔塔主様のご子息だそうですね。ということは、アメリアンナさんも……」


 ……ああ、カローラさんの緊張した面持ちは、そういうことか。


「はい。魔塔主様の娘です」


 初対面でなく既に私を知っている人に告げるのは、少し勇気が必要だった。声が震えていたかもしれないが、きちんと胸を張って告げられたことで、内心安心する。


 そしてカローラさんは、案の定私たちに向かって深々と頭を下げた。


「……申し訳ありません!私、無礼にも、お二人のお名前を軽々と呼んでしまい……挙句の果てにはアメ……お嬢様のベッドまで使わせていただいて……!」


 ……フラエルムは、大陸の国々の中で最も貴族と平民の間の階級格差が際立っている国だ。近年は傾向が弱まっているとはいえ、平民が貴族の名前を呼ぶだけで不敬罪に当たることもあるし、貴族令嬢のベッドを借りた時なんて、旧い考えの貴族だったら、首を飛ばされてもおかしくない。……そんな国で暮らしているカローラさんは、私たちの身分を知った時、どれだけ怖かったのだろうか。真っ青になってがたがたと震えているカローラさんの肩に、そっと手を乗せた。


「……顔を上げてください、カローラさん。名前を呼ばれたくらいで無礼だなんて思いませんよ。名前を呼ぶということは、相手をきちんと認識しているということ。むしろ有難いことです。……それに、体調の悪い方にベッドを貸すのは、人として当然のことでしょう?」


 安心させるように微笑んで告げる。大丈夫。怯えなくていいから。そう瞳で語りかけた。カローラさんの肩から、少しづつ力が抜けていく。


「……そう、ですね……」


 おずおずと微笑んだカローラさんに、にっこりと微笑み返す。そして、食事にしましょうと告げて椅子に座らせた。……私の今の対応、大丈夫だったかな……?カローラさんに分からないように、ちらりとお兄様を見る。お兄様は私の視線に最初首を傾げたが、数秒して微笑んで頷いた。……合っていたみたいだ。


 それからは、共に早めの昼食を摂って少しお話をした。元気そうでよかった。魔塔の検査でも体に異変は残っていなかったと、カローラさんは言っていた。……彼女の未来が続いて、本当によかった。


 カローラさんは魔塔の魔法陣で再びあの港町に戻るそうで、私たちは魔塔への道すがらで別れた。深く頭を下げてから魔塔へ向かっていく彼女を見送っていると、お兄様にふと尋ねられた。


「そういえばアメリアンナ。君はどこで魔法をならったの?」


 質問にぎくりと固まった。…どうしよう。まだ上手い言い訳が思いついていないのだ。


 前の時間、私は、十五歳から十七歳の間、フラエルム王立学園で伯爵令嬢として過ごす合間に、こっそりルカに魔法を教わっていた。ひょんなことからルカに私が魔力を持っていることを教えてもらうまでは、自分が魔力持ちだとも知らなかったし、当然、魔法なんて使えなかった。


「えっ……と……たしか、通りすがりの魔法使いさんに教えてもらったんです」

「魔法使いに?……よほど実力のある人だったんだね……」

「……はい」


 感心した様子のお兄様に、少しだけ罪悪感を感じてしまう。


 でも、まったくの嘘ではない。通りすがりとは言えないし、彼は私にとって親友だが、彼は魔術師ではなく魔法使いだったから。


 魔術師と魔法使い。魔法使いは、魔術師を名乗ることは出来ない。確か、魔術師を名乗れるのは、帝国の魔術学院を卒業した人のみで、それ以外で魔法を生業にする人は魔法使いと名乗るのだ……と、ルカに教わった。ルカは魔術学院に入学していない。入学試験を受ける時期に当主が倒れ、受験が有耶無耶になってしまったそうだ。


『……もともと、僕は婚外子だったし、僕を産んだことで体の弱かった母親は亡くなった。直系ではあっても正当な血筋じゃないから、学費がかかるだけ邪魔だったんだろうね』


 母親似らしいと言っていた端正な顔を歪めもせずに言ってのけた彼に、胸が苦しくなったのを覚えている。言葉を失ってしまった私に気付いた彼が少し焦ったように付け加えたのも。


『あの家でのことは別にいいんだよ。気にしていない。……魔術師になれないのは、少し心残りだけど……でも、おかげで君にこうして魔法を教えることが出来ているから。……だから、そんな顔をしないで……』


 普段はあまり表情の変化がない彼が、珍しく狼狽えていた。……いつも、そうだった。自分のこととなると動揺しないのに、人のこととなると表情が変わる。自分が貶められていても気にもとめないのに、頑張っている人が貶められていると見逃せない。もっと自分のことも大切にして欲しいと思いつつも、私は彼のそういう所を尊敬していた……


「アメリアンナ?」


 カローラさんと別れてからの屋敷への帰り道の途中、私はいつの間にか足を止めていた。三月も後半、暖かな日差しの中で数歩先に居たお兄様が振り向く。一瞬、目の前の“家族”という幸せに立ちすくんで、震える手を握りしめて片足を踏み出した。


「ごめんなさい、今行きます。お兄様」

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