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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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二十七話 母の日記帳

 グレタさんと昼食を摂ったあとは、屋敷に戻ってお母さんの部屋で休んだ。バルドさんに、あまり無理をしないように言われたからだ。


「魔力反動の熱は下がってるみたいだけど、急な環境の変化に体が驚いているかもしれない。午後はやりたいことをやって休んでいて」


 バルドさんは一回魔塔に行くらしく、私は屋敷で留守番となった。一時間ほどで戻ると言われたので、お母さんの部屋で日記を読むことにした。お母さんの部屋にあったものの方では無く、伯爵邸でお母さんがつけていたものの方だ。


 ベッドの上で膝を立てて座って、日記帳を開く。10年の時間が刻まれた日記帳は、乱暴に扱うと糸がほつれそうで、慎重に扱った。


 “帝国暦750年 3月7日”

 “臨月に入ってあまり動けなくなった私に、アマルダ様がこの日記帳を渡してくださいました。思い出した記憶を残すのに活用しようと思います。今の所思い出している記憶は、自分の名前がアリアナだということ、自分が23歳になったばかりだということ、苗字は恐らくヒーリエだということ……もっと思い出したら、再びつけるつもりです。”


 その段落から一行空けて、翌月の日記が付けられていた。


 “750年4月8日”

 “3月29日に、娘が産まれました。金髪に碧い瞳の愛らしい子。私の結婚指輪の相手は、碧い瞳のひとだったのでしょうか?思い出せそうなのに、思い出せない……とても可愛らしい娘には、アメリアンナという名前をつけました。娘だと分かった瞬間、その名前が頭に思い浮かんだのです。元々決めていたのかな……?”


 私が産まれてからの日記は、それはそれは恥ずかしくなるほど、私の記述が沢山あった。“寝返りをうった”“掴まり立ちをした”“歯が生えた”“『お母さん』と呼べなくて『おかしゃん』と呼んだ”など…


「お母さんったら……!」


 嬉しいけれど、親バカにも程がある。ことある事に、“うちの娘は天才かもしれない”と書いてあるのだ。日記帳を膝に抱いたまま、顔を手でおおって悶絶する。真っ赤になった顔に、開けた窓からの風が心地よかった。


 なんとか読み進めていくと、少しづつお母さんが記憶を取り戻していた様子がうかがえた。どうやらお母さんは、帝国のヒーリエ伯爵家の一人娘だったようだ。けれど、13歳のときに父……私のおじい様が取引のために乗っていた船が沈没し、それにショックを受けたおばあ様が流行病にかかって後を追うように亡くなった……


「13歳で……」


 わずか13歳で一人になってしまったのか。両親の喪にふくしながら、夜の礼拝堂で一人きりで泣いているお母さんの姿が目に浮かんで、思わず日記帳を抱きしめた。幼い頃のお母さんを、抱きしめてあげたかった。


 続きを読むと、その後伯爵家は事業失敗による多額の借金と後見人不在に伴う後継者不在によって爵位と領地を国に返還したのだそう。そこからあとは、知り合いの家でメイドとして雇ってもらったりして生きていたそうだが……


 “それから先のことは、どうやっても思い出せない……どうして……”


 そう、書いている文字が震えて見えた。帝国暦752年の夏の記述だった。


 震えた文字を、そっと撫でる。震えた文字からは、記憶を取り戻せないことへの、お母さんの恐怖が感じられる。


 ……記憶を取り戻せないというのは、どれほどの恐怖だろうか。自分が何者なのか、どういう人生を送ってきたのか、分からない恐怖。自分を構成する過去のピースが、一部だけぽっかりと空いて無くなっている恐怖。幸せな記憶を思い出せないもどかしさと悲しみ。自分の娘がどんな相手との子どもなのか、分からない恐怖。


「……っ」


 私だったら、きっと耐えられない。……そんな中でも私を育ててくれたお母さんは、本当にすごいな……感謝や尊敬や愛で胸がいっぱいになる。先程とはまた違った感情で、日記帳をそっと抱きしめた。


 日記帳のページも最後の方に差し掛かった頃、とある一文を見つけた。


 “全部、思い出した。私の大切な家族のこと、すべて。ここからは、鍵付きの日記帳に書く”


 それきり、その頁には何も書かれていなかった。鍵付きの日記帳。私があの使用人用の部屋から持ってきたもう一つの日記帳のことだ。あれを開けてもいいのかと悩みながら、念の為次のページを捲った。意外にも、そこには長い文章が書かれていた。


 “私の愛する娘、アメリアンナへ”


 書き出しを読んで、息を呑んだ。これは、生前のお母さんからの手紙だ。遺書に近いかもしれない。震える呼吸を繰り返しながら、一行空けて続けられた文章に目を通した。


 “あなたがこれを読んでいるということは、私はもうこの世を去っているのね。まずは言わせてね。


 一人にしてごめんなさい。お母さんが居なくなって、怖かったでしょう。悲しかったでしょう。とても、寂しかったでしょう。……ごめんね。


 そして、ありがとう。私の娘に生まれてきてくれて。きっと私は、上手に母親をやれてあげられなかった。だめな所も沢山見せてしまったし、弱い所も見せてしまった。けれど、それでもあなたは笑顔で私を慕ってくれた。だから、私は何度も母親として立ち直ることが出来たの。こんなにも優しくて愛らしいあなたが、私の娘として生まれてきてくれて、本当に嬉しかった。大好きよ。アメリアンナ。愛してるわ。


 ここまで読んでくれて、ありがとう。長くてごめんね。もう少し、あなたに伝えておかなければいけないことがあるの。鍵付きの日記帳について。そして、あなたのお父様、お兄様について。


 鍵付きの日記帳は、あなたのお父様に渡してね。答えは『アリアナの人生で一番幸せな日』だと伝えれば、きっとあの人は開けてくださるわ。


 次に、あなたのお父様、お兄様について。彼らがあなたを大切に思う気持ちは、本物よ。あなたが私のお腹にいると分かった時から、生まれてくるのを楽しみにしていたの。信じてあげて。そして、時間はかかるかもしれないけれど、あなたたちが家族になれるよう、願ってるわ。


 何度も言うけれど、アメリアンナ、愛してるわ。私の大切なたった一人のかわいい娘。きっとこれから、辛いことも悲しいこともたくさん起こる。でも、あなたのそばには必ずあなたを大切に思う誰かが居る。お父様が、お兄様方が、お友だちが、あなたを大切に思っているわ。それを絶対に忘れないで。笑顔を忘れないで。あなた自身を見失わないで。幸せになってね。


 あなたを大切に思う母、アリアナより”


 ……何度も、何度も何度も、読み返した。歪み始める視界で、何度も。お母さんの字。お母さんの言葉。お母さんの気持ち。全てが嬉しくて、温かくて、優しくて。そして、少しだけ哀しかった。


 今の私の状況を見透かしたような手紙だとか、鍵付きの日記帳を渡さなければいけない理由とか、そんなのは気にならない。


 お母さん。私も大好き。愛してる。世界でいちばん。お母さんの娘で、私、本当によかった。忘れない。絶対に忘れないよ。自分を見失わない。そして、私を大切にしてくれる人を私も大切にしていく。だから、安心してね。


 ……ねえ、お母さん。お母さんは私を優しいって言ってくれてるけど、お母さんのおかげで、私は、こんなふうになれたんだよ。明るくて温かくて人を思いやる、笑顔が素敵なお母さんのもとで育ったから、人を恨まずにいられたんだよ。お母さんの娘じゃなかったら、私、きっととっくに人を恨んでた。信じられなくなっていた。伯爵の醜悪さに、人はみんな結局はこんな風なんだって、世界を憎むようになっていた。そうなっていたら、きっと、ルカとだって、出会えなかった。仲良くなれなかった。時間だって巻き戻らなかったかもしれない。巻き戻ったとしても、魔塔に来ることは無かった。今があるのは、お母さんが私のお母さんだったからなんだよ……


 日記帳を閉じて、膝と胸の間に抱いた。濡れないように、体を折り曲げて涙を拭う。感謝と愛でいっぱいになっていたけれど、これまでに無いほど温かく強い気持ちが、胸に宿っていた。


 泣き止んだ私は、ベッドの上で窓から見える夕日を見ながら、ある覚悟をした。

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