二十六話 グレタさん
ジャダ様の案内のおかげで、私たちは午前中のうちにある程度のものを買うことが出来た。普段着十枚に、室内着五枚、外出着が五枚、靴が三足、ローブが二枚…まだデビュタントは先なので、ドレスは買わなかった。
「バ、バルドさん……?!多くないですか……?!」
「普通だよ。むしろ少ないくらいだ」
た、確かに、貴族令嬢の衣服としては、少ないだろう。ぎりぎり、クローゼットに収まるくらいの量だし……普通は衣装部屋があるくらいだから。
でも、私はついこの間まで平民だったのだ。こうして何着も衣服を買うのは慣れていない。前の時間でだって、服を買っていたのは“ティアリーチェ伯爵令嬢”としてだっただけで、“アメリアンナ”としてこんなにも衣服を買っていただくのは全くもって慣れていない。
「ご心配には及びませんわ、お嬢様。ヴィザーテ家のご令嬢なら、この十倍、二十倍は衣服を持っていらしてもおかしくはありません。どれもとてもお似合いですわ」
柔らかく微笑んだジャダ様は、また一着ワンピースを持ってきて、私の体にあてた。
「ああ、このワンピースもとてもかわいい……御髪がプラチナブロンドで肌が白いから、白も黒もベージュも淡い色も、とてもお似合いだわ……」
うっとりと呟かれ、それを買うように勧められたが、断っておいた。さすがにこれ以上は私の良心がもたない。……このあとに、家具も見る時間があるなんて、考えたくもない……いったいいくらかけさせてしまうのだろう……
一瞬遠い目をしていると、ジャダ様が静かに微笑んだ。私に服を当てるためしゃがみこんでいた彼女は、服を腕にかけると私の前の床に跪いた。流れるような動作に思わず緊張してしまう。ジャダ様はさらに目を細めた。
「アメリアンナお嬢様。僭越ながら申し上げますわ。……貴女様は、ヴィザーテ家の唯一の御息女であられます。皆様に誕生を心待ちにされていたお方なのです。きっと、魔塔主様も坊っちゃまも、貴女様に我慢をして欲しくないはずですわ。欲しいものがあったら、ぜひ我慢せずにおっしゃってくださいませ」
「ジャダ様……」
目を見開いた私に、彼女はにっこりと微笑んだ。彼女の言葉には不思議な説得力があった。誕生を心待ちにされていた、という言葉に、お世辞でも嬉しくなる。嬉しくて、ふわふわと胸が温かくなって、目の奥がじわりとしてくる。
「ありがとうございます。……でも、衣服はもうこれで十分です」
「……ばれてしまいましたか」
腕にかけたワンピースの下にもう一つワンピースが隠れているのを発見して、断る。ジャダ様は、悪戯がばれた子どものように苦笑すると、衣服を元の場所に戻す。
「では、次は家具ですわね。こちらですわ」
ジャダ様はこのブティックの他にも隣に家具店を所有しているらしく、家具もこちらで買うことになった。しかし、衣服は案内された客間に運び込まれたものを選んでいたが、家具はそうもいかない。客間でカタログを見て検討をつけてから、私たちは実際に見に行った。
「お買い上げ、ありがとうございました。ご注文の品は、こちらからお屋敷までお運びいたします」
バルドさんが客間で書面にサインをして、買い物は終わった。……とても疲れた……しばらくは大量の衣服や家具は見たくない。
「アメリアンナ。グレタについてもう少し紹介しておくよ」
ソファで紅茶をいただきながら一息ついていると、隣に座ったバルドさんがジャダ様を見た。彼女は、私たちの向かい側のソファから立ち上がると、頭を下げる。
「グレタは、代々ヴィザーテ家に仕えているジャダ一族の女性だ。ここの店主だが、元々はうちに仕えていた優秀な人だよ。何か困ったことがあったら、彼女に相談してごらん」
再び座ったジャダ様は頼もしく微笑んだ。
「改めてご挨拶申し上げます。現在はこちらの店主ですが、かつてヴィザーテ家でシルヴィオ坊っちゃまの乳母を務めさせて頂きました。こう見えて、四人の子どもを育て上げております。ご家族に相談できない困り事が出来ましたら、いつでもご相談ください」
「ジャダ様……よろしくお願いいたします」
「はい。よろしくお願いいたします、お嬢様」
それから、グレタと呼んでくださいませと言われたので、呼び方を変えることになった。そのまま軽いランチを提供され、グレタさんと私たちで昼食を共にする。
「……あら、では、お嬢様は既にジュストにお会いになっていたのですね。あの子ったら、わたくしには全く話さないんだから……」
「ジュストさんとお知り合いなんですか?」
「ジュストはわたくしの末息子ですわ」
驚いて眉を上げる。……ということは……カッソはジュストさんの祖父で、ジュストさんはグレタさんの息子だから……カッソとグレタさんは親子ということ……?いえ、カッソがグレタさんの旦那様のお父様という可能性も……
余計な推測を振り切るようにサンドイッチを口に運んだ。
「ジュストなりに、グレタに気を使っているんだよ。忙しいだろうし……グレタは母上と仲が良かったから」
「そうでしょうか……」
サンドイッチを飲み込んだ私は、耳を疑った。グレタさんが、お母さんと仲が良かった……?
「……あ、の……グレタさんは、お母さ…まと仲が良かったのですか?」
「何着かドレスを仕立てさせていただいただけですわ……あの方の友人を名乗れるほどの仲ではありませんでした」
お母さんと仲が良かった人。また、お母さんを知っている人に、会えた。それだけで嬉しい。思わず目が潤んで、はたと思い当たった。こっそりバルドさんを見上げる。彼は微笑んでいた。……もしかして……わざと、だろうか。わざと、グレタさんのお店に……お母さんを知っている人のほうが、見ず知らずの人よりも相談しやすいだろうと……?
そういう気遣いをわざわざ問いただすことはしない。でも、そのさりげない気遣いに、心が温かくなるのを感じていた。




