二十五話 ヴィザーテの一員
食事が終わり、食器の片付けも終わると、魔塔主様はローブを羽織って魔塔へ行かれた。お仕事があるからだ。ちなみにバルドさんにもお仕事があるのか聞いてみると、バルドさんはフラエルムへの出国自体がお仕事だったらしく、これから数日はお休みをもらうのだとか。
「あと三、四日でシルヴィオも戻ってくるだろうからね。それまでは休むつもりなんだ」
……シルヴィオ様。私の二番目のお兄様。あの肖像画から予想するに、銀髪に空色の瞳の方。少し……いやかなり、お会いするのが怖い。急に現れた妹なんて受け入れてもらえるか分からないし、どんな人なのか想像もつかない。それに……
「……どうかした?アメリアンナ」
「いえ……」
バルドさんの茶髪を見上げてから、浮かんだ疑問を振り払った。こういうことをずけずけと聞くのは失礼だろう。
「そう?……そういえば、今日は街に買い物に行くけど、どういうものが欲しいとか、あるかな?」
「どういうものが……」
悩みながら、先程、魔塔主様に言われたことを思い出す。
『今日は天気も良いし、街にバルドと買い物に行くといい。君の服や、君の部屋に置く家具、なんでも好きなものを選んでおいで』
好きなものと言われても、あまり思い付かない。強いて言うなら、本と美味しい食べ物、紫色くらい。あとは……あまりにも可愛らしいものは好きでは無い、ということくらい。
「……可愛らしいものよりは、綺麗なものや上品なものが好きです」
「じゃあ、そういうものを中心に探してみよう」
綺麗なものと上品なものだね、と繰り返して、バルドさんは私に外出の準備をするよう伝えた。特に準備するものはなかったので、そのまま出かける。……服や家具は、ヴィザーテ家の資金で買えるらしい。昨夜、バルドさんから旅の間に私が払った宿代や切符代を返されたことを思い出しながら、バルドさんと並んで街へ下りていった。
……昨日、魔塔でバルドさんが私にフードを被っておくように言った理由を、私はここで思い知った。私の髪色と瞳の色を認識した行き交う人々に、ことごとく振り向かれるのだ。心做しか、ひそひそと噂話をされている気もする。
「……ねえ、あの瞳……」
「もしかして……」
バルドさんと手を繋いでいるからか、じろじろと見られることは無いが、それでも居心地が悪い。バルドさんがこっそりと、「ごめん、フードを被るように言っておくべきだった……」と謝ってくださったが、それに首を振って否定する。
「いずれは、経験することでしたから……」
恐らく、これから帝国内の様々な場所を訪れる度に、私はこういった視線の的になる。今のうちに経験できてよかった。それを告げると、バルドさんはかすかに微笑んだようだった。
行き交う人々の視線にも慣れてきた頃、白壁のブティックの前に到着した。正面玄関の扉の上にかけられた看板には、“ジャダの服飾・宝飾品店”と書かれている。
「店主には訪問のことはもう伝えてあるんだ。入ろうか」
「は、はい……」
ブティック……それはそうだ、魔塔主様の娘なのに、下町の一般店の服は着れないだろう。身に付けるものは一級品になるはず。……唐突に現実を突きつけられて、戦慄しながら扉が開くのを見守る。
「ようこそお越しくださいました、バルドヴィーノ様、アメリアンナ様」
「ようこそお越しくださいました」
中央の茶色のドレスの女性がお辞儀をすると、扉の前に二列になって並んでいたお店の方々もお辞儀をした。一糸乱れぬ統率に、店の質の高さを実感する。
「今日は、妹アメリアンナの服を見に来たんだ。まずは日常服から、見せてもらえるかな」
「かしこまりました」
バルドさんの言葉に頷くと、中央の編み込みの彼女は一歩歩み出て私にカーテシーをした。位の高い相手に対してするものだった。
「初めてお目にかかります、アメリアンナお嬢様。わたくし、このブティックの店主である、グレタ・ジャダと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「丁寧なご挨拶感謝します、ジャダ様。私は、アメリアンナ……」
軽く膝を折り曲げて名乗りあげようとして、言葉につまる。躊躇って、バルドさんを見上げる。目が合った優しい青色の瞳は、私を家族として受け入れてくれていた。背中を押すように頷かれ、もう一度息を吸う。
「……私は、アメリアンナ・インカント・ヴィザーテです」
……それまで実感が湧いていなかったことが、言葉にすると、すっと心に馴染んでくるということが多々ある。今の私も、そうだった。
――……私は、ヴィザーテ家の人間なんだわ。
魔塔主様の娘というだけ、バルドさんの妹というだけではなく、ヴィザーテ家という家族の一員。フェリシト・インカント・ヴィザーテ様の娘で、バルドヴィーノ・インカント・ヴィザーテ様とシルヴィオ・インカント・ヴィザーテ様の妹。ヴィザーテ家という一つの家族の輪のなかの一人。
そう認識すると、ふっと肩の力が抜けた。不安定だった足場が、確実になった気がした。自然と口元に頬笑みを浮かべる。
「……こちらこそ、よろしくお願いいたします」




