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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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第二十話 魔塔主の娘

 私が、魔塔主様の、娘。


 真っ白になった頭の中で、その言葉だけがひたすら反芻される。


 むすめ……娘?娘って、どういうことだっけ。ある人の、子どもって意味よね。それも女の子。この場合、娘は私で……。ある人っていうのは……魔塔主様……?


「……えっ?」


 つまり私、魔塔主様の子どもってこと?お母さんと魔塔主様の間の子どもってことよね?待って……えぇ?


 魔塔主様は、床に膝を着いて私を抱きしめたまま、動かない。……いや、微かに肩や腕が震えている。さっきの声も、涙ぐんでいたように思える。


「……生きていてくれて、よかった…っ……」


 私を抱きしめたまま発される声は震えていて。途切れ途切れに呼ばれる自分の名前は、お母さんに呼ばれた時の名前の響きと似ていた。それに気がついた瞬間、すとんと納得がいく。


 ──この人は、本当に私の親なんだわ。


 ……正直、私が魔塔主様の娘だなんて実感はまだ湧いてない。これまで父親との交流なんてなかったし、父と娘の家族愛がどういうものなのかもよく分からない。けれど私は、お母さんの私への愛情を知っている。親の子どもへの愛情を、知っているのだ。だから、目の前のこの人は紛れもなく私の親なんだと、実感してしまった。


 ローブを掴んでいた手を、恐る恐るその背中に回す。何を言えばいいのか分からなくなって、顔を俯けた。初めての父の抱擁に、どんな反応をすればいいのか分からない。そわそわと胸の奥が落ち着かない。


 ――……かぞく……なのね。わたしの……私の、家族。まだ、生きてる……私の……


「……っ」


 胸の底から感情の波が膨れ上がってきて、それが震えと嗚咽として溢れ出てきた。


「ぅ……」


 泣きたいわけじゃないのに、涙が溢れ出た。まるで本当の九歳の子どものようだと頭の片隅で思う。背中に回していた手を戻して、目元を拭う。いつの間にか、優しい温かな手に頭を撫でられていた。諭すように、落ち着かせるようにゆっくりと撫でられ、ますます感情が膨れ上がる。とうとうしゃくりあげ始めてしまった私を、その手は急かすことなくなだめ続けた。頭を撫でられながら、あやすように背中をポンポンと撫でられ続け、少しずつ呼吸が落ち着いてくる。


「……落ち着いた?」

「は……はい……ごめん、なさい……急に、泣き出してしまって……」


 未だ頭を撫でられながら、謝りの言葉を述べる。急に泣き出すなんて、情緒不安定にも程がある。真っ赤になっているであろう目元を再度拭った私に……魔塔主様は……優しく言った。


「大丈夫……大丈夫だよ。急なことで驚いたね。……そこに座って。紅茶……いや、ホットミルクを用意しよう。ミルクは好きかい?」

「……はい……」


 ……魔塔主様は、体を離し、私と目を合わせてソファへ座るよう促した。ふかふかのソファに座ると、バルドさんがどこからかひざ掛けを持ってきて、私の膝にかけてくれた。


「……冷えてきたからね」

「……ありがとう、ございます……」


 お礼を言いながら、魔塔主様が私の父ならバルドさんは私の兄ということになるのか、とぼんやり気が付く。……まだ、お父様、お兄様と呼ぶ決心は付いていない。もし呼んだら、再び泣き出してしまいそうだった。


「……どうぞ」


 魔塔主様が、牛乳が注がれた白いマグカップをローテーブルの上に置く。目の前に置かれたそれを、感謝の言葉を述べてから一口いただいた。


 ……美味しかった。程よい甘さと温かさに、高ぶり張り詰めていた感情が落ち着いてくる。ほう、と息をついた頃には、そわついた気持ちも、だいぶ無くなっていた。


「……美味しいです」

「そうか……よかった」


 マグカップの中の牛乳を見下ろしながら呟くと、魔塔主様の安心した声が聞こえた。魔塔主様は、私の真向かいのソファに座っているようだった。そっと魔塔主様を伺い見ると、彼の微かに赤くなった目元は、優しく緩んでいた。はっきりと目が合ってしまい、目を逸らしてから思わず口を開く。


「あ、あの……魔塔主様が、私の……お父様って、本当なんですか……?」

「うん。本当だよ」


 穏やかな声で即答され、顔を上げる。じゃあ、それなら。


「お母さんは……」

「……アリアナは、僕の妻で……最愛の人だ」


 妻で……最愛の、ひと。その言葉と、魔塔主様の複雑な表情に、何故か安心する。魔塔主様は、最初は懐かしむように微笑んでから、眉を寄せて唇を噛んだ。伏せた睫毛が憂いを帯びて頬に影を落とす。膝の上で組んだ手に力が入ったようだった。


「だから……君は正真正銘、僕の娘なんだよ」


 気持ちを押し殺すようにゆっくりと瞬きしてから微笑まれ、私は胸が苦しくなった。相手を思いやり作られた微笑みよりも、お母さんのことを思って愛おしそうに……辛そうにしていた表情の方が、私は嬉しかった。何を言うでもなく口を開いて閉じてから、膝の上の手に力がこもった。言いたいことがまとまらないまま、再度口を開く。


「おかあ、さんは……私がお腹にいる時、記憶喪失で倒れていたところを、ある人に助けられたんだそうです」


 魔塔主様の顔色が変わった。その隣に座っていたバルドさんの顔色もだ。二人同時に息を呑んだが、俯いて思案しながら話していた私は、それに気が付かなかった。


「私を産んでからも、あまり昔のことは話してくれなくて……だから、その……」


 膝の上で両手の指を絡める。今のこの複雑な気持ちを、上手く表現したかった。まだ口の中に牛乳が残っている気がして、もう一度喉を上下させる。勇気を出して、おふたりを見た。


「もっと、お母さんとのことを教えてほしい……また今度、お話してほしい、です」


 しどろもどろになりながら話し終えると、魔塔主様がくしゃりと微笑んで頷いた。今度は、作り物ではなく感情の滲んだ微笑みだった。


「もちろん……たくさん、話すよ」


 そう言って、そっと目元を拭った。

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