第十九話 発覚
何か物音がした気がして、顔を上げる。膝の上の魔法書を開いたまま、しばらく耳を澄ませた。何も聞こえなかったので再び視線を本の文章に落とすと、数ページ捲ったところで客室の扉が控えめに叩かれた。慌てて本を閉じて机の上に置き、立ち上がる。
「は、はい」
……誰だろうか。バルドさんだろうか。それとも、もう最初から魔塔主様がいらっしゃるのかな……?
緊張で脈打つ心臓部分を抑えながら息を吐いた。光沢のある木製の扉が開いて、紺色のローブの男性が部屋に入ってくる。バルドさんでは無いようだ。
「……あぁ……」
プラチナブロンドのその人は私と目が合うと、くしゃりと顔を歪めてしまった。悲痛さを感じる表情だった。ふらふらと二、三歩足を踏み出したと思うと、立ち止まって右手で目元を覆って深呼吸を繰り返す。
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
「……っ……」
あまりにも挙動不審だったため、思わず近寄り声をかけてしまった。……この人が、魔塔主様なのだろうか。魔力量が常人の十倍はある。思えば確かに、ジュストさんが着ていたローブよりも重厚そうな雰囲気のローブを身にまとっている。あちらは茶色の蔦模様の刺繍が施されていたのに対し、こちらのローブは金色の蔦模様の刺繍と金の飾り紐が使われている。一目で他の魔術師と違う存在なのだと分かるデザインだ。
魔塔主様(?)は深呼吸を終えると、右手を下ろして微笑んだ。綺麗なほほえみだった。
「……心配してくれて、ありがとう。僕は大丈夫だよ」
しゃがんで目線を合わせて微笑まれ、私はなんだか落ち着かない気持ちになった。……だって、本当に綺麗な人なのだ。神殿にある神々の彫像よりもずっとずっと、人目を惹く清廉さがある。位も高いであろうそんな人が、10歳にもならない子どもに目線を合わせて話してくれている。自分がその子どもであるということが信じられず、宗教画の一幕の登場人物になったかのような感覚を覚えた。
「……はじめまして。君はアメリアンナだね?僕は魔塔主のフェリシト・インカント・ヴィザーテ。バルドヴィーノの父です」
「は、はい……!アメリアンナ・ヒーリエと申します、魔塔主様」
控えめにスカートを持ち上げ、カーテシーをする。平民がカーテシーをすることに違和感を感じられるかもしれなかったが、母から教わったカーテシーだから、何とかなるはずだ。
「……アメリアンナ。父親を探しているんだよね。もうすぐバルドヴィーノが魔法道具を持ってくるから、それまで少しだけ待っていてくれるかな?」
「分かりました……!」
魔法道具。父親探しに使うのだろうか。わざわざこんな子どもの為に魔法道具を持ち出してくれるなんて、気前が良い人だ。感心していると、魔塔主様の視線が、机の上の本に向かっているのに気が付いた。私が読んでいた本だ。
「……魔法書を、読んでいたんだね」
「……はい。バルドさ……バルドヴィーノさんから、読んでいてもいいと言われたので……駄目、だったでしょうか」
「いや。魔法に興味を持ってくれていて嬉しいよ」
視線を戻した魔塔主様は、どこか憂いを帯びた瞳で私に微笑んだ。青い瞳が、濃くなっていた。
「……アメリアンナ。魔法は、好きかい?」
「はい。好きです」
魔法は大好きだ。自分の可能性が広がって心躍るし、それと同時に、自然と繋がれる感覚がして、心穏やかにもなれる。それに、前の時間では、魔法を使うことで自分はアメリアンナなのだと……伯爵令嬢ではなく、一人の平民の娘なのだと実感することが出来たから。
私が即答すると、魔塔主様は目を見開いて息を呑み、しばらくして笑みを深めた。心の底から嬉しそうな笑みに、思わず見とれてしまう。
良かった、と呟かれて、惚けていた意識が戻った。これ以上何を話せばいいのか分からなくなって、話題を探そうと視線をさまよわせていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
魔塔主様がノックに答えると、片手に魔法道具を持ったバルドさんが扉を開けた。彼は向かい合っている私たちを見付けると、嬉しそうに表情を明るくさせた。
「良かった。二人とも、ちゃんと話せてるみたいだね」
扉を閉めたバルドさんは、そのままローテーブルの方まで歩いていき、魔法道具を机の上に置いた。
「父上。これで合っていますか?」
「うん。ありがとう、バルド」
魔塔主様に促されて魔法道具の近くまで寄る。半透明の、半球状の水晶玉の魔法道具のようだ。大きさは、直径35cmほどと言ったところか。魔塔主様は水晶玉の部分に手を添えると、説明を始めた。
「この魔法道具は、同時に魔力を流し込んだ二人の間に、近い血縁があるかを確認するものだ。親子や兄弟といった近さの血縁にしか反応しない。反応した時は、中が青色に染まる」
試しに僕とバルドでやってみるね、と仰った魔塔主様は、反対側から水晶玉に手を添えたバルドさんと一緒に魔力を流し込み始めた。すると瞬き数回するうちに、半透明だった水晶玉の中が、青く染まっていった。
「わ……」
お二人が手を離すと、これもまた瞬き数回のうちに半透明に戻る。
「それじゃあ、アメリアンナ。僕と君で試してみようか」
「ええっ?!」
試してみたって、どうせ反応しないと思うのだけれど……。どこかキラキラと輝いているように見える二人分の青い瞳に見つめられて、戸惑いがちに水晶玉に手を添える。
「水晶玉に魔力を流し込めばいいんですよね……?」
「うん。……魔力の流し込み方は分かる?」
「はい。分かります」
魔塔主様が再び魔力を流し込み始めたので、私も水晶玉に魔力を流し込む。反応しないのに使わせてもらうのが申し訳なくて、一瞬目を逸らしてからちらりと水晶玉を見ると、その中身は青くなっていた。
「……え?」
ど、どうしよう。もしかして私、魔法道具を壊してしまったのかしら?この魔法道具、一体いくらするんだろうか。到底払い切れる気がしない……!
「ご、ごめんなさい。私、魔法道具を壊してしまっ……」
「壊れてないよ」
穏やかな声で勘違いを否定されるとともに、落ち着く香りが鼻をくすぐった。なにか温かなものに、優しく抱き寄せられる。
「この魔法道具は、壊れていない」
壊れていないんだ、と繰り返すその声が震えている気がして、思わず魔塔主様のローブを軽く掴んだ。彼のプラチナブロンドが、視界の端で揺れる。見覚えのあるその色に気が付いて、静かに息を呑んだ。
「アメリアンナ、君は……」
哀しみのような、喜びのような感情が混ざった声で名前を呼ばれる。私は、ふと過ぎった自分の予想に驚愕していた。
……どうして、気が付かなかったんだろう。いや、だって、帝国の魔術師の頂点に立つ方がそうなんて、普通は想像もしない。……魔塔主様のプラチナブロンドと私の金髪。彼とバルドさんの空のように青い瞳と私の青い目。どちらもそっくりだ。
まさか、魔塔主様は。私の父親は。
呆然としている私を更に強く抱きしめて、魔塔主様は涙ぐんだ声で仰った。
「君は僕の娘なんだよ」




