第十七話 祖父と孫
「バルドヴィーノ様!本日はどのようなご要件でいらっしゃったのでしょうか。何か、緊急事態でも……?!」
慌てて客室に飛び込んできた屋敷の主と思われる男性は、緊迫感のある表情で告げた。紺色のローブを纏った男性だった。年配のようだ。
「カッソ……急な訪問でごめん。緊急事態では無いんだが、少し、君に頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいことですね。ええ、ええ。なんでも仰ってください。このカッソ、命にかえても叶えてみせましょう」
深刻な表情で膝をつこうとした彼に、バルドさんは慌てた。
「きょ、今日はそういうのはやめてくれ……頼みたいことは、二つ。一つ目だが……今日この後、魔塔への魔法陣を使わせてくれないか」
「もちろん可能でございます。お好きにお使いください」
「二つ目に、今日から二週間のうちに、俺の直筆の紹介状を携えたカローラ・リルという女性が訪れるはずだ。その時にも魔塔への魔法陣を使わせてやってほしい。やってくれるか?」
「カローラ・リル、ですね。承知いたしました」
それからバルドさんはカローラさんの外見的特徴をいくつか述べた。紹介状を悪用されないようにだろう。それを全て頷きながら聞いていたカッソ様は、ふと疑問を口にした。
「ところで、そのお子様は……?」
バルドさんの言いつけでフードを被っていた私に困惑の視線を向ける。髪と同じ色をした白い眉毛が、垂れ下がっていた。
「……アメリアンナだよ。アメリアンナ、フードをお脱ぎ」
「は、はい」
それまでのどこか硬質な声とは違った優しい声で、不意に名前を呼ばれて微かに狼狽えた。声色に違いがありすぎる。フードを脱いでカッソ様を見上げると、彼は息を呑んで目を見開いた。ローブから覗いたしわだらけの細い手は、ぶるぶると震えていた。……だ、大丈夫かな、この人。倒れちゃうんじゃ……
「……そのお顔立ちに、空色の瞳……まさか……!」
立ち上がっていた彼は、崩れ落ちるように私の前の床に両膝を着くと、涙で潤んだ瞳で私を見つめた。切実な雰囲気だった。思わず気圧されて後ずさった私に構わず、ガシッと音が付きそうなほど勢いよく私の両手を握る。
「よくぞ……!……よくぞ、いらっしゃいました……!」
「あ、あの、カッソ……様?」
「様だなんて!」
大きな声で否定されて、驚いて飛び跳ねてしまう。ひっ、と声も出てしまった。
「様だなんて、おやめ下さい。どうか、カッソと。呼び捨てでお呼びください。ええ、ええ。尊い御身なのですから……!」
「と、とうとい?」
「カッソ、そのくらいにしてくれ。アメリアンナが困っている」
「こ、これは失礼を。申し訳ありません、お二方」
床に跪いたまま頭を下げた彼は、ややあって顔を上げて微笑んだ。感動と、歓喜が混ざった眩しい表情だった。
「……心より、お慶び申し上げます。すぐにでも我が家の魔法陣で魔塔へ向かってくださいませ。フェリシト様も、シルヴィオ坊っちゃまも、たいそうお喜びになることでしょう」
バルドさんは、それに微笑んで頷くと、カッソに魔法陣まで案内してくれるよう頼んだ。彼は嬉しそうに答えて、浮き足立ちながら魔法陣まで案内してくれた。魔法陣は、地下にあった。
「魔力は、私が流し込んでよろしいでしょうか」
「うん。頼んだよ」
随分と大きな魔法陣だった。成人した大人が、数十人は座りこめそうだ。バルドさんと私は、その中央に立った。やがてカッソが魔力を流し込み始めたのか、魔法陣が青白く輝き始める。瞬間移動する直前、カッソの声が聞こえた気がした。
「お戻りになってくださって、ありがとうございます。……お嬢様」
「────っ」
眩しさに目をつぶり、もう一度目を開けた時は、別の空間に移動していた。ここもまた地下なのだろうか。ランタンがいくつか灯されただけの、薄暗い部屋だった。バルドさんは私の様子を窺ってから、手を繋いで部屋の扉まで歩いた。
「アメリアンナ。フードを被っていてくれる?……たぶん、かなりの騒ぎになってしまうから」
「分かりました」
フードを被ったり脱いだり、なんだか大変だなと思いつつ再びフードを被る。バルドさんが頷く気配がして、扉が開いた。扉の外は明るくて、植物豊かな広場が広がっていた。カッソが着ていたものとよく似た紺色のローブを着た人たちが数人、行き交っている。
「……バルドヴィーノさん?!お久しぶりっす!」
「ああ、ジュストか。久しぶりだね」
そのうちの1人の男性が、バルドさんに駆け寄った。腕には大量の本を抱え、脇には丸めた大きな紙を抱えている。快活に笑っているその青年は、私に気がつくとしゃがみこんだ。私と目の高さを揃えた彼は、翡翠のような目を細めて笑った。
「こんにちはっす。俺はジュスト。お嬢ちゃんのお名前はなんていうのかな?」
「え、あ、アメリアンナ……です」
「アメリアンナちゃん?はて、聞き覚えが……」
首を傾げた彼は、もう一度私の顔を覗き込むとカッと目を見開いた。……なんだか、動きの一つ一つに音がつきそうな人だ。彼と目の色も同じだし、カッソの縁者だろうか。
「バ、バルドヴィーノさん、まさかこの女の子」
「ジュスト。……まだ言わないでくれ」
「は、はい。分かりました……」
きょろきょろと目を彷徨わせた彼は、先程までとは違う不自然な笑顔を作った。頬がヒクついていた。
「じ、爺ちゃんの反応、凄かったでしょ。あの人、俺と違って反応が大袈裟っすから特に……」
「君も大概だよ、ジュスト。シルも、君たち家族はそっくりだと言っていた」
「シルヴィオさんが?!ひどいっす、あの人……」
私の前にしゃがみ込んだまま、ぶうたれたジュストさんは、話の内容に首を傾げていた私に気がついて、笑いかけた。
「来る途中で、カッソっていう爺さんに会ったでしょ?あの白髪爺さん、俺の爺ちゃんなんすよ」
「ちなみに、シルっていうのは俺の弟のシルヴィオのことだよ」
なるほど……やっぱり、カッソの縁者だったのか。二人ともよく似ている。
「私も、カッソとジュストさんはとても似ていると思います」
ええ?!と仰天したジュストさんは、唇を尖らせながら立ち上がった。本と紙を落とさないように体勢を整えて、私たちに笑いかける。
「それじゃあ、バルドヴィーノさん、アメリアンナちゃん。俺は研究があるのでこれで失礼するっす。……この話、広めちゃっても大丈夫っすか?」
「そうだね……後で俺がちゃんと言いに行くから、広めるのはその後にしてくれ」
「了解っす」
そうやって、ジュストさんは去っていった。……なんだか、太陽みたいな、嵐みたいな人だったな。
「アメリアンナ。客室まで行こうか」
「あ、バルドさん。……あの……ここって、何処なんですか?」
なんとなく想像はついているが……来たことがないから分からなかった。バルドさんは一瞬驚いた顔をして、納得してから、遠慮がちに微笑んだ。
「……ここは、スペランツァ帝国北東部の魔法研究機関……魔塔だよ」




