第十四話 戦いと魔物
カローラさんが魔法を出しては、バルドさんがそれを打ち消す。その応酬が続くにつれて、バルドさんの魔力が少しずつ減っているのが分かった。
彼の魔力は他の人よりも沢山あるから、すぐには無くならないけど、このまま続けているといつかはなくなってしまう。この狭い船室では、剣を振り回すことは出来ないだろう。魔法で対峙するしかない。
……今、バルドさんが消費している魔力の内訳で、一番多いのは私を中心に張った結界だろう。結界なら私だって張れる。バルドさんに張ってもらわなくても大丈夫だ。結界の分の魔力も戦いに向けられたら、もっと何か出来るかもしれない。
……でも、そうなると、彼に私が魔法を使えることがばれてしまう。帝国ではどうなのか知らないが、フラエルムで10歳目前の子どもが魔法を使えるなんて、怪しいに決まっている……
「今ならそなたの命は奪わないでやろう。我にあの娘を渡せ」
「渡すわけないだろ!」
ふたりの会話が聞こえて、息を呑んだ。カローラさんの目的は、私だ。それを、バルドさんは守ってくれているのだ。
──このまま、バルドさんが魔力切れになるのを見てるの?!バルドさんは私を守ってくれているのに!しかも、私のせいでバルドさんは十分に戦えない。考えろ。わたしにできることを。
一番に私がやるべきことは、バルドさんが魔法を使いやすいようにすること。戦うことではない。バルドさんは、まず真っ先に私のそばに結界を張った。私の安全が確保されている方が、動きやすいということだ。なら私は、結界に意識を向けさせず、彼が魔法を使いやすい条件を作るべき。
……結界は、基本、外からの攻撃は通さず、中からの攻撃を通すという仕組みになっている。つまり、中からなら、魔力を通すことが出来るのだ。
魔力操作に全神経を注ぎ込もう。風を操る風魔法。今回の制御は繊細なものになるから、集中しなければ。
カローラさんの魔法に応じているバルドさんの邪魔にならぬよう、風を操って小窓の鍵を開ける。思いっきり内側から、風で窓を押した。ガタン、と音がして、小窓が開く。外からの風と、潮の香りが室内に入ってきた。……よし。これで、魔法を使いやすくなった。自然条件を利用することで、魔法の使いやすさは格段に上がる。
「……バルドさん!」
カローラさんの魔法攻撃をいなしているバルドさんに声をかける。反応がなかったが、それでもいい。外からの風を利用して、カローラさんのバルドさんへの攻撃を全て打ち消す。攻撃に全て対応しながら、バルドさんに声が届くよう、大きな声で告げた。
「結界を解除してください!自分の結界は、自分で張ります!」
「……っく」
「……っ!」
バルドさんは一瞬躊躇ったあと、ぐっと眉を寄せて結界を解除した。瞬時に結界を張り直すと、直後、嫌な気配のものがぶつかった感触を感じた。黒く禍々しい霧のようなものが結界の周りに広がっていた。
「な、に……?」
「アメリアンナ!そのまま……!」
「……なるほど。魔力持ちだったな」
バルドさんの言葉が終わるよりも先に、黒い霧は扉を通り抜けて姿を消した。禍々しい気配が遠のいていくのを感じながら、結界を解除して座り込む。すると、目の前に来たバルドさんに名前を呼ばれて顔を上向かされた。
「怪我は無い?!具合の悪い所は?」
「バルドさん……」
恐怖と不安と心配を詰め込んだ表情に覗き込まれて、現実感が湧いてくる。全身を観察するように見回され、慌てて大丈夫だと答えた。
「バルドさんの結界もありましたし、張り直すのも間に合いましたから……」
「……よかった……」
頬から肩に移動した彼の腕は、細かく震えていた。安堵のため息にも、震えが混じっている。無事でよかったと言われているようで、胸に温かいものが広がった。
「……ありがとうございます、バルドさん」
左肩に乗った彼の腕に触れて、感謝を述べた。優しさに、涙が出そうだった。
……伯爵邸を出た時は、こんなふうに心配して助けてもらいながら旅をするなんて、思ってもいなかった。ただひたすらにあの場所から逃げたい一心だったのに。バルドさんとの旅が優しくて温かいおかげで、伯爵邸を出てから一週間しか経っていないのに、もう何年も経っているように思えてしまっている。
「……あっ、カローラさんは……!」
ふと思い出して声を上げる。禍々しい気配の黒い霧は去っていったけれど、カローラさんはまだこの室内にいるはずだ。もしも攻撃されたら……と周囲を見渡して、床に倒れたままの彼女を見つけた。バルドさんが気絶させたのだろうか。
「……彼女は……」
眉を寄せて言い淀んだバルドさんに嫌な予感がして、カローラさんに駆け寄った。……良かった、息はしている。死んではいないようだ。安堵した瞬間、くらりと目眩がした。
「アメリアンナ!」
床に倒れ込む前に、バルドさんに後ろから支えられる。
……しまった。この、体の内側に熱がこもって頭が働かない感覚には覚えがある。魔法に慣れていない身体で、急に魔力を使った反動だ。魔力の使用に少しずつ慣れていった、前の時間の王立学園三年生の頃の感覚のまま、まともに魔法を使ったことの無い10歳の身体で魔力を使ったからだった。大量の魔力を使いこなすには、それ相応に身体を鍛えなければならない。……今の子どもの私は、魔力に、身体が追いついていないのだ。
「……すみ、ません。少し、座らせてください」
ゆっくりと床に腰を下ろしてもらう。僅かに熱っぽいが、寝込むほどでは無い。それよりも、とバルドさんにカローラさんの容態を尋ねる。
「……アメリアンナ。先に休んでくれ。体調が悪いんだろう?」
「私は大丈夫です。カローラさんは、眠っているだけなのですか?」
眉を下げて私を見てから、バルドさんは頷いた。
「眠っているだけだよ。……ただ、何時までも眠り続けて、目覚めなくなる」
「え……?」
「……魔物、なんだ。あれは。人の精神に入り込んで、やがて乗っ取り……出ていく時はその人の命と魔力を根こそぎ奪い去ってから、出ていく。例え命を奪われなくても、そいつの残した瘴気の残滓が、その人を永遠に眠らせ続ける……」
……沈痛な面持ちだった。しかし、すぐに表情を切り替えて、私に休むよう伝える。私は、それに頷いてからカローラさんの手を取った。
「精神を乗っ取るということは……先程の攻撃は、カローラさん本人の意思ではないのですよね」
「そうだね。多分、あいつがリルさんを操って仕掛けたはずだよ」
バルドさんが、カローラさんとの戦いに苦戦していた理由はそれだろう。操られていた彼女の体を傷付けないように戦っていたんだ。
……人の体を操って、魔力と命を奪って逃げていく。なんて傲慢で醜悪な魔物なんだろう。カローラさんから禍々しい気配を感じたのは、その魔物が取り付いていたから。今のカローラさんからは、禍々しい気配は感じない。
「……カローラさん」
私たちと食事を共にした時、彼女は教師の仕事にやりがいを感じていると言っていた。これからも、続けていきたいと。それなのに、あんな魔物のせいで未来を奪われるなんて。
──どうか、カローラさんが目覚めますように。彼女が、望む未来を歩めますように。神様、お願いします。どうか彼女を……
彼女の片手を両手で握って、祈るように目を閉じた。状態は違うけれど、お嬢様として生きていた時の私と、今の彼女の状態を重ねてしまったのだ。何もしないでいるなんて、出来なかった。




