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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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第十三話 出現

 乗船してから二日目は、特におかしなことも無く平穏に過ぎていった。朝食は無理だったものの、お昼と夕食は、再びカローラさんと共に摂った。……そういえば、食事中、バルドさんが帝国に入ってからの彼女の予定をさりげなく聞いていた。カローラさんは、二週間ほど帝国に滞在し、南部の観光名所をまわるらしい。バルドさんが何故彼女の予定を聞いたのかは分からなかった。


 そうやって乗船二日目が過ぎ三日目になった。


「……今日で帝国に入るんですね」

「そうだね」


 食堂で朝食を摂り、バルドさんと共に船室へ戻っている途中だった。不意に帝国へ入国するという実感が湧いて、ぽつりと呟いた。バルドさんの肯定の頷きに、唇を噛む。


 スペランツァ帝国。大陸一大きな国で、私の父親がいるかもしれない国。そして恐らく、お母さんが生まれ育った国。お母さんはあまり自分の出生を語らなかった……語れなかったが、帝国の知識に富んでいたこと、帝国高位貴族に表れる紫の瞳だったことから、私はお母さんは帝国出身なのではないかと思っている。


 ……前の時間で、ルカにお母さんの瞳の色を伝えた時、彼は言っていた。


『……紫の瞳は、帝国を建国した時の初代皇帝の側近やその配偶者たちの瞳の色だったんだ。だから、帝国では紫の瞳というのは、建国時から続く高位貴族の血筋の証なんだよ。もしかしたら、君のお母さんも、高位貴族の血筋だったのかもしれないね』


 珍しく魔法道具の眼鏡を外していた彼は、そう言って思案するようにアメジストの瞳を細めた。


『……でも、ヒーリエ家なんて家名、記憶にないな……一通り、帝国貴族は覚えていたはずなんだけど』


◇◇◇


 ……お母さんの家は、もしかしたらルカが学んでいた頃には既に没落していたのかもしれない。それでも、帝国にお母さんの実家がある可能性は高い。これからお母さんが生まれ育った国に入国すると考えると、自然と高揚してきた。それに、入国したら転移魔法で魔塔へ行くことが決まったのだ。……お母さんを知っている人が、私の父親がいるかもしれない場所に。


 胸元でぎゅっと片手を握りしめたまま立ち止まった私を、バルドさんが心配する。


「……気分が悪いの?」

「い、いえ。……とうとう帝国に入国するんだなと思ったら……少しどきどきしてしまって」


 繋いだ手を握る力が少し強まったので慌てて説明すると、バルドさんはほっとした顔をした。


「よかった」


 あまりに大袈裟に安心するので、こちらも思わず口角を上げてしまう。

 ……そういえば、先程の心配する様子も、大袈裟な感じがした。心配というよりは、まるで、何かを恐れているような……


「……あ」

「アメリアンナさん、バルドヴィーノさん」

「カローラさん?」


 私たちの船室の前に着くと、その扉の前にカローラさんが立っていた。困ったように眉を下げたカローラさんは、少し話があるので中に入れて欲しいと言った。

 どう対応すべきか悩んでバルドさんを見上げると、彼は意外にも落ち着いた表情をしていた。


「そうでしたか。……港に到着するまでまだ時間がありますし、お話をうかがうのは昼食のときではいけませんか?」

「はい。今でないといけないのです」


 ……バルドさんがカローラさんをあれほど警戒していた理由が、やっと分かった。最初に会った時も、昨日会った時も、巧妙に隠していたのだろう。けれど、今はそれが隠れていない。むしろ顕示するように溢れだしている。


 彼女の周りを覆っている、嫌な気配。ぞっとするほど気味の悪い感覚。暗くて重く、じっとりとしている。そばに居ると、こちらの方まで息がつまり、気分が重く、吐き気がしてくるような気配だ。


「ば、バルドさ……」


 バルドさんは動じていない。ただ静かに、相手を観察しているようだった。

 繋いだ手を知らず知らずのうちに強く握りしめていた私は、名前を呼んだ瞬間に感じた鋭い視線に息を呑んだ。カローラさんだ。彼女と目が合った。途端、バルドさんは私を抱えあげて答えた。


「分かりました。中へどうぞ」

「ありがとうございます」


 そう言って彼女はにこりと笑った。




 私を片腕で抱き上げたまま、バルドさんは器用に扉を開けた。先にカローラさんを室内に招いて、後から続く。バルドさんが後ろ手に扉を閉めた瞬間、それは起こった。


 気味の悪いものが近付く感覚と、周囲で魔法が展開される気配。身体が傾き、掴まっている身体に引き寄せられた。


「……この反応速度とその魔力。やはり、魔塔の者か」

「……」


 私を両腕で抱き抱え、バルドさんは防御結界を展開していた。怪我をしないようにと頭に手を添えられていた。一方、その結界に伸ばした手を阻まれたカローラさんは、酷く冷めた目でバルドさんを見る。赤い瞳が暗く光った。


「だが、魔術師ではない。精々、魔法騎士と言ったところか」

「……アメリアンナ。怪我は無い?」


 口調の変わったカローラさんの言葉に動揺することなく、バルドさんは私の心配をした。それでも、バルドさんの目線はカローラさんを注視したままだ。


「は、はい」

「よかった。そのまま、ここに居てね」


 そう言って、バルドさんは私を扉のそばの床に下ろして結界の外に出た。それに私は、バルドさんが自分を中心とせず、私を中心として結界を張っているのだと気が付く。


「まっ……」


 他人を中心とした結界は、自分を中心としたものよりもずっと精神力と魔力を消費する。今のこの状態のカローラさんと、それらを消費しながら対峙するなんて無謀だ、と言いかけて止めた。結界から出て一瞬のうちに、バルドさんがカローラさんを床に取り押さえたからだ。どんな動きをしたのかも見えなかった。


「魔塔の人間だけあって、弱くはないな」

「黙れ」


 いつになく乱暴な言葉遣いで、バルドさんが言った。冷ややかな目でカローラさんを見下ろすと、自分に向かってきた風の魔法を、同じ風の魔法で打ち消した。

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