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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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第十一話 悪夢と子守唄

 秋口の涼しい風が、開かれた窓のレースカーテンを揺らす。アリアドネお嬢様が、紅茶を味わうように目を閉じた。薄くそばかすの散った白い頬が笑みを浮かべる。


「……美味しい。アメリったら、腕を上げたでしょ?」


 鈴のように澄んだ声に褒められて、嬉しくなる。専属侍女候補として表情を変えぬよう試みても、笑みが止まらなかった。


「……ありがとうございます!」


 堪えきれず笑顔で頭を下げると、私と同日、数時間先に産まれたお嬢様は、おかしそうに笑った。主と侍女候補としてではなく、姉妹のような友人として、手を握られる。


「アメリが頑張っているんだから、私も頑張らなくっちゃ」


 金髪を揺らし瑠璃色の瞳を細めながら、賢く努力家なお嬢様はそう呟いた。


 ……お嬢様。アリアドネ・ヨア・ティアリーチェ伯爵令嬢。私の同い年のお友だち。同じ日に産まれた、私にとって双子の姉のような方。わずか7歳で、成人した大人でも苦労する数式を解いてみせた天才児。デビュタントはまだでも、既に社交界に名を知られているという。


 それだけでなく、明るく朗らかで穏やかな方。王国の伯爵令嬢として相応しい振る舞いを心がけているこの方は、子どもとは思えないほど成熟していらっしゃる。……けれど、ペンを持つことも本を見ることも出来ず、ただベッドの上で丸まっている日もあった。


 そんな時、お嬢様は私に教えてくださった。


『……お父さまもお母さまも、先生方も伯爵邸のみんなも……私に期待してる。嬉しい。……でも、時々、その期待が重くてつぶれそうになるの』


 シーツを被った丸い山から聞こえたか細い声に、子どもながらに苦しくなったのを覚えている。だからこそ、そんなお嬢様を支えたいと、助けたいと思った。だから、私はお嬢様の専属侍女候補に相応しいように頑張ったんだ……


 場面が暗転する。


「……アメリ」


 いつの間にか、目の前に立っていたお嬢様に手を握られる。瑠璃色の瞳に覗き込まれて、息を呑んだ。その顔が、私への非難の色に染まっていたから。


「それなら、どうして私の名前を騙ったの?」


 暗闇の中、お嬢様が私の手を握りしめる。子どものままの姿のお嬢様が、お嬢様の名を騙り成長した姿になった私の手を、両手で握る。


「わ、わたし……」

「どうして、私を……“アリアドネ”を死なせたままにしてくれなかったの?」


 亡くなった方の名を騙ったという罪。私の消えることの無い罪。決して忘れてはいけない罪。


「ごめ……なさ……」

「ねえ、アメリ。どうして?」


 動けない。がたがたと震える両手を小さな手に握りしめられながら、私は子どものように首を振るばかりで動けなくなっていた。お嬢様の姿をした私の罪悪感が、さらに口を開こうとする。


「ねえ――」

「……リ……アメリアンナ!」


 呼び声と、肩を揺さぶられる感覚に、目を開いた。涙で視界が歪んでいる。頭も上手く回らない。どこにいるのか一瞬分からなかった。名前を呼ばれたはず、とぼんやりと考える。お嬢様として過ごす私の本名を呼ぶ人は、彼だけだと、無意識に名前を呼んだ。


「……る……」


 ──ルカ?


 しかし、私の肩を揺さぶっていた人の髪色を認識して、違ったと思い返す。……そうだった。時間が巻き戻ったのだった。


 バルドさんは、寝ていた私を起き上がらせると、背中をさすって深呼吸を促した。悪夢から覚めてまだ呼吸が安定していない状態だったため、それに従って呼吸を深くする。数回深呼吸を繰り返すと、なんとか気持ちが落ち着いた。


「……もう大丈夫?」

「……はい。ありがとうございました」


 バルドさんが用意してくれた温かい濡れタオルを受け取って、額の汗や涙の跡を拭く。それが終わると、バルドさんはさらにお水まで渡してくれた。


「……あ、ありがとうございます。本当に、なにもかも……」

「いいんだよ。……魘されていたよ。怖い夢を見たんだね」


 ベッド横のランプに照らされた顔に、安心させるように微笑まれて、まだわずかに強ばっていた気持ちが落ち着いていくのを感じた。まだ深夜だけど眠れそう?と聞かれて、首を横に振る。


「……まだ、少し無理かもです」

「……なら、少しだけ夕方のお喋りの続きをしようか」


 グラスとタオルを一度机に置いてきたバルドさんが、椅子を持ってきて私のベッド脇に座る。質問はあるかなと聞かれ、先程ふと湧いた疑問を口にした。


「……バルドさんって、下のご兄弟はいるんですか?」

「いるよ。四つ下の弟が一人と……妹もいる。どうしてそう思ったの?」

「……さっき、私の面倒を見てくれた様子が、お兄さんみたいだったから」


 眠たくなってきた頭で答えると、バルドさんが嬉しそうに笑った。


「そうか。お兄さんみたいに思ってくれたんだね」


 ありがとう、と頭を優しく撫でられる。……やっぱり、お兄さんみたいだ。子供だからかすぐ眠くなりうとうととしていると、バルドさんにベッドに横にさせられた。やさしい手に撫でられたまま、して欲しいことを聞かれ、答える。


「……子守唄を、聞きたいです」

「……こ」


 子守唄……、と繰り返す声が聞こえて、自分がどれだけ子供っぽいことをお願いしたかを自覚する。


「ご、ごめんなさい。いやですよね」

「……いいや、嫌ではないけど……子守唄を歌うのなんて十年ぶりくらいだから、上手く歌えるかどうか……」


 下手だったらごめんね、と言って、バルドさんは穏やかな声で小さく子守唄を歌い始めた。眠りに落ちる子に、あなたは世界中の全てに愛されてるのだとうたう唄。……お母さんが、昔よく歌ってくれていた子守唄だ。


「……ふふ。この唄、お母さんがよく歌ってくれました……」


 お母さんの時よりも低い優しい旋律に耳をすませながら、目を閉じた。今度は、悪夢を見ずに眠れそうな気がした。


 眠りに落ちる直前、子守唄が終わってバルドさんの声が聞こえた。


「……おやすみ、アメリアンナ。良い夢を」

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