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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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第十話 カローラ・リル

「そろそろ、夕食を食べに行こうか」

「はい」


 船室に入ってから二時間ほど。共通の話題であるお母さんの話や、髪飾りのお礼を改めて言ったりなどしていると、あっという間に日が沈んでいた。船は既に出港している。帝国の港に着くのは二日後の夕方だ。


 バルドさんと食堂へ向かう。テーブルクロスの敷かれた机が十数個配置された食堂へ着くと、バルドさんが席を予約していたらしく席に案内された。早速、メニュー表を開き、何を食べるか考える。


「バルドさんは何を食べるんですか?」

「そうだね……俺はこれに……っ」


 バルドさんは、言葉の途中で息を呑み言葉を止めた。勢いよく後ろを振り向く。食堂の出入口の方向だ。卓上に置かれた左手が握りしめられ、細かく震えている。


「……アメリアンナ」

「はっ、はい」


 二時間のお喋りで伝えた本名を呼ばれ、思わず飛び上がった。こちらを振り向いたバルドさんの雰囲気が、わずかに鋭くなっていたからだ。


「少しここで待っていてくれる?……それと、人をこちらに呼ぶかもしれない」

「……わかりました。構いませんよ」


 何かあるのだろう。バルドさんは頷いて立ち上がると、出入口の方へ向かっていってしまった。……バルドさんがあれほど気を張るなんて。護身から反射的に結界を張ってしまいそうになった右手を抑える。鳥肌が立っていた。


「……さすが、一級冒険者だわ」


 深呼吸を繰り返して、気持ちを落ち着かせる。何があったのか、気になった。悪いことでもあったのだろうか。例えば、暴行や強盗など……いや、この狭く客数も少ない船内でそんなことに及ぶ人間はいないだろう。それに、バルドさんのあの雰囲気は、卑劣に対する怒りではなく、強者に対しての警戒だった。


 ……ああ、気になる。これが、バルドさんじゃない誰かが警戒して行ったのなら、ここまで気にかかりはしない。けれど、あの一級冒険者のバルドさんが、あれほど警戒するのだ。一体どんな……


「待たせてごめんね、アメリアンナ。……すまないが、この人を同席させてもらってもいいかな」

「バルドさん……その女性は……?」


 バルドさんの隣に、茶髪黒眼の比較的小柄な女性が立っていた。頭を下げたその人の歳の頃は、二十代後半くらいに見える。


「カローラ・リルと言います。手違いで席の予約が出来ておらず……同席してもいいでしょうか?」

「もちろんです。どうぞ、座ってください」


 微笑んで頷くと、彼女は一礼して席に着いた。それぞれに注文をしてから、軽く自己紹介をする。


「……それじゃあ、リルさんは学校の教師をされているんですか?」

「はい。地方の学校ですが。ちょうど担当していた学年の子たちが卒業したので、少し気分転換に、旅に」


 ……落ち着いた雰囲気の方だ。大陸最大の帝国への旅を“少し気分転換”と言ってしまうのは驚きだが。とてもじゃないが、バルドさんが警戒するほどの実力者には見えない。


「おふたりは、なぜ帝国に?」

「えっと……」


 どう答えるべきだろうか。勝手に兄妹と嘘をつくのもバルドさんに悪いし、父親探しをしていると言っても追求が面倒だ。

 私が答えあぐねていると、バルドさんが代わりに答えてくれた。


「私たちは兄妹なのですが、事情があってしばらく離れて暮らしていたんです。ですが、先日それが解決したので、フラエルムに居たこの子を私が迎えに来た帰りでして」

「なるほど……そうでしたか」


 よどみない返答だった。元から口調の優しい人だが、さらに丁寧になっている。やはり、バルドさんは育ちが良いのだろう。振る舞いにも、言葉遣いにも、確かな品がある。


 同じテーブルで食事をとってから、お会計を別に終わらせて解散した。解散するまでに私たちは、名前で呼び合いお互いの部屋番号を交換するほどには仲良くなっていた。


「……カローラさん、また会えるといいですね」

「そうだね」


 最初に警戒心を顕にした以外、バルドさんにおかしな点は見当たらなかった。今だって警戒も嫌悪も心配も、一欠片も見せていない。……もしもの為にカローラさんの部屋番号を入手しておこうと思ったのだが、杞憂だったのだろうか。


 共に船室に入り、扉を閉めたところでバルドさんが部屋の周りに結界を張ったのが感じられた。……防御と防音の結界のようだ。


「……アメリアンナ。俺が居ない時にあの人が訪ねてきても、扉を開けては駄目だよ。あの人と会う時は、必ず、俺と一緒にだ。絶対に一人であの人に会わないと約束してくれ」


 静かだが強い言葉だった。バルドさんの蒼い瞳が、魔力を帯びて深みを増す。蒼空のような瞳が、海のような深い色に変わった。何かしらの感情が高ぶっている証拠だ。……この場合は、何の感情だろうか。そこに気を回す暇もなく、バルドさんの必死な様子に私は頷いていた。


「わ、分かりました。……でも、どうしてですか?」


 一人で会わないというのは別にいい。彼は私の護衛をしてくれているのだから、危ない目に合わないようにするのは当然だ。ただ、なぜ彼がそこまで彼女を警戒するのかが理解出来なかった。本当に、魔力も身体能力も平均的に思えたのだ。


「ありがとう。……少し、嫌な予感がしてるだけだよ」


 バルドさんはそう濁すと、深く息を吐いた。一瞬、その眉が寄せられて、瞬時に元に戻る。……成人済みの方にこんなことを思ってはいけないのだろうけれど、ふと思ってしまった。


 ……眉を寄せた時のバルドさんの表情に、まるで恐怖と不安にかられているようだと。

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