第九話 打ち明け
尋ねられたバルドさんは、わずかに目を見開いたようだった。数秒して事態が呑み込めたのか、頬をかきながら眉を下げる。
「ああ、そうだった……ごめんね、気付いていたよ」
やっぱり。素直に肯定されたことと、その後もバルドさんの雰囲気が剣呑にならなかったことから、警戒を緩める。
「どうして気付いたんですか?……どうして、黙っていたんですか?」
「……君の一人称が、時々元に戻っていたからかな。他にも理由はあるけど……説明すると長くなるから、また今度させてほしい。黙っていたのは、その……」
確かに、一人称を偽るのを忘れていた時があった。でもそれで気が付くなんて。他の理由が気になったが、今は聞くタイミングではないと思い直す。
「……その?」
急に歯切れが悪くなったバルドさんに首を傾げる。バルドさんは、一度目を瞑ってから続けた。
「恥ずかしながら、君が少年と偽っていたのを忘れていたんだ……」
バルドさんが私から目をそらす。え、と私は目を見開いた。
「忘れていたんですか?」
「ああ」
……嘘では無さそうだ。本当に忘れていたらしい。でもまさか、一人称の変化で性別に気が付く人が、そんなことを忘れるだろうか。信じ難い気持ちで再度尋ねた。
「……本当に、忘れていたんですか?」
「うん。君が、ははう……いも……俺の恩人で憧れの人によく似ていたから、浮かれてて」
もしかして、これまで散々奢ってくれたのも、それが理由なのだろうか。バルドさんの恩人で憧れの人によく似ていたから。……納得が出来ないわけではない。そういうことだってあるだろう。
「……私、そんなにバルドさんの憧れの人に似ていますか?」
「……瓜二つだよ。髪色と瞳の色以外、あの人そっくりだ」
困惑した私の表情を見て、バルドさんが微笑んだ。その微笑み方に、一瞬懐かしさを覚える。閃いた予想に、心臓が高鳴った。
「あの、その人って……お名前は」
私と髪と瞳の色以外瓜二つな人。バルドさんの恩人で憧れの人。おそらく、バルドさんよりも歳上だろう。世界は広いと分かっている。私に似ている人なんて、沢山いるだろう。けれど、でも。そんな人を、私は一人しか知らない。
「……その人のお名前は、なんていうんですか」
バルドさんは躊躇うように視線を彷徨わせてから、その人の名前を告げた。
「アリアナさん。アリアナ……アリアナ・ヒーリエさんだよ」
「っ……!おかあさん……!」
アリアナ・ヒーリエ。私、アメリアンナ・ヒーリエの血の繋がった母親。ハニーブロンドに紫の瞳の、私の大好きなお母さん。お母さんを知っている人が、いた。帝国の人が、お母さんを知っていた。
「あのっ!その人について、もっと教えてください!……どんな人と、交流がありましたか?どういう経緯で知り合って……!」
「ちょ、ちょっと待って。話すから、落ち着いて……」
いつの間にか前のめりになっていた私に、バルドさんが両手を前に出した。落ち着かせるように語りかけられ、はっとなる。慌てて深呼吸をして、背筋を伸ばした。
「失礼しました。その人は……私の母なんです。お願いします、その人について教えてください……!」
深々と頭を下げる。バルドさんが息を呑んで、私に頭をあげさせた。そして、私を室内の椅子に座らせ、自身はその前に膝を着く。
「……アリアナさんは、昔魔塔で働いていたんだ。俺は魔塔の人間の息子でね。お世話になったんだよ」
「魔塔……」
お母さんは最期に魔塔のことを言っていた。私の父親について話す時に、『帝国の、魔塔の』と。魔塔で働いていたのか。そこで私の父親と出会ったのかもしれない……!
「魔塔のことは、知っている?」
「はい。帝国の魔術研究の最高機関ですよね」
前の時間でルカに教わった。彼は、帝国の高位貴族の血筋で、相応しい教育を受けていたから沢山のことを知っていた。当主継承争いに巻き込まれて命を狙われ、帝国を逃げ出したらしいが……
答えた私に頷くと、バルドさんは微笑んで私の両手を取った。
「そうだよ。よく知っているね。……俺は、魔塔に帰る途中だったんだ。君も、魔塔に来る?」
……もとから、私は魔塔に向かうつもりだった。そこに父親が居るかもしれないから。せめて、父親の手がかりが見つけられるかもしれないから。断る理由なんてない。けれど……
「……行きたいです。でも……お金が」
まだ子どもで冒険者登録も出来ない私に、お金を稼ぐことは出来ない。今あるお金は、お母さんが遺した遺産のみ。その後の生活も考えると魔塔へ向かうまでの追加の依頼料金まで払うことは難しいだろう。
「お金はいらないよ」
「えっ、でも」
「……君は、アリアナさんの娘だろう?だったら、俺にとっても……妹みたいなものだよ」
そう言って、本当の兄のように私の頭を撫でる。母の手よりも大きなその手は、温かかった。
「じゃあ、魔塔に向かうってことでいいのかな」
「……はい!お願いします」
椅子に座ったまま頭を下げると、バルドさんが笑った気がした。




