四話 「吉報・凶報」
女将ベニータが気を利かせて部屋にベットを追加した序に布で仕切りを用意
してくれていた。本来エルザは奴隷の身だから、そんな気を使う必要は
無いのだが、その気配りが健一をホッとさせる
風呂と食事は一階でが、着替えは当然借りている部屋で行なう。
年頃の娘と知れば、健一の教育上色々と問題が起こるのだ。セザールは
昨夜酔い潰れていたがいつの間にか居ない。アルベルトは相変わらず朝が
弱いのでまだ寝ていた。健一も学校に通わなくなって遅い目覚めとなったが、
今朝はエルザと同室と言う事で早めの目覚めと成る。
エルザは既に起きており部屋のテーブルやら昨夜散らかって酒瓶等を既に
片付けていた。
「おはよう御座います健一様」
「おはよう」
「セザール様の文が置いてあります」
エルザが置手紙を健一に渡そうとする思わず手に取ろうとした健一だったが
「あぁ~ゴメン俺コッチの文字読めないんだった。エルザ読めるなら
代わりに読んでくれる」
「では、…おはよう健一。話は聞いていると思うが今日から2人は騎士団で
訓練と勉強をしてもらう朝10時には団へ赴くように。遅れたら、その分
走り込みが増えるので覚悟する事。だそうです」
「えぇ~いきなりかよ!ってか今何時だが判る?」
「先程鐘がなりましたので、8時半過ぎかと思います」
「ふ~ん。こっから騎士団まで歩いて30分飯喰って準備して…
って時間ギリギリじゃん!エルザ!急いで朝飯食べに行こう。
遅れるとヤバイ!あのオッサン本気で走り込みさせるぞ」
「えぇ!でもアルベルト様がまだ」
「オヤジなんて放って置いて、それより俺達の遅刻の方が問題だ。急げ!」
こうして日本を離れ堕落した生活は終わりを迎えた。この後数日間健一とエルザ
は規則正しい生活が始まる。当然民主主義的に3人の内2人が早寝早起き
となれば、アルベルトも自然と付き合わされる事になるのだが、そんな事に
気づく事も無く彼は一人深い眠りに就いていたのだ。
「うん。伊達に三ヶ月旅をしていた訳では無いな。
健一の太刀筋中々だ。エルザも思いの外カンが鋭いな。後は2人の連携が
上手くいけば、そこそこ形になろう」
この数日、基礎体力作りと剣術・弓術を基本に騎士団で扱かれて来た健一と
魔法基礎を一から学び直すエルザ。町を守る集団の騎士団。その訓練に付いて
来れるとは誰も思って居なかったが、中々どうして、大人顔負けの2人に
団長であるセザールも、つい言葉を漏らす。
その言葉に調子付く健一にしっかりと釘を指すセザール。そこは団を率いる
責任者として甘い顔は見せられない。更なる厳しい訓練を2人に加えるのだった。
それから6日程経った日の事だ。
騎士団に訓練に通いだして2回目の休日だ。健一とエルザは朝から日用品の
買出しに出ていた。下着に歯ブラシそれに着替えの服と雑貨を少々だ。
資金は健一とエルザが騎士団で訓練を重ねて居る間にアルベルト一人が
町の外で狩をして得ている。三人で宿暮らしするには十分な資金を
彼は稼いでいた。そして今日は健一達が休みなので、アルベルトも
狩りを休んでいる。
息子に努力している姿を見せない為だ。健一とエルザの事だ、一人危険な狩りを
していると知れば手伝うと言い出すだろう。だが、今2人に必要なのは
実践では無く、十分な理論と積み重ねた練習それが、アルベルトの持論
なのだから仕方が無い。
「健一様これで買い物は全て終わりましたが…本当に宜しいのですか?」
「宜しいって何が?」
「アルベルト様の狩りの事です」
「あぁ~一人で狩してる事ね。…う~ん良いんじゃね~ェ!?」
「えっ!でも狩りは危険なんですよ。幾らアルベルト様が御強いと言っても
万が一の事が在れば!」
「万が一の事が在れば俺が変りに狩りをすれば良い。今はオヤジも隠した
ツモリで狩りをしてるんだ俺達は知らない振りして甘えれば良いのさ。
ソレが親孝行って奴だよ」
アルベルトの行動は幼いながらも鋭い2人には筒抜けである。その上で健一は
敢えて父に甘えるフリをしていた。
(オヤジも一人で居たい時も在るんだろ。必要な時は声を掛ける筈だ)
そんな会話をしながら昼前に帰って来た二人である。扉を開け中に入ると
奥から賑やかな声が聞こえる。クレマン亭の一階は大食堂だ。
そこにアルベルトとセザールそして綺麗な女性の姿が在った
アルベルトの妹にして健一の叔母であるクレアだ。何故彼女が此処に?
と健一は考えた。
「こんにちわ。健一さん」
「お久し振りですクレア…さん」
敬称を何と呼ぶか悩んだ健一は結局無難で他人行儀な「さん付け」にした。
「あら嫌だわ。そんな他人行儀な言い方。私は貴方の叔母よ!
おばさんって呼んで」
「そんな!クレアさんにみたいな綺麗で若い人をオバサンって呼べませんよ」
「あらら、流石兄様の息子ね!もう女性の喜ばせ方を知ってるなんて、
おませさんネ」
クレアの笑顔は母秋穂やエルザとは違う大人の女性としての魅力が在った。
思わず赤面する健一だ
「あ~…では、クレア姉様とお呼びして良いですか?」
「あらら。私催促してしまったでしょうか。フフッ」
先日の執務室との会見ではキリッと締まった表情と怒った顔しか
見せなかったが、今日の彼女は天使が微笑んだ様な安らぎと
温かさを醸し出している。
「2人ともいつまで、そこに突っ立て居る。早く荷物を置いてコッチへ来い」
痺れを切らしたのか、それとも何かを誤魔化す為の道具として健一達を叱咤する
セザールだ。今は知り合いの叔父さんと云うより訓練所のお偉いさんと思う
機会が多いが、やはり健一にはガサツで気の良いオヤジが一番シックリ来る
感じがしていた。
女将が気を利かせて五人分の昼食と少量の酒を用意してくれた。
本来この時間食堂の営業はしない。泊り客は好き勝手に屋台や店から
好きな物を買ってきて適当に食べるのが決まりだ。
「どうせ自分達の昼食を作るついでさ!その代わり注文は聞かないよ!」
憎まれ口を叩くベニータは用意を済ませるとそっと奥の自宅へと消える。
泊り客は健一達だけだ。
つまり今一階食堂は健一達だけの貸切状態である。身内だけの食事。
旅の間も2人で食事はしたがクレアが居ると健一は、ふと母秋穂と三人で
休日過ごした事を思い出す。普段強気の健一だが彼もまだまだ、12歳の子供だ。
まして母の死をキチンと整理する前にこの世界に旅立ったので、正直今日まで、
シミジミと考えた事が無かった。
TVも漫画もゲームと云った娯楽の無い世界。騒音も無く緑豊かな自然に
囲まれた世界。座っている椅子も使っているテーブルも手触りが違う。
傍に居るのはガサツなセザールに最近存在を知ったクレア。
そして新たに家族の一員に加わったエルザ。
…居るはずの人が居ない。
何もかもがこの数ヶ月前とは違う。それなのに何故か健一は、この一時に
温もりと懐かしさを感じている。
居る筈も無いのに母秋穂を近くに感じる
エルザが健一の顔を見てポツリと言葉を漏らす
「健一様どうなされました?」
「んっ?何が?」
「…健一様の頬が濡れております」
本人も気付かぬ内に健一は涙を流している。
セザールとクレアは気付いたのかもしれない。父アルベルトは同じ思い
だったのかも知れない。だが、彼等は観て見ぬフリをする。
それが大人の優しさだ。健一は今一人寂しさを整理していた。
幸せと悲しみを理解しようとしていた。今彼は大人への階段を
一歩進んでいる。親との別れは子供が越えなければ行けない別れである。
運良く彼にはソレを支えてくれる人々が周りに居る。健一はその在り難さを
無意識に感じていた。
「あぁ~…うん…何でも無い…心配かけてごめん」
「どうせTVもゲームも無いから退屈で欠伸が出たんだろ」
アルベルトがワザと茶化す。男の涙は知られてはいけない。
それが彼の持論なのだ。
「ふははっ!やっぱりお前はアルベルトの息子だな~。
そうだ!退屈凌ぎにアルベルトの子供の頃の話を聞かせてやろう」
セザールのガサツだが、温かい援護射撃で健一に笑顔が戻る。
エルザも何かを感じたのかも知れない
クレアもセザールに追随してアルベルトの伝説を語りだす。暴れるアルベルト。
いつしかテーブルは、笑いの渦に戻っていた。
「所で、クレア今日の来訪の目的は何だ?」
粗方食事を終え昔話が落ち着いた頃アルベルトが妹クレアに真意を問う
「兄と甥の帰りを知って顔を出した。では、いけませんか?」
「あぁ。いかんな。まぁお前の結婚相手を探してくれ!
と云う頼みであれば別だがな」
「兄様!」
少し顔を赤らめるクレアと身体が固まるセザール。
健一とエルザがキョトンとしている。
「お前もいい歳だ。アイツの跡目は「エリオ」に決まっているんだ。
サッサと隠居してしまえば、お前も肩の荷が下りてどこかに嫁げるだろう」
「何を仰いますか!父上は兄様…」
言葉を詰まらせるクレアに助け舟を出すセザール
「おいおいアルベルト忘れたわけでは在るまい。公爵家のご息女ともなれば、
ソレ相応の格式と資産が無ければ不釣合いだ。
その上これ程の美貌を兼ね備えたともなれば中々良い話は在るまい」
「それで、歳を取って何処かの後家に嫁がされては、コッチが堪らん!」
「どうだ!いっその事このセザールで手を打たないか?」
「えぇぇ~」
クレアやセザールが声を出す前に健一とエルザが奇声を漏らす。彼等若者から
観てこの2人は「美女と野獣」に見えるのだろう。予想だにしない方向からの
罵声にアルベルトが笑い出す。
「あははっ!セザールよお前普段どれだけ2人を苛めている。
此処まで反対するとは思わなかったぞ」
「むむむっ!俺は決して若かりしき頃のお前への恨みを健一に
晴らしては居らぬぞ!至って基準通りの訓練を2人に行なっているだけだ」
「いやいや!そもそもその基準って騎士団入隊した者達だろ?2人には
随分壁が高いと思うがな」
「だが!、2人はしっかりと付いて来れるもだ。態々手を抜く必要も在るまい」
今聞かされた真実である。健一はこの世界の子供は此処までハードな訓練を
するものと思っていたそれが、ガサツオヤジの陰謀と知り、今メラメラと
怒りの炎が燃え上がる。
クレアは相変わらず顔を下に向け耳まで赤く染めている。もしかしたら満更
でも無いかもしれない。セザールはアルベルトと同じ歳で今まで仕事一筋の
生真面目な男だ。爵位もある当主だ。
コイツなら気心も知れ安心できる。意外とアイツの受けも良い様だしな
弄られる事も無いだろう。
問題は自分を下げて観ている事位だ。女は強引に口説き落とす位が丁度良いのに
とアルベルトは思っていた。
「まぁ~恋人話で無いなら…健一の事か」
ズバリ言い当てられ俯いていたクレアが顔を上げる。その眼は見抜かれたと
恐れる表情だ。
「種を蒔いたのは健一で、その根を刈り取って貰った借りは…俺にあるが、
コイツに払わせるさ!出ないと一生後悔する筈だ。だから気にするな」
大凡の見当は付いていた。自分が現れ息子もそれなりに成長し、アレだけの
啖呵を切ったのだ。何かしらの代償は払わせれるとアルベルト思っていた。
「でわ!言います」
「健一・ベルロット。従者エルザ。両者二名を二ヵ月後の騎士養成学校入学式
に参加せよ。これはブルクハルト公爵の命である。拒否は認められない。
速やかに王都へ移住し仕度を備えよ尚、両名は未成年ゆえ保護者も同行せよ!
…これはフェルナンド陛下からの勅命である」
クレアの言葉に一同が微動谷出来なかった。健一は自分の将来が勝手に
決められる事に苛立ちを感じるが、祖父に借りがある事を自覚していたからだ。
エルザはまだ、自分の立場が定まっていなかったのにイキナリ従者扱いと
呼ばれて驚いている。そしてアルベルトはブルクハルトの言葉なら拒否も出来る
と高をくくって居たが、雅か陛下の名前が出て来るとは思って居なかった。
「…あぁ~なんだ…この町も静かになるな…寂しいぞ」
場を和ませようとセザールが言葉を漏らす。
「別命が御座います。セザール・バルボッサ卿。
本日を持って護衛騎士団団長の任を解く新たな任として
騎士養成学校・主任教諭の命を与える。速やかに王都へ帰還せよ。以上です」
「あははっ!あの件に携わった者は一蓮托生って事か。チッ!相変わらず、
やりり方が汚いな」
「兄様!」
「まぁ~良い陛下の名前が出れば流石に俺も逆らえない。
だが、俺達は住む家も金も無いんだが」
「王都には兄様の家が残っております」
「いや!アレは俺が競売に掛けたぞ」
「はい。ベルロット家が買い取り、私が貰い受け致しました。
ですので、私も皆様と同行して王都へ帰還いたします。
馬車は此方で用意しますので兄様達の必ず同行して下さいね。出ないと私が
陛下からお叱りを受けますので」
完全に堀を埋められた。ブルクハルトやフェルナンド陛下だけの知恵では無い。
クレアの修正在っての戦術である。健一とアルベルトそれにセザールは諸手を
挙げて降参するしか手が無かった。
四話 「吉報・凶報」 完




