三話 「出会い・再会」
クレマン亭に話が来てアルベルトが騎士団の詰め所に走ってきた。
取調室に肩を落とす息子健一の姿を見てフッと息を漏らす。五体満足の息子を
確認すると一安心な態度を示し古い友人と話を始めた。
「セザールこれは、どう言った事だ。話を聞かせてくれ」
セザールとはアルベルトの古い友人で健一がこの世界で知る数少ない人物である。
豪快で屈託の無い喋りは、ガサツなオヤジと健一は認識してたが、
実は護衛騎士団の団長だ。
声を掛けてきた鎧姿の男性二人は彼の部下で、奴隷商から正式な要請で
逃げた奴隷娘と逃した少年の捜索をしていたらしい。エルザから追われた理由を
聞かせれ途方に暮れる健一は丁度話しかけてきた騎士団の隊員に素直に従って
詰め所まで付いて来た。
ここで知人であるセザールに出会った事で事のあらましを説明し、
今は牢屋では無く取調室で大人しくしている。
「う~ん。では、その少女には悪いが素直にその奴隷商に返すしか
手立てがないな」
「いや、どこで聞いたか健一がお前の息子と知ったらしく裁判を起こすと
言って居るのだ」
「なんだそりゃ~?どこの奴隷商なんだソイツは!?」
「…ギルバートだ」
「うっ!マジか?」
「オレではどうにもならん。苦痛だろうが、あの方に話を通して貰え。
ついでに全部詫びろ!」
親友セザールの進言に動揺を隠せないアルベルト。一目散にこの場から
逃げたい所だが、息子を置いて逃げる訳もいかない。健一と奴隷の娘を
引き連れて、ある場所へ向う事になった。
それは町の南に位置する場所にある立派な建物だ。家と云うより役所と
云った感じがする。大きな柱が何本も立ち並び、その少し奥に立派な4枚扉の
面構え。出入りしている人々も高そうな生地で拵えた服を着込んでいた。
セザールを先頭にアルベルト・健一・エルザ・隊員の順で建物の中に入る。
階段を登り最深の部屋の前に辿り着く。立派な彫刻が施された重厚な扉である。
セザールが仰々しくその扉をノックした
「護衛騎士団団長セザール。容疑の掛かった少年とその保護者を
連れて参りました」
「入りなさい」
ガサツな印象のセザールが形式ばった動きで室内に入る。
アルベルトがバツの悪そうな顔を浮かべながら後に続く。エルザは恐怖心で
一杯だ彼女の眼が泳いでいる。健一は、何食わぬ顔で父の後に続いた。
重々しい空気が室内に流れている。健一の目の先には、これまた立派な机があり
書類の山積みが置かれていた。その脇に品の良さそうな若い女性が立っており、
何やら書類を次々と差し出している。その先にはこの部屋の主であろう。
白髪の老人が差し出される書類に眼を通しながら手際よく判を押している。
まるで入室してきた此方を無視するように老人は次々と書類に眼を通していた。
若い女性が何やら耳打ちした事で、この部屋の主は手を止めた。
「毎日欠かさず勤勉に働いても数百の書類が舞い込む。
民の願いは尽きる事が無い。それでも出来るだけ応えたやるのも
領主の勤めだ。代々続くこの地を収めるはこの家に生まれた者の宿命だ。
…この様な些細な案件でワシの手を煩わせるな。訴えは取り下げさせる。
以上だ帰れ!」
とりあえず、この部屋の主の言葉で健一の行いは不問となった事は本人である
健一も理解できた。だが、彼はエルザと関わった以上このままには出来ない。
引き下がれば彼女は奴隷として誰かに売られてしまう。その上今回の件で
彼女に酷い仕打ちが待っているかもしれないのだ。健一は引き下がれない。
いや引き下がってはいけないと思った。
「事情を知らず先走った私が悪いと反省しています。
先程のお言葉で私の罪が不問になった事を心からお礼申し上げます。
ですが…であれば、私は相手の方を訴えさせて頂きます」
折角丸く収まった話を健一がぶり返すばかりか逆に混乱の渦を巻き上げている
事に周囲の大人達が一人を除いて驚いた。
「その罪状は?」
「私への暴行未遂と誘拐未遂それにえ~っと???」
「もうよい!その事実は如何に証明する」
「私に倒された大人達を締め上げれば吐きますよ。だって向うが先に
ナイフを取り出したし、あわよくば、エルザ…彼女と共に拉致しようと
したから、私は自己防衛で剣を振るったんです。ただ人を救うだけの為に
いきなり剣を向ける事は、私の親から学んでいません」
健一の言葉にセザールが部下の一人に視線を送る。耳打ちする部下。
「市民の証言で5人の輩がナイフを片手に路地裏で気絶していた情報が
御座います」
これでもかと大声でセザールが放つ。
「ふっ!大人の話に口を挟む作法も…それも秋穂の教えか?」
老人の言葉に固まる健一と苦虫を噛むアルベルト。
「よいか小僧!この国では殺しは罪である。たとえ罪人でも理由無き殺しは
罪だ。若輩者のキサマが剣を振りかざし相手に向って行き、殺すとは
思わなんだか!」
「はい。思いませんでした。剣の腕はこちらに来る三ヶ月の間父に
教わったばかりですが、あいつ等相手に本気で戦う事は有りませんでした。
角兎や赤熊の方が強かったです。弱気を助け強気を挫けと母から
教わってきました。大人でも間違えはあります子供だからと
口を閉ざす事は出来ません。まして子供は国の宝だと教わって育ちました。
無闇に大人に逆らうのは浅はかと思いますが、同じ子供として彼女が乱暴に
扱われるのを見過ごせません」
「子は宝。まさに御主の言葉通りよ!だが、その宝を手放したのは誰か?
その娘が何故乱暴に扱われると決め付ける。一人救って何とする。
お前の母はその程度の教えしかしていないのか」
この言葉にカッとした健一。まさに父譲りの血筋であろう。
先祖の顔が見てみたいものだ。
「一人しか救えないのは俺が弱いからだ!だからと言って全部を見逃す事
なんて俺にはできねぇ~!力が無いオレが全部悪いさ。子供の浅知恵で
エルザを守りたいって思ったさ!全部まとめてオレが悪いんだ!
だけど…だけど死んだ母さんの悪口を他人が言うじゃねぇ!」
「なっ!…秋穂は…死んだか、それで舞い戻ってきたか」
老人が健一の言葉で少し狼狽した様に見えた。父アルベルトが何も言わず頭を
掻いている。健一はまだ、怒りが収まらず息を切らしながら老人を
睨み付けていた。
「健一さん。それ以上の狼藉はお父様がお許しに成っても私が許しませんよ。
たとえ兄様のお子でも、これ以上の勝手は許しません」
それまで机の脇にそっと立っていた女性が老人と健一の間に割って入っている。
彼女の言葉に戸惑う健一。思わず父アルベルトの顔を見上げる。
父アルベルトが頭を掻きながら何度も頷いている。
「えっ!ええっ??」
「クレア。もう良い。知らぬ事とは言え、亡き者を貶めるのはワシの本意
では無い。健一、そちの申し立ては却下する。
ただし今回の一件全て不問じゃ。…ワシは疲れた皆下がれ」
老人の言葉で全てが終わる。納得して居ないのは健一だけだが、父アルベルトは
祖父に頭を下げ退出。セザールは暴れる健一を押さえつけながらの退出である。
部下の兵士とエルザは何も言わず大人しく部屋を後にした。
部屋の主と実質叔母と名乗ったクレアだけが静まり返った執務室に残る
「クレア、お前は秋穂の事を知って居ったか?」
「いえ兄様が御戻りになったのも今日が始めてです」
「そうか…」
「…健一さん、秋穂姉様の面影が色濃く出てましたね。
それに御小さい頃の兄様にそっくり」
「…秋穂に似ていたか…そうかお前にもそう映って見えたか
…暫く一人にしておくれ」
「…はい。公爵様」
そう言って彼女は隣室へと姿を隠して行った。
「離してよセザールさん、まだ話が付いてないんだ!
俺はエルザの事を守るって決めたんだ」
「健一!もうよせ。アイツが全部不問って言えば、不問なんだ。
この娘はもう売られる事は無い」
父アルベルトの言葉にキョトンとした態度になった健一
「えっ!あ~ぁ…そうなんだ。うん判った。」
「…ねぇセザールさん。いい加減降ろしてくんない?」
「い~やダメだ!お前はアルベルト以上のわんぱく小僧だと判った。
このまま宿までオレが離さず連れて行く。まったくお前のお蔭でオレの寿命が
どれ程縮んだか知るまい!大体あの方が誰だか知って居るのかお前は!?」
「えっと話の流れで行けば、オヤジの親父って事で俺の爺さんでしょ!?
それに、あのおっかなくて綺麗な人は叔母さんだよね!?
叔母さんって呼んだら怒られそうだな。姉様って呼ぼうかな」
「まったくお前と云う奴は何呑気な事を言っておる。お前の祖父と云う事は
ブルクハルト公爵様だと言う事だぞ。この国で二番目に御偉い方なんだ!
アルベルトお前は一体健一に何を教えておる」
「いや~だって俺達向うで暮らしてたじゃん。向うじゃそんなモン
腹の足しにもなんねーし、10年経ってれば、隠居してるっと
思ったんだけどな。あはははっ」
「アハハッ!では無い。良いか二人とも、今日は朝まで説教してやる。
あ~それにエルザとやら、お前は間違いなく、この二人のお付となるだろう。
だから粗相が無いよう教えてやる。今宵はお前も覚悟して聞いておけ」
「えぇ~オヤジは兎も角、俺は無罪って話じゃん。それに行いとか態度が
問題ならセザールさんの方が、よっぽど騎士団団長さんに見えないじゃん!」
健一の訴えに部下の兵士がプッと噴出す。確かにセザールの普段の行動は
ガサツな親父にしか見えない。今も騎士団の鎧が無ければ嫌がる子供を
拉致していると間違われるだろう。だが、そんな彼も家柄で言えば
伯爵家の当主なのだ。健一もまだその事実を知らない。
散々セザールの説教を受けアルベルトの過去を聞かされた健一とエルザである。
アルベルトは一言
「俺には関係ねぇ。既に親子の縁は切った」
である。だが、健一の登場で今後雲行きが変るのは必然と言えただろう。
「うぅ。健一様に救って頂いた結果この様な事に成ってしまうなんて…」
相変わらずビクつくエルザである。
「大丈夫。気にしない、俺だってさっき親族が居るって知ったばかりだ。
俺の世界じゃ遠い親戚より近くの他人って、ことわざが在る位だ。
気にする事はないよ」
「そうだ。そうだ。助け合う友人・知人さえしっかり居れば何も
恐れる事はない。なぁ!セザール」
勝手に頼られる相方は、既に大量の酒で撃沈済みであった。
あまり説教が長い為、宿の女将ベニータが気を利かせてセザールのコップに
強い酒を忍ばせて居たのだ。
「あぁ~所でエルザ。君に確認なんだが、歳は幾つなんだい?
法的に違反では話が進まないからね」
「ご安心下さい。可笑しな話ですが私は今年8歳です。
正式に売買される年齢です」
可笑しな話と云うのは、彼女が正統な奴隷として売買されていた事、
今回健一が略奪に近い形で彼女の権利を奪い取ったからだ。本来なら
健一に重い罰則が掛かる所なのだ。
セザールが撃沈する前に聞いた話だと、エルザを売買していた奴隷商は下っ端で
その系統を辿ればアルベルトの親族に突き当たるらしい。
そこで、健一とアルベルトの関係を知って訴えに走ったのが事の顛末である。
つまり、その元締めとアルベルトの不仲が健一に火の粉が飛んだという事だ。
本家の当主ブルクハルトが不問と言えば、健一のトラブルは解消され必然的に
エルザは健一の仮所有となる。
「判った。では此処から本題なんだけど、君は健一の奴隷として付いていく
心構えはあるのかな?」
父アルベルトの発言に驚きを見せる健一である。
「ええぇ~。なんで助けたのに彼女が俺の奴隷になるんだよ!おかしいジャン!
ってかエルザって8歳!?俺より4つも年下なん!!」
「ふぇ~。健一様はロリに妹キャラはお嫌いですか?犬は主に忠実ですのに??
これでも、妹フラグにロリキャラフラグ立ち捲くりで評価高いんですよぉ~」
(ロリ好きは変態扱いされ易い。悲運な定めを背負わされる人種なのだよ。)
「彼女が奴隷で売られて来た以上奴隷として買い取る形が筋だ。
もしお前の言う通り彼女を家に返せば、当然支払われたお金は払い戻さねば
成らない。態々彼女を売る程に困った家からお前は金を奪い取れるのか?」
アルベルトの言葉にグゥの音も出せない健一だ。この辺が大人の事情と
子供の浅知恵の違いである。万一エルザを家に帰せば、因り酷い所に
売られるだろう。ソレも今回より低い価格である。
それはエルザにもエルザの家族にも良い事では無い。ここは父アルベルトの
言葉に従う他ないのだ。
「お許しになるのであれば、私は健一様に付いて参ります」
「判った。但し!コイツはこの先、剣で生きて行く。つまり君にも何かしらの
武術や魔法を学んで貰わなければ成らないんだが…耐えれるか?」
「見ての通り獣人の血が濃い私は、速さと耳と鼻がよく利きます。
警護はお任せ下さい。それに、既に回復と風の初歩は身に付けております」
「へぇ~、それは驚いた。その歳で二つの系統を学んでいるとは優秀なんだな
健一は蚊帳の外である。魔法は理解している。なにせこの世界に来たのも魔法の
力だ。回復とか風とかの系統魔法も漫画やゲームで理解しているツモリだ。
だが、それが複数習得する事や年齢に関係している事がピンと来ないのが
日本育ちの欠点だろう。
「まぁ~おいおい健一にも魔法を教えるツモリだが、エルザから学ばせる方法も
あるな。とりあえず君に力があるなら問題は無い
…なのだが、一つ大きな壁が在る」
アルベルトの言葉に健一とエルザが息を呑む
「健一は現在12歳なんだよ」
アルベルトの言葉に気付くエルザ、相変わらず事態が飲み込めない健一
「健一様は未成年者でしたか。…確か法では、相続で無い限り未成年者の
奴隷所持は禁止でしたね」
「そう。そう言う事だ」
「その辺はコッチで考えよう。それより明日からお前達はセザールの下へ通え。
今回の件もそうだが、一般常識と体術・武術それに魔法を騎士団のトコで
学べ。これ以上のトラブルはゴメンだからな」
「なっ!勝手に!「五月蝿い!コレは決定事項だ。話は既に着いてる」」
これが大人の事情と云う奴だ。意に反して父ブルクハルトの力を今回借りたが
これ以上の関りは持ちたく無い。それがアルベルトの想いである。その為には
二人に常識と難題を自己回避してもらう力を身に付けて貰いたいのだ。
決してアルベルトが親の責任を放棄する訳では無い。
ここは生温い日本ではなく、町を一歩出れば危険な生物が徘徊する
異世界だ。健一にソレを早く身体に理解させて起きたいと思っての事だった。
三話 「出会い・再会」 完




