3・14 それぞれのホワイトデー
正嗣は深夜、美佐子が寝ている間に、リビングでこそこそと何かの準備をしていた。
本を見ながら、こつこつと・・・
翌朝
美佐子が眼を覚ますと、そこに正嗣の姿はなかった。いつもとなりで寝ているはずの正嗣の姿がないことに不安で不安で仕方がなかった。部屋にも風呂にもトイレにもいない。
リビングに入ると、そこはいつもと違う空間になっていた。まるで、どこかのレストランにいるような雰囲気のする空間になっていた。美佐子の席には、金属のふたが何かを隠すように置かれていて、その両サイドにはフォークとナイフが・・・。
美佐子は、そこへ行こうとするが足元の何かに気づく。
床で大の字になって寝ている正嗣の姿・・・。
美佐子が、正嗣の口の戸に耳を傾けると、スーッという音がする。寝ていたのだ、そこで。
「も~・・・風邪引いちゃうよ(笑)」
美佐子はそういうと、自分の着ていたカーディガンをそっと正嗣の上にかけたその時・・・
「おはよう・・・」
そういって、正嗣は目をこすり、ゆっくり上体を起こした。
「おはようございます(笑)」
「起こすつもりが・・・俺が起こされちゃったし(笑)」
「本当・・・(笑)」
美佐子はそういいながら、正嗣の寝起きの顔を見ながらくすくすと笑う。
寝癖がたくさんついてぼさぼさの頭。
少し疲れた顔に無精ひげ。
美佐子はその顔をを見ながら「お疲れ様」と声をかける。
「ちょっとここで待ってて!」
正嗣はそういうと、リビングを出て寝室へ。
美佐子は、不思議に思いながらも首をかしげ、床に座ったその状態で正嗣を待っていた。
すると、正嗣は白のワイシャツに黒のベスト、それに合わせたかのような黒のズボンにネクタイ・・・まるで執事のような姿で美佐子の前に再びあわられた。
「おはようございます、美佐子様。」
美佐子は正嗣のその姿に見とれ、瞬きすることも忘れていた。
「私、今日一日、執事として美佐子様の御そばでお使えいたします。何なりとお申し付けください。」
「は・・・はい。」
正嗣からのホワイトデイプレゼントは、美佐子への時間だった。
いつも、自分のために内助の功を発揮している美佐子への休息時間。
つかの間ではあるが、美佐子がわがままな時間を味わってほしいと正嗣が出した答えだった・・・。
「じゃ、じゃ・・・ちょ、朝食にしましょう!」
そういいながら、美佐子が自分の席に着くと、正嗣は美佐子のひざに白いひざ掛けをかける。そして、あの金属のふたを美佐子の前で開ける。
中には、スコーンと小さなボールに入ったグリーンサラダ。ココットに入ったラズベリージャムブルーベリージャム。マーマレードにバターが用意されていた。
「本日の朝食でございます。」
正嗣はそういいながら、ティーカップに紅茶を注いでいく。紅茶のやわらかい香りが部屋中に広がっていく。
カップの横に輪切りのレモンと小さな容器に入ったミルクを置くと、正嗣はにこっと微笑み「お召し上がりください。」と小さい声で美佐子に言う。
美佐子は、スコーンを小さく切り、ブルーベリージャムをつけて口に入れた。
「おいしい。」
そういうと、にこっと正嗣のほうに顔を向ける。それに合わせるように正嗣もにこっと笑った。
朝食がひと段落着いた時、美佐子の前に鳥かごのような形の持ち手がついた台が登場した。
その一段一段に小さなカップケーキが何個も飾られている。
「うわ~!!かわいい。」
「お口直しの菓子でございます。ティータイムにいたしましょう。」
そういいながら、正嗣はティーカップに赤いローズヒップティーを注いでいく。今度は甘酸っぱい香りが部屋に立ち込める。
「一緒に食べよう。」
「よろしいのでしょうか?」
「一緒がいいの。」
「では、お言葉に甘えて・・・。」
正嗣はそういうと、美佐子の向かいの席に座った。
美佐子は立ち上がると正嗣のティーカップにローズヒップティーを注いでいく。
慌てる正嗣に「私もしたいの(笑)」といった。
その後、彼らはゆっくりとした時間を一日過ごし、夜を迎えた。
夕食を食べ終え、優雅なバスタイムを過ごしす美佐子に正嗣が
「上がられましたら、リビングにお越しいただけますでしょうか?」とドア越しに聞いてくる。美佐子は二つ返事で了承した。
風呂から上がると、美佐子はすぐにリビングへと向かった。
しかし、そこには誰もいない。
美佐子の頭に驚きと不安がよぎり始める。
「お待ちしておりました。」
その言葉と同時に後ろから大きな手が美佐子を包んだ。
しかし、右腕だけがすぐに、美佐子の視界からフェードアウトしていった。
「いつもありがとうございます。これからも私のそばに・・・いてくださいますか?」
その言葉の後、美佐子の視界にチョコレートのような箱が入ってくる。正嗣はそれをパカっと開けると、中から青い鳥があしらわれたペンダントだった。
美佐子がこの世界に来てからずっとほしかったペンダント。
正嗣と町を歩いている時も、その店を通ると必ず、眼を留めてしまっていたペンダントだった。正嗣は、美佐子にばれないように店に行き買ってきていたのだ。
「はい。」
美佐子はそういうと、くるっと正嗣のほうに体をむけると、そのまま抱きつき、胸元で泣いてしまった。
「み・・・美佐子?」
「いる。ずっと正嗣さんのそばにいるから。」
そんな美佐子に「俺も。」といって正嗣はぎゅっと美佐子を抱きしめた。
(3・14 AM7:00)
部屋の目覚まし時計が椿を無理やり起こす。視界に入ってくる景色は、いつもと変わらない部屋の風景。
椿は、服を着替え、髪をまとめるとリビングへと向かおうとしたその時・・・
「ここから先は通しません!」
なぜか、禮漸が階段の前で胡坐をかいて座っていた。
「な・・・なんで?」
「何でも(笑)緑涼さんから“部屋で待機させてくれ”って言われてるから。」
そういうと、椿は禮漸に背中を押されながら、自分の部屋に放り込まれる。
「いったい・・・何なんだろう・・・」
そう思いながら、椿は本を読んで時間をつぶすことにした・・・
そのころリビングでは・・・
「誰、こんなでかいの頼んだん?」
風燕が必死の形相で大きな荷物を抱えてくる。
「それ、おらだ(笑)」
「なに頼んだんだよ(怒)」
驚いている風燕をよそに、緑涼はマイペースでその荷物を開ける。
中から出てきたのは、大きな観葉植物。
「蓮流の部屋にあるやつと一緒じゃん!」
「冬になると、乾燥するだろ。椿がこの前、それで喉痛めてたから・・・はりこんだべや(笑)」
「はりこみ・・・すぎだべや(驚)」
「じゃ、俺の部屋のあれが壊れたら、椿ちゃんの部屋に行ったら貸してもらえるね(笑)」
「そういう問題じゃ・・・」
驚きすぎて声がでなくなっていった風燕と対照的に後の使い道のことまで考えてしまった蓮流。そんな彼らの横でニコニコしながら緑涼は説明書を読んでいた・・・。
その間に、別の宅配便が到着。
「またでかいぞ(驚)」
「すんげ~重い・・・。何、これ?」
驚く風燕の横を蓮流が抱えながら荷物を持ってくる。
「それ俺!」
階段のほうから禮漸が蓮流に向かって叫ぶ。
「開けていいの?」
「開けていいぞ!あっ!もしかしたら違うのも入ってるかもしれない。」
「りょ~かい!!」
禮漸の了承も得られたので、蓮流が箱を開ける。そこには、何本もの酒と一緒に割れないように梱包された赤い箱が入っていた。
緑涼が酒の入った箱を軽々と持ち上げキッチンへと運んでいる間に、蓮流がその箱を開けた。
中から小さなガラスの人形とそれを置くための台など・・・。
「すごいきれいだべ!」
火燐は思わず見とれてしまっていた・・・。
ガラスの木は桜をイメージするように葉の部分がピンク色で、置くための台は緑、そしてかわいいウサギの人形が2つ。それが、ひとつの箱に収まっていた。
「禮漸らしいべな(笑)」
緑涼はそういいながら、火燐と一緒にそのガラスの置物を見つめていた・・・。
そこにまた荷物。
緑涼が2つの小さな箱を持ってリビングに帰ってきた。
「蓮流と火燐が頼んだものきたべ(笑)」
そういいながら、蓮流と火燐にそれぞれの箱を渡す。
「何頼んだべか?」
「うん?俺は・・・」
どきどきしながら、彼らは箱を開けていく。
「蓮流の、きれいだべ!」
「火燐のそれかわいいな。」
蓮流が頼んでいたのは、和小物。椿の花が揺れるかんざしと柘植の櫛と鏡。
一方、火燐が頼んでいたのは、線香の形をしたお香数種類に、それを挿すかわいい雪ウサギの形をした台。
「きれいだな~蓮流のかんざし。」
緑涼がそういう横で蓮流がこういう。
「セミオーダーで作ってもらった。今日つくか心配だったんだよね(笑)」
一安心したのか、蓮流はほっと一息つくと、ニコニコしながらそのプレゼントを眺めていた。
「火燐のは、御香か。どんな香りにしたんだべ?」
「俺的に、椿ちゃんにあっていてそれで、リラックスできるような香りにしたべ。」
「ほ~。」
「この赤い箱が桜、白が白檀、茶色が檜、緑が伊草だべ。」
そういいながら、火燐は伊草の箱を少し開けた。リビングに変えたばかりの畳のような匂いがほのかに立ち込めていく・・・。
「確かにこれはおちくつべな~。」
「うん。俺も買おうかな・・・。」
緑涼と蓮流がそういうと、火燐はにこっとしながら「でしょ?」といった。
そこにまた宅配便
蓮流が中ぐらいの箱を軽々と抱えながら帰ってきた。
「風燕のプレゼントとうちゃ~く!!」
蓮流がリビングに入るなり、ニコニコしながら大きな声でそういった。
「何気に、気になってたんだ、風燕のプレゼント(笑)」
「んだ(笑)何頼んだべか?」
「俺は・・・」
風燕は、緑涼達に促されるようにして箱を開けた。
すると・・・
「くまだべ!」
「んだ~。またかわいい人形頼んだべな(笑)」
「笑うな(怒)このシーズンに人気って書いてたから・・・」
そこに入っていたのは、白い毛のテディーベアとたくさんのお菓子が入った紙袋。
緑涼と火燐は、びっくりしながらもテディーベアを箱から出すと手触りを確かめていた。
「顔に似合わず、こんなかわいいプレゼントだったとは・・・(笑)」
蓮流がそういうと「だから笑うな(怒)」と風燕は少し怒ってしまった。
「じゃ・・・」
そういうと、緑涼は階段の上にいる禮漸に合図を出した・・・。
(3:14 PM9:59)
コンコン・・・
「は~い」
「お待たせ(笑)」
「いったい何があったの?結構待ったけど・・・」
「もう少し待ってもらいます(笑)」
そういうと、禮漸は椿を担ぎ自分の部屋に・・・
「ここで待っててね(笑)」
そういうと、椿を残して降りていった。それと入れ替わりに火燐が部屋にやってくる。
「あの~・・・」
「椿ちゃん(笑)」
そういうと、火燐は椿の横に座り、椿の体に自分の尻尾を巻く。
「これで大丈夫!」
「な、何で・・・こうなるの?」
「緑涼が来るまで、椿ちゃんと一緒にいていいよって禮漸がいったべや(笑)」
「で・・・」
「ここから出ないように見ててって緑涼が言ってたべ、だから動かないようにしたべや(笑)」
椿は、火燐の尻尾の中で緑涼が呼びにくるのをいまかいまかと待っていた・・・。
(3・14 AM10:25)
「椿~!!」
「緑涼さん!」
「もう来ちゃったべ(悲)」
「待たせたな(笑)」
そういいながら、椿の前にしゃがむと右手を差し出しだす。
「待ちましたよ(泣)」
そういいながら、椿は左手を出して緑涼の手を掴む。その瞬間に火燐は自分の尻尾を椿から離し、狐に変身。緑涼の肩にちょこんと座る。
「じゃ、行くべか!」
「うん・・・。」
椿は不安になりながら、禮漸の部屋を出ると、自分の部屋の前でみんなが待っていた。
「「「「「「どこが変わったでしょう!!」」」」」」
みんなが一斉にそういった瞬間、風燕が勢いよく椿の部屋のドアを開ける。椿の目の中には、少し違う部屋が入ってきた・・・。
「あんな木・・・なかった。」
「正解。それはおらからだ(笑)」
「蓮流の部屋にあるのと一緒だぞ(笑)」
緑涼が話すすぐ後に風燕が補足を入れる。
「え~っ、ってことは・・・加湿器!」
「そうだ。仕組みは、蓮流の部屋と一緒のものだから、蓮流に聞いたらいいべ(笑)」
あまりにも大きなお返しに椿は心臓が止まりそうになった・・・。
その時、部屋から畳の香りがする。
「私の部屋、畳じゃないのに畳の匂いがする(驚)」
「正解だべ。俺からのプレゼント、畳の香りのお香(笑)ほかにもいろいろ選んでみたから、使ってね(笑)」
その匂いで、少し気持ちが落ち着いてくる椿。ふとベットを見るとそこにくまの人形が座っていた。
「くま・・・かわいい。」
「正解、俺からだ。机の上のお菓子と一緒に受け取れ(照)」
風燕の意外なチョイスに椿もびっくり。思わず、風燕を二度見して・・・なぜか怒られた。
「さ~、あと2つ!!」
緑涼が椿の後ろでそういっている。椿も部屋に入って探すと、パソコンのキーボードの上に小物が置いてあった。
「これだ!きれ~い!」
「正解!俺から。」
蓮流は、にこっと笑いながら椿のところに行き、椿の髪をまとめるとかんざしを髪に挿す。
「ね、みんな!似合ってるでしょ?」
「んだ♪椿にぴったりだべ!」
「ね~見えないよ!」
椿のその声に、蓮流は鏡のケースをはずすと、椿に渡す。
鏡の中で椿の花が揺れていた・・・。
「すご~い!きれい!」
「俺からのお返し(笑)」
蓮流はそういうと、さらに・・・
「最後のひとつは窓の近く(笑)」
と耳元でささやいた。
「お前答え言っただろ(怒)」
「いってませ~ん(笑)」
蓮流と風燕のやり取りをよそに、椿は窓のほうに顔を向ける。椿は、すぐに変化に気づいた。青いガラスの鳥が入った鳥かごのすぐ隣で花見をする2羽のウサギ・・・。
「きれい・・・それにかわいい。」
「やっと見つけてくれた。それ、俺からのお返しだから(笑)」
キセルを銜えながら、禮漸はそう話す。
椿はもう一度、自分の部屋を見回すと泣きながら「ありがとう。」と例をいう。
それを見た緑涼は、椿のところまで駆け寄り顔をのぞきながら「なして泣くべや?」様子を伺う。
それに「だ・・・て、うれし・・・いんだもん(泣)」と椿は言葉を詰まらせながら緑涼に答える。
「とにかく、待たせちゃったのは、アレだけど、喜んでもらえてよかったべ。」
緑涼はそういって椿の頭をそっとなでた。
「泣くな!早くなんか食べようぜ!」
風燕が椿と緑涼に聞こえるように怒鳴る。
「わかったわかった(笑)」
「じゃ、何か作るね(笑)」
そういいながら、椿達は部屋を後にした。




