第98話 代償
戦いの後に残された、重い被害状況をお届けします。
戦闘が終わった戦場に、静けさが戻ってきていた。だが、その静けさは、決して安らかなものではなかった。
「――被害状況を、報告してくれ」オルグレンが、重い声で言った。
ケインが、震える手で、資料をまとめながら答えた。
「――死亡、十名。……瀕死の重傷者が、五名。戦闘に耐えられない負傷者が、さらに十名です」
その数字に、その場の空気が、一気に沈んだ。
「――そんな……」フィンが、崩れ落ちるように膝をついた。
ジェクスは、拳を強く握りしめた。想定録の棚に、これまでにない重い記録が、静かに刻まれていく。
(――俺が、もっと早く来ていれば)
その考えを、すぐに振り払う。今は、後悔している場合ではなかった。
「――シグルド! できる限りの手当てを!」ガレスの声が、戦場に響いた。
「――ああ」
シグルドは、既に、重傷者の傍らに膝をつき、掌をかざしていた。放たれた光が、傷口へと次々と染み込んでいく。だが、その顔には、いつもの飄々とした余裕はなかった。
「――完全に治すには、時間が足りねえ」シグルドが、低く呟いた。「先の道のりを考えりゃ、今は、命に別状ないレベルまでが、精一杯だ」
その判断に、誰も、異を唱えなかった。厳しい現実を、皆が、静かに受け止めていた。
「――戦闘を続けられない者は」オルグレンが、一同を見渡しながら言った。「飛行船まで戻り、そこで治療を続けろ。無理に前線へ立つ必要はない」
その指示に、負傷した兵士たちが、悔しさを滲ませながらも、頷いた。
「――すみません……足手まといに」
「――謝るな」ガレスが、静かに首を振った。「お前らが今日、ここまで持ち堪えてくれたから、俺たちは、まだ立っていられる」
負傷者たちが、飛行船へと運ばれていく中、ジェクスは、静かに、戦場の跡を見渡していた。
(――これが、代償か)
積み重ねてきた力が、確かに、戦況を変えた。だが、それでも、守り切れなかった命があった。その事実の重さが、これまでにないほど、はっきりと、胸に刻まれていた。
「――辛気臭え顔してんな」
低く、しかし力強い声が、その沈黙を破った。振り返ると、オルグレンが、静かに立っていた。
「――皆、覚悟はできていたさ」オルグレンは、戦場を見渡しながら、続けた。「この旅に出ると決めた時から、な。……お前が、それを一人で背負う必要はない」
「――ですが……」
オルグレンの声に、初めて、鋭さが混じった。「悼むのは、後でいくらでもできる。今は、前を向け。……みんなの分まで、俺たちが、魔王を討伐するんだ」
その一言に、その場にいた者たちの表情が、僅かに変わった。悲しみが消えたわけではない。だが、その悲しみを抱えたまま、前に進むための、確かな力が、静かに灯り始めていた。
「――はい」
ジェクスは、短く答えると、静かに拳を握り直した。
***
夜明けを迎えた戦場跡、討伐隊は、今後の方針を話し合うため、一箇所に集まっていた。
「――このまま、根城を目指すのは、危険だと思います」
ジェクスの一言に、その場の視線が、一斉に集まった。
「――どういうことだ」オルグレンが、静かに尋ねる。
「――俺は今、380,000アニマまで、魔力が上がっています」ジェクスは、率直に、その数字を口にした。「試練の洞窟の、あの過酷な環境を乗り越えたおかげです」
その数字に、周囲がどよめいた。
「――それだけ強くなったなら、なおさら、心強いじゃねえか」ダグラスが、首を傾げる。
「――ですが、俺一人が強くなっただけです」ジェクスは、静かに続けた。「もし、カイドやアクセル、ギルさんも、同じように洞窟を踏破して、それぞれ大きく力をつけているとしたら――」
その先を、ガレスが引き取った。
「――今のメンバーだけで先に進むより、合流してから挑んだ方が、確実に生存確率は上がる、ってことか」
「――はい」
ジェクスの言葉に、部屋の空気が、静かに変わっていった。焦って先へ進むことよりも、確実に戦力を整えることの重要性――誰もが、その理屈に、納得せざるを得なかった。
「――正直、四天王の残り、それに魔王本体を思えば」オルグレンが、腕を組みながら唸った。「今の戦力のままじゃ、正面から挑むのは分が悪い。……お前の言う通りだ」
「――そういえば」ジェクスが、ふと思い出したように付け加えた。「ギルさんは、俺の次に踏破が早い見込みです。……もしかしたら、既に洞窟の外で、待機してるかもしれません」
その言葉に、一同の間に、僅かな希望の色が浮かんだ。
「――ですが、洞窟組が、いつ戻ってくるかは分かりません」ケインが、資料を確認しながら言った。
「――遅くとも、30日以内には、全員出てくるはずです」ジェクスが、静かに言った。「実際に洞窟を飛んだ感覚から、大体の見込みはつきます」
「――ここでただ待つより」ジェクスは、続けた。「俺が、洞窟まで迎えに行きます。道は、まだ覚えてますから。……食料や物資も、持って行けるだけ持って行きます。皆、消耗してるはずですから」
「――お前が、また一人でか」ガレスが、眉を寄せる。
「――飛べば、そう時間もかかりません。……誰かが出てきた瞬間に、真っ先に気づけるのは、俺だけです」
その提案に、オルグレンが、しばらく考え込んだ後、静かに頷いた。
「――分かった。……お前に、任せる」オルグレンは、続けて一同を見渡した。「その間、根城への進軍は一旦保留とする。安全な場所に拠点を構え、戦力を整えながら待つ」
その決定に、討伐隊の面々が、それぞれ、静かに頷いた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
死亡10名、瀕死5名、戦闘不能10名——決して軽くない代償を前に、ジェクスも言葉を失いました。それでも、オルグレンの「悼むのは、後でいくらでもできる。今は、前を向け」という一言が、討伐隊を再び立ち上がらせます。そして、洞窟組との合流を待つという、新たな方針も固まりました。
次話もお楽しみに。




