第96話 希望の流星
苦戦する本隊のもとへ、流星の如く駆けつける者がいます。ここからが本来の物語スタートです!
夜空を切り裂きながら、一筋の光が、戦場へと降り注いだ。
「――何だ、あれは!?」
魔族の一体が、驚愕の声を上げる。それも当然だった。両手に構えた剣に、優しくも力強い炎を纏わせ、全身をも炎で包みながら、まさに流星の如く、それは戦場へと突っ込んできた。
「――ジェクス!?」ガレスが、目を見開く。
「――待たせた!」
着地と同時に、ジェクスの剣が、迫っていた魔族の一体を、瞬時に斬り伏せた。
「――化け物か!」オルグレンが、思わず声を上げる。「その魔力……!」
「――説明は後です! まずは、この場を凌ぎましょう!」
ジェクスの参戦に、崩れかけていた本隊の陣形が、瞬く間に立て直されていく。デュオ・プロヴィーサの一振り一振りが、これまでとは比較にならない威力で、魔族を薙ぎ払っていった。
だが、戦場の中心――ゼインの周囲だけは、様相が違っていた。
「――くっ!」ロルフが、大盾ごと吹き飛ばされる。
「――なんで、分かるんだ……!」ネリアが、放った魔法をあっさりと躱され、悔しげに呟く。
ゼインの動きには、明らかな異常があった。まるで、こちらの攻撃を、放つ前から知っているかのような、完璧な回避。
「――そこか」
ジェクスは、その違和感の正体に、すぐに気づいた。想定録の棚が、猛烈な速さで警鐘を鳴らす。
(――未来を、見てるのか)
「――久しぶりだな、ジェクス」
ゼインが、初めて、こちらへと視線を向けた。その口元には、隠しきれない愉悦が浮かんでいる。
「――待ってたぜ、この瞬間を」
言葉と同時に、ゼインの姿が、かき消えた。
「――くっ!」
ジェクスは、咄嗟に剣で受けようとするが、僅かに間に合わない。黒い雷を纏った拳が、脇腹を掠めた。
「――甘いな。俺にはな、お見通しなんだよ」
その言葉に、ジェクスは、奥歯を噛みしめた。
(――先を読まれてる相手に、真っ向勝負は分が悪い)
それでも、絶望的な差は感じなかった。
(――暗闇の中で、目も使えず、魔力と感覚だけで進み続けた三日間――あれに比べれば)
視界を封じられた洞窟の中、魔力を五感の隅々にまで巡らせ、気配だけを頼りに道を見極めてきた経験。往復およそ百キロを、飛びながらたった三日で踏破した、あの積み重ね。それが今、この一瞬の攻防を支えてくれている。
想定録の棚を、猛烈な速さで巡らせる。相手の重心、呼吸、視線の動き――ゼインが次に取るであろう行動を、観察と分析だけで、先読みしていく。
(――なら、こっちも、同じ土俵に立ってやる)
再び、ゼインの拳が、迫ってきた。ジェクスは、その一瞬前――拳が振るわれる予兆となる、僅かな重心の変化を捉え、体を反らして躱した。
「――ほう」ゼインの目が、僅かに見開かれる。「見えてる、のか? まさか」
「――見えちゃいない」ジェクスは、剣を構え直しながら、静かに答えた。「読んでるだけだ」
「――同じことだろうが!」
再び、ゼインが仕掛けてくる。だが、その速度――かつてより、ジェクスの反応は、確実に速くなっていた。
(――先を読まれていても、こっちの速度が、その予測を追い越せば)
余った魔力を、迷わず炎に変換し、剣だけでなく踏み込みそのものへと上乗せしていく。その瞬間、ジェクスの姿が、周囲の誰の目にも、完全に消え失せた。
「――は、速すぎて見えねえぞ、あれ!」ダグラスが、目を凝らしながら呻く。
「――何が、起きてるんだ……」ガレスも、動きを追うことすらできず、ただ立ち尽くしていた。
戦場の誰の目にも、既にジェクスの姿を捉えることはできなくなっていた。爆発的な速度で交差する二つの気配――それだけが、辛うじて周囲に伝わる情報の全てだった。
魔力量380,000――試練の洞窟で得た、圧倒的な力。それが、ゼインの読みそのものを、僅かながら置き去りにし始めていた。
「――なんで……追いついてきてる!?」
苛立ちを露わにしながら、ゼインが、更に速度を上げる。
「――お前だけじゃない」ジェクスは、炎を纏った剣を、静かに構え直した。「俺も、あの日から、ずっと積み重ねてきたんだ」
夜空の下、二人の転移者の戦いが、本格的に始まろうとしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
未来を読むゼインに対し、ジェクスが選んだのは「見えたふり」ではなく「同じ土俵に立つ」こと。洞窟での三日間が、この一瞬の攻防にしっかり活きる展開になったかと思います。「俺も、あの日から、ずっと積み重ねてきたんだ」——二人の転移者の戦いは、まだ始まったばかりです。
次話もお楽しみに。




