第94話 襲来
洞窟組と分かれた本隊、その道のりをお届けします。
洞窟組と分かれてから、本隊は、船に乗って根城への道を進んでいた。だが、二日目に差し掛かる頃、魔王領に近づくにつれて、天候と気圧、そして重力までもが、目に見えて不安定になり始めた。
「――ここから先は、船じゃ危険だ」船長が、険しい表情で報告した。「事前の調査通りではありますが、ここからは徒歩に切り替えます」
「――想定内だ」オルグレンが、静かに頷いた。「船を安全な場所に係留し、ここからは、グレンとレイナの案内で進む」
こうして、本隊は、船を降り、グレンとレイナの案内のもと、根城への道を、着実に進んでいた。洞窟組が旅立ってから、既に二日が過ぎようとしていた。
「――この調子なら、予定より早く着けそうだな」ガレスが、地図を確認しながら呟いた。
「――油断は禁物です」グレンが、周囲を警戒しながら答える。「この先は、魔族の活動が活発な地域だと聞いています」
「――どれくらいの規模で出るんだ」
「――正直、読めません」レイナが、静かに首を振った。「バスティアの記録でも、この辺りは情報が乏しいので」
その言葉に、隊列の空気が、僅かに引き締まった。
野営の準備を進めながら、オルグレンが、一同を見渡した。
「――今夜は、警戒を厳重に。交代で見張りを立てる」
「――了解です」
火を囲みながら、隊員たちは、それぞれの得物の手入れを始めていた。ロルフが盾の表面を磨き、ネリアが杖に魔力を通し、アイラが剣の刃をなぞる。
「――洞窟組は、どうしてるでしょうね」フィンが、ふと空を見上げながら呟いた。
「――心配するだけ無駄だ」ダグラスが、軽い口調で答える。「あいつらのことだ、案外あっさり片付けてるかもしれねえぞ」
その軽口に、周囲から、小さな笑いが漏れた。緊張の中にも、束の間の和やかさが、そこにはあった。
夜が更ける中、ケインは、一人、集めた情報を整理していた。
「――何か、気になることでも」オルグレンが、声をかける。
「――この地域、想定以上に、魔族の反応が集中してるんです」ケインが、資料を見せながら答えた。「まるで、何かを待ち構えてるみたいに」
その言葉に、オルグレンの表情が、僅かに険しくなった。
「――考えすぎだといいがな」
「――そうであることを、願うばかりです」
その夜は、幸い、何も起こらなかった。翌朝、隊列は、再び根城への道を進み始めた。
昼を過ぎた頃、先頭を歩いていたグレンが、不意に足を止めた。
「――止まれ」
その一言に、全員が、即座に警戒態勢を取った。
「――何だ」ガレスが、低く尋ねる。
「――前方に、大人数の気配。……魔族です。かなりの数がいます」
その報告に、隊列の空気が、一気に張り詰めた。
「――どれくらいだ」オルグレンが、鋭く尋ねる。
「――正確な数までは、まだ」レイナが、目を細めながら答えた。「ですが……尋常な規模じゃありません」
木々の合間から、無数の気配が、少しずつ、姿を現し始めていた。黒く濁った輪郭、獣のような唸り声――これまで戦ってきたどの群れよりも、明らかに統率された動きだった。
その群れの奥、一際目立つ影が、ゆっくりと歩み出てきた。整った顔立ち、モデルのような体躯――だが、その目には、これまでの人間らしさを感じさせない、異様な光が宿っていた。
「――ジェクスは、どこだ」
その声が、静かな、しかし確かな殺意を纏って、戦場に響き渡った。
「――誰だ、お前」ガレスが、剣を構えながら誰何する。
「――ジェクスは、どこだと聞いてる」
ゼインの声が、僅かに震えていた。答えを返さない一同に、その表情が、みるみる歪んでいく。
「――……いない、のか。ここに」
その呟きを最後に、ゼインの纏う空気が、一変した。
「――ふざけるな!!」
叫びとともに、ゼインの姿が、かき消えた。
「――ぐああっ!」
次の瞬間、隊列の端にいた一人の兵士が、声を上げる間もなく、黒い雷に貫かれ、地に倒れ伏した。
「――なっ!?」
あまりの速さに、誰も反応できなかった。ゼインは、倒れた兵士を一瞥もせず、燃えるような目で、一同を見渡した。
「――ジェクスを呼べ」
その一言を合図に、無数の魔族が、一斉に、討伐隊の本隊へと襲いかかった。怒りに我を忘れたゼインもまた、その渦の中心へと、躊躇なく踏み込んでいく。
戦場は、瞬く間に、統率も何もない、剥き出しの乱戦へと変わっていった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
船から徒歩への切り替え、束の間の和やかさと不穏な予感——そして、ついに姿を現したゼイン。「ジェクスを呼べ」という一言の後、いきなりの凶行から乱戦へと転じる展開になりました。統率を失った戦場で、本隊はこの窮地をどう乗り越えるのか——次話もお楽しみに。




