第89話 可能性
ギルとの作戦会議、そこでジェクスがある提案を切り出します。
翌朝、討伐隊の主要メンバーは、バスティア防衛軍の施設内、無骨な作戦室へと通されていた。剥き出しのコンクリートに似た壁、埃っぽい金属の匂い、そして中央に置かれた大きな作戦机――装飾の一切ない、実用一辺倒の部屋だった。壁一面に貼られた地図には、魔王の根城までのルートが、幾つも書き込まれている。
「――ここから先は、俺たちバスティアが長年偵察してきた道になる」ギルが、地図の一点を指し示した。「危険地帯は多いが、最短で根城まで辿り着けるルートだ」
「――どれくらいの日数が」オルグレンが尋ねる。
「――順調にいけば、十日ってところだな」
その数字に、部屋の空気が、静かに張り詰めた。
「――他に、質問がある奴は」
その問いかけに、ジェクスが、一歩前に出た。
「――一つ、わがままを言うようですが」
「――ジェクス?」ガレスが、怪訝そうに振り返る。
「――試練の洞窟に、行かせてもらえませんか」
その一言に、部屋中の視線が、一斉にジェクスへと集まった。
「――正気か」ギルが、片眉を上げる。「あそこは、生半可な覚悟で挑める場所じゃねえぞ」
「――分かっています。それでも」
ジェクスは、想定録の棚を辿りながら、静かに続けた。
「――五人の影に、五十人がかりでも手こずりました。……このままの戦力で、魔王や四天王に挑んでも、勝算は薄いと思います」
その言葉に、誰も、反論できなかった。あの夜の激戦を、全員が、まだ体で覚えていた。
「――だが、全員で行くわけにはいかない」オルグレンが、低く言った。「洞窟に人数を割けば、その分、根城への戦力が減る」
「――分かっています」ジェクスは、頷いた。「だから、少人数で構いません。……俺だけでも」
「――一人でか」カイドが、思わず声を上げる。「正気かよ、それ」
「――ギフトで飛べます。……使えるかどうかは、洞窟に入ってみないと分かりませんが、もし使えれば、多少は時間を縮められるかもしれません」
その言葉に、ギルが、しばらく黙り込んだ。
「――……お前、本当に、正気で言ってんだな」
「――正気じゃなきゃ、言えない提案だとは、分かっています」
ジェクスの目に、迷いはなかった。三十三年分の想定と、この世界で積み重ねてきたもの――その全てが、今、この決断へと繋がっていた。
「――俺からも、頼む」ガレスが、静かに口を開いた。「こいつの言う通り、今の戦力じゃ、正直、心許ない。……多少の博打でも、打つ価値はある」
オルグレンは、しばらく地図を見つめたまま、沈黙していた。
「――……いいだろう」
その一言に、部屋の空気が、大きく揺れた。
「――ただし、一人では行かせん。護衛を、最低限つける」
「――俺も、行く」カイドが、即座に言った。「お前一人で無茶させるわけには、いかねえ」
「――私も」アリシャが、静かに手を挙げる。
「――俺も交ぜてくれ」アクセルが、腕を組みながら言った。「元々、ギフトで身体強化には慣れてる。魔力による強化を上乗せするだけなら、誰よりも早く馴染めるはずだ」
その申し出に、ジェクスは、一瞬、言葉に詰まった。
「――……分かった。四人で――」
「――五人だろ」
低く割り込んできたのは、ギルだった。
「――俺も、行く」
「――ギル、お前は、この国のトップだろう」オルグレンが、驚いたように振り返る。
「――だから何だ」ギルは、不敵に笑った。「軍人として鍛え上げた体と心、それにサバイバルの心得なら、誰にも負けねえ自信がある。……それに、この国は、俺がいなくても回るように作ってきた」
ギルは、部屋の隅に控えていた二人の部下へと視線を向けた。
「――お前ら二人は、本隊に同行しろ。俺の代わりに、バスティアの名に恥じない働きをしてこい」
「――承知しました」二人が、揃って一礼する。
一人は、屈強な体躯の男だった。両手でようやく持てるほどの大きな戦斧――先端が氷の刃で覆われた、異様な武器を背負っている。
「――グレンです。氷属性を扱います。……何かあれば、遠慮なく言ってください」
その口調には、生真面目さと、確かな仲間思いの気配が滲んでいた。
もう一人は、女性だった。決して大柄ではないが、無駄なく鍛え上げられた体つきに、只者ではない気配が漂っている。
「――レイナです。土と金属属性を。……よろしくお願いします」
静かで落ち着いた声だった。腰には、細身の剣が一振り、提げられているだけだった。
「――こいつら二人が、道案内も兼ねて本隊につく」ギルが、二人の肩を叩きながら言った。「グレンは、氷でどんなものでも作り出せる器用者だ。壁でも槍でも、必要な時にゃ何でも用意する」
「――光栄です」グレンが、僅かに頬を緩めた。
「――レイナは、錬金術の心得がある。自前の魔法で、ちょっとした兵器まで作り出せるぞ」
「――過大評価です」レイナが、静かに首を振る。「魔力を供給し続けなければ、形すら保てない代物ですから。……見た目ほど、便利なものじゃありません」
そう言いつつも、その目の奥には、確かな自信が見て取れた。
その様子に、ジェクスたちは、新たな仲間の頼もしさを、静かに感じ取っていた。
「――俺の目の届かねえ場所でも、こいつらなら十分やれる。……それに、根城への道案内は、この二人が知り尽くしてる」
その一言で、洞窟へ向かう五人と、本隊に加わるバスティアの二人が、正式に決まった。
「――洞窟までの道も、決して安全じゃねえ。……よし、そっちにも、道案内をつけてやる」
こうして、討伐隊の中に、新たな分岐点が生まれた。根城を目指す本隊と、試練の洞窟へ向かう小隊――それぞれの道が、まもなく分かれようとしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「五十人がかりでも五人の影に手こずった」という現実を踏まえた、ジェクスの率直な提案——それに応えるように集まった、ジェクス・カイド・アリシャ・アクセル・ギルの五人。グレンとレイナという新たな仲間も加わり、討伐隊の物語は、いよいよ二手に分かれて進んでいきます。
次話もお楽しみに。




