第87話 強さの秘密 後編
前話に続き、討伐隊とゼイン、それぞれの動きをお届けします。
魔法船の修理は、丸一日をかけて、ようやく完了した。
「――これで、また飛べます」技師が、疲れた様子で報告する。
「――よくやってくれた」オルグレンが、労うように頷いた。「すぐに出発する。予定より遅れた分、取り戻さねばならん」
再び空へと舞い上がった魔法船は、バスティアを目指し、静かに進んでいった。船内には、モルドを尋問室に監禁したまま、警戒態勢が敷かれている。
出発から数刻が過ぎた頃、監禁されていた一室から、突如、くぐもった呻き声が響いた。
「――ぐ、あ……!?」
警備の騎士が、慌てて駆けつける。
「――どうした!」
モルドは、拘束されたまま、体を大きく痙攣させていた。口の端から、血の泡が溢れ出している。
「――シグルド! 早く!」
騒ぎを聞きつけたシグルドが、すぐさま駆けつけ、光を放った。だが、その光は、モルドの体を包んでも、何の効果も見せなかった。
「――くそ、間に合わねえ……! 内側から、何かに食い破られてるみたいだ!」
激しい痙攣の中、モルドは、血まみれの口元を、無理やり吊り上げた。
「――くく……っ、はは……」
「――モルド、何が――」ガレスが、駆けつけながら叫ぶ。
「――お前ら……魔王様に、会う前に……死ぬぞ……」
その言葉を最後に、モルドの体から、力が抜けた。
「――くそ、死んだ……!」シグルドが、悔しそうに拳を握りしめる。
「――これは……」ガレスが、モルドの体を検分しながら、険しい表情を浮かべた。「体内に、何か仕込まれてたのか」
「――口を割ったら消される。……レトゥスの仕込みだろうな」オルグレンが、低く呟いた。
その場にいた誰もが、同じ結論に頷きかけた。だが、ジェクスだけは、その先の違和感を、静かに拾い上げていた。
(――待てよ。本当に、口を封じるためだけの仕込みなら、話す前に発動させるはずだ)
情報が漏れることを防ぎたいなら、尋問が始まる前に殺しておけばいい。それなのに、モルドは丸一日かけて、洞窟の詳細まで洗いざらい話した後に、命を落とした。
(――まるで、話し終えるのを、待っていたみたいだ)
「――どうした」カイドが、怪訝そうに尋ねる。
「――いや……妙だと思って。口封じなら、話し終える前に発動させた方が確実だ。それなのに、わざわざ全部話させてから殺してる。……順番が、逆な気がする」
「――どういうことだ」ガレスが、眉を寄せる。
「――もしかしたら」ジェクスは、慎重に言葉を選びながら続けた。「あの洞窟の存在、こっちに"知らせる"ことも、狙いの一つだったのかもしれません」
その言葉に、部屋の空気が、また一段と重くなった。挑発なのか、罠なのか、あるいは何か別の意図があるのか――誰も、その真意を、まだ掴みきれずにいた。
その言葉に、部屋の空気が、重く沈んだ。モルドが最後に残した予言めいた言葉――その意味を、誰もが、静かに噛み締めていた。
***
数日後、魔法船は、バスティアの上空へと到達した。
眼下に広がるのは、これまで見てきたどの国とも違う、剥き出しの軍事拠点だった。整然と並ぶ兵舎、絶えず訓練の声が響く演習場。国全体が、一つの要塞であるかのような光景だった。
着陸した船着き場には、既に一人の男が待ち構えていた。
黒を基調とした軍服に、黒と赤の腕章。黒いブーツを踏み鳴らしながら歩み寄るその姿には、隻眼を覆う眼帯が、異様な存在感を放っていた。
「――待ってたぜ、五大国の坊やたち」
低く、それでいて力強い声だった。
「――バスティア軍最高司令官、ギルだ。ここから先は、俺が案内してやる」
ギルは、そう言いながら、腰に提げた小さな魔石――手榴弾のような形状のそれに、指先で軽く触れた。
「――くだらねえ真似すりゃ、これが挨拶代わりになる。……まあ、お前らには必要ねえと思うがな」
不敵な笑みを浮かべるギルの姿に、討伐隊の面々は、新たな緊張を纏いながら、その先に待つものを見据えていた。
***
一方、その頃。
魔王の領地、その奥深く――重力すら定まらぬ荒野の中央に、一つの洞窟が、口を開けていた。
「試練の洞窟」
その名を知る者は、魔王の眷族と、闇ギルドの一部の者しかいない。装備も魔法も許されない、己の魔力のみで踏破を試みる、死と隣り合わせの試練場だった。
ゼインがこの地に足を踏み入れたのは、遠く離れた合宿地で、ジェクスが目覚ましい成長を遂げていた、ちょうどその頃だった。あの日感じ取った気配の変化――あれ以上に、自分もまた強くならなければならない。そんな焦燥に突き動かされるようにして、ゼインは、誰にも告げずに、この洞窟へと足を運んでいた。
十五日目の夜。
洞窟の入口付近の空気が、微かに揺らいだ。
「――っ、は……」
ぼろぼろになった布切れを身に纏った男が、片手に、水を湛えた聖杯を握りしめたまま、よろめきながら外へと姿を現した。
ゼインだった。
全身に刻まれた無数の傷、痩せこけた頬、血の気の失せた肌。だが、その両目だけは、暗闇の中でも異様なほどの輝きを放っていた。
「――終わった、のか」
自分自身に問いかけるように、そう呟く。膝が、崩れ落ちそうになるのを、辛うじて堪えた。
洞窟の内部で過ごした十五日間――目の見えない闇、絶えず変わり続ける重力、正体不明の何かの気配。装備も魔法も封じられた状態で、ただ自分の魔力だけを頼りに、最深部の泉を目指す日々だった。
(――何度も、死にかけた)
想像を絶する重力の変化に、体が押し潰されかけたことが、幾度もあった。魔力探知だけを頼りに進んだ先で、道を見失い、同じ場所を彷徨い続けたこともあった。
それでも、諦めなかった。
(――ジェクス。お前を追い詰めるためなら、これくらい)
聖杯の中身が、こぼれないよう、慎重に握りしめる。月の光を浴びせれば、この水は、力に変わる。
夜空を見上げると、雲間から、月が、静かに顔を覗かせていた。
「――ちょうど、いいタイミングだ」
ゼインは、震える手で聖杯を掲げ、月明かりの下、その中身を、一息に飲み干した。
体の内側で、何かが、爆発的に膨れ上がる感覚があった。
「――ぐ、あああっ!」
魔力が、全身を駆け巡っていく。これまで感じたことのない奔流に、ゼインは、思わず膝をついた。
しばらくの後、その痙攣にも似た反応が、静かに収まっていく。ゼインは、ゆっくりと立ち上がった。
(――これが)
体の内側に満ちる、圧倒的な力の気配。想定録の棚を持たない彼にも、その変化ははっきりと分かった。
「――十五万、ってところか」
静かに呟くと、ゼインは、口の端を吊り上げた。
「――待ってろよ、ジェクス」
洞窟を振り返ることなく、ゼインは、闇ギルドの本拠地へ向けて、静かに歩き出した。その足取りには、十五日間の消耗を感じさせない、確かな力強さが宿っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
モルドの壮絶な最期、そしてその裏に隠された狙いへのジェクスの推測——「話す前に発動させた方が確実なのに」という違和感、そこから見えてくるレトゥスの意図は、まだ完全には掴めていません。バスティアのギルとの出会い、そしてゼインの洞窟踏破——両陣営とも、着実に次の段階へと進んでいます。
次話もお楽しみに。




