第84話 崩れる音
前話の激戦、その続きをお届けします。
カイドは、静かに鞘へ手をかけたまま、乱戦の中で機を窺っていた。
「――お前ら、随分と粘るじゃねえか」モルドが、拳を打ち鳴らしながら笑う。「もっと絶望した顔、見せてくれよ」
「――口ばっかりだな、お前」ガレスが、肩を押さえながらも、剣を構え直した。「威張れるのも今のうちだ」
「――強がりも、いい趣味してる」モルドが、獣のような笑みを浮かべる。「俺の魔力、5万は超えてるんだぜ。……この差、分かってて言ってんのか」
その数字に、周囲の何人かが息を呑んだ。
「――私も、似たようなものよ」リーザが、毒瓶を弄びながら、感情のない声で続けた。「5万と少し」
「――俺は、控えめに4万5千ってとこか」バゼルが、剣を弾き返しながら笑う。
「――3万」クロウが、平坦な声で短く答える。
「――私は5万9千。一番、格が高いのよ」ダリアが、優雅に笑いながら言い放った。
その羅列に、討伐隊の面々の間に、重い沈黙が落ちた。一人平均五万――それが、五人がかりとなれば、単純計算でも二十万を超える。数の有利など、最初から幻想に過ぎなかった。
「――数字を教えてやったんだ。感謝しな」モルドが、拳を打ち鳴らした。「――見せてやるよ、俺たちの本当の恐ろしさをな」
その一言を合図に、五人の位置取りが、一瞬で変わった。モルドが正面から拳を叩き込み、その勢いに乗せてクロウが死角から現れる。リーザの毒霧がその周囲を包み込み、バゼルの剣がその霧の中から突き出される。仕上げに、ダリアの舞うような剣閃が、全ての攻撃の隙間を縫うように振り下ろされた。
「――なっ、これは!?」
一人で対応できる攻撃ではなかった。五つの技が、まるで一つの生き物のように連動し、討伐隊の数名が、なす術もなく吹き飛ばされる。
「――くそ、これが"五人"の本領か!」ガレスが、歯を食いしばりながら叫んだ。
「――伊達に、五人一組でやってきてねえんだよ」モルドが、愉快そうに笑う。
その圧倒的な連携に、討伐隊の陣形が、一気に崩れかけた。
「――だが、それでも」
ジェクスは、デュオ・プロヴィーサを構え直しながら、周囲を見渡した。リーザの毒霧が、戦場全体に薄く広がり始めている。視界が霞み、討伐隊の何人もが、咳き込みながら動きを鈍らせていた。
(――先に潰すべきは、リーザだ)
単純な強さの順番ではない。この霧が晴れない限り、他の連携を捌くことすら、まともにできなくなる。想定録の棚を、猛烈な速さで辿っていく。リーザが放つ毒霧――その軌道、密度、そして何より、彼女自身の動きの癖。何度も攻防を繰り返す中で、その全てが、頭の中に蓄積されていた。
(――リーザの毒は、正面からの防御を計算に入れてる。だが、死角は――)
「――そこだ!」
ジェクスは、あえて毒霧の正面へ飛び込むように見せかけ、直前で身を翻した。リーザの意識が、一瞬、その動きに引きずられる。
「――なっ!?」
その隙、リーザの死角――右手側の視界の外側から、ジェクスは左手の剣を振り抜いた。剣先に込めた毒の波長――トルム・ウェネヌム。蠍の毒針に由来する、貫くための一撃。
「――貫毒!」
魔力で構築し練り上げた毒針が音速で放たれ、リーザの脇腹を深々と貫いた。
「――は……?」
リーザの表情に、初めて明確な動揺が浮かんだ。自らが得意とする毒が、まさか自分自身に効くとは、想定していなかったのだろう。
「――お前の毒、参考にさせてもらった」
ジェクスの言葉に、リーザは、口の端から、じわりと泡を吹き始めた。
「――ごぼ……そんな、甘美な……」
膝から崩れ落ちながらも、リーザは、信じられないという表情のまま、地に伏した。
「――リーザ!?」
モルドの叫びが、夜の森に響いた。だが、その直後、異変が起きた。
視界を覆っていた毒霧が、リーザの意識が途絶えたことで、急速に薄れていく。空気が、みるみる澄み渡っていった。
「――が、ぐっ……!?」
バゼルが、突然、体勢を崩した。続いて、クロウの動きが、明らかに鈍る。ダリアの優雅な剣舞にも、乱れが生じ始めていた。
「――何だ、これは」ガレスが、目を見張る。
「――くそ、リーザが倒れただけで、こうなんのか」モルドが、苦々しく吐き捨てた。「俺たちの連携は、五人揃って初めて機能するもんだ。……一人欠けりゃ、噛み合わせ自体が総崩れになる!」
その言葉通り、リーザの脱落を境に、五人で編み上げていた連携そのものが、音を立てて崩れ始めていた。毒霧が晴れたことで、討伐隊側の視界と動きも、目に見えて回復していく。
「――今だ、畳みかけろ!」ガレスの号令が、森に響き渡る。
均衡が、初めて、討伐隊側へと傾き始めていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
五人それぞれの魔力量、そして息の合った連携攻撃——絶望的な強さを見せつけられる中、ジェクスが冷静に急所を見極めていく展開になりました。「お前の毒、参考にさせてもらった」という一言、皮肉が効いていれば嬉しいです。
均衡が崩れ始めたところで、この戦いはどう決着するのか。次話もお楽しみに。




