第82話 空の下では
船旅二日目、順調だったはずの航行に異変が起きます。
船旅二日目の昼下がり、順調だったはずの航行に、異変が起きた。
「――何だ、この揺れは」
甲板にいたカイドが、思わずよろめいた。魔法船が、明らかに不自然な振動を始めている。
「――浮遊部に、異常発生!」操舵室から、切迫した声が響いた。
「――どういうことだ」ガレスが、駆け寄りながら尋ねる。
「分かりません、原因不明です! このままだと、高度が維持できません!」
船体が、みしみしと不吉な音を立て始めた。乗員たちの間に、動揺が広がっていく。
「――落ち着け! 慌てるな!」オルグレンの声が、甲板全体に響き渡った。「近くに着地できる場所を探せ!」
船長らしき人物が、必死の形相で舵を握っていた。眼下に広がる、深い森。他に選択肢はなかった。
「――着地する! 全員、衝撃に備えろ!」
その号令とともに、魔法船は、大きく揺れながら高度を落としていった。木々の上を掠めるようにして、船体が、森の中の開けた土地へと、ゆっくりと降りていく。
轟音とともに、船体が地面に着地した。
「――全員、無事か!」
怪我人がいないことを確認すると、船内には、安堵と困惑が入り混じった空気が漂った。
「――何が、原因なんですか」ジェクスが、操舵室に駆けつけながら尋ねる。
技師らしき人物が、浮遊部の一部を検分しながら、険しい表情を浮かべた。
「――これは……何者かが、意図的に細工した跡があります」
その言葉に、その場の空気が、一気に張り詰めた。
「――何だと」ガレスが、低く唸る。
「魔法陣の要となる部分に、微細な破損が仕込まれていました。……時間差で発動するよう、細工されていたようです」
「――つまり、初めから狙われてたってことか」カイドが、拳を握りしめる。
ジェクスの中で、想定録が、鋭く警鐘を鳴らしていた。
(――何者かの、妨害工作)
誰の仕業かまでは、まだ分からない。だが、討伐隊が動き出すこのタイミングで、これほど巧妙な細工が仕込まれていたことを考えれば、単なる偶然とは思えなかった。
「――修理には、どれくらいかかる」オルグレンが尋ねる。
「――丸一日は。……できれば、それ以上余裕が欲しいところです」
その報告に、オルグレンは、しばらく考え込んだ後、静かに指示を出した。
「――今夜は、ここで野営する。周囲の警戒を厳重にしろ。誰か仕掛けてきているとすれば、今夜が一番の好機だ」
その言葉に、五十名の表情が、一斉に引き締まった。
森の中、不時着した魔法船を囲むようにして、野営の準備が進められていく。夕暮れの光が、深い森の木々の間から、赤く差し込んでいた。
「――嫌な予感がする」カイドが、周囲を見渡しながら呟く。
「――俺もだ」
ジェクスは、剣の柄に手をかけたまま、静かに森の闇を見つめていた。何かが、確実に、この森のどこかに潜んでいる。その気配だけは、はっきりと感じ取れていた。
夜が、静かに、しかし確実に、その領域を広げ始めていた。
その時だった。
篝火に照らされた野営地の周囲、木々の合間から、五つの人影が、ゆっくりと姿を現した。
「――誰だ!」見張りの一人が、鋭く誰何する。
先頭に立った巨躯の男が、拳を鳴らしながら、にやりと笑った。
「――夜分遅くにどうも。俺はモルド。趣味は素手での運動、特技は骨を鳴らすことだ」
続いて、毒瓶を弄びながら、女が名乗る。
「――リーザよ。よろしく。……ああ、乾杯用の飲み物は、もう手元にあるから大丈夫」
「――バゼルだ! コレクション自慢したいんだが、今夜は自己紹介だけにしとくか」腰の袋を叩きながら、男が快活に笑う。
無表情な男が、視線をどこか別の方向へ向けたまま、平坦な声で続いた。
「――クロウ。特技は、気配を消すこと。……今更だが」
最後に、芝居がかった仕草で、女が両手を広げた。
「――ダリアよ! 今宵の舞台、盛大な拍手でお迎えいただき、感謝するわ!」
そう言い終えると、ダリアは、誰に見せるでもなく、自分自身に拍手を送った。
呆気に取られる野営地の空気の中、五人を代表するように、モルドが一歩前に出た。
「――俺たち、クインクェ・ウンブラエ(五人の影)。……今夜は、お前ら全員、皆殺しにしにきた」
その一言を合図に、五つの気配が、一斉に殺気を纏った。
「――迎え撃て!」
ガレスの号令が響くと同時に、静かだった野営地に、激しい戦闘の火蓋が切って落とされた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
浮遊部の異常発生から森への緊急着地、そして意図的な妨害工作の発覚——不穏な空気が漂う中、ついに姿を現したクインクェ・ウンブラエ。「今夜は、お前ら全員、皆殺しにしにきた」という宣言とともに、戦闘の火蓋が切って落とされました。
次話、いよいよ50対5の激しい夜襲戦をお届けします。次話もお楽しみに。




