第80話 出航
いよいよ出立の朝。総勢五十名の討伐隊が、王都の空へ旅立ちます。
出立の朝、王都の空は、雲一つない快晴だった。
船着き場には、既に多くの人が集まっていた。五十名の討伐隊、それを見送る人々、そして装飾を纏った巨大な魔法船――全てが、朝日を受けて輝いている。
「――寝れたか」カイドが、荷物を担ぎながら声をかけてきた。
「――ああ、思ったよりぐっすりだ」
「――らしいな。顔つき、随分すっきりしてる」
その言葉に、ジェクスは小さく笑った。昨夜のサウナと水風呂のおかげか、頭の芯まで、驚くほど澄み渡っていた。
「――ジェクス」
呼びかけられて振り返ると、アリシャが立っていた。心なしか、目を合わせるのが気まずそうな様子だった。
「――おはよう」
「――おはよう。……よく眠れた?」
「――ああ、おかげさまで」
「――そう、良かった」
アリシャは、それだけ言うと、少し早足で先へと進んでいった。その耳が、わずかに赤くなっていることに、ジェクスは気づいていた。
(――やっぱり、気づいたか)
内心でそう呟きながらも、ジェクスは、それ以上追及するつもりはなかった。今は、それどころではない。
人混みの向こうに、見送りに来た顔ぶれが見えた。
「――無事に帰ってこいよ」ガルドナーが、腕を組んだまま、ぶっきらぼうに言った。
「――もちろんです」
「――お前も、な」ガルドナーは、視線をカイドへと移した。「養子だからって、無理に格好つける必要はねえぞ」
「――分かってるよ、オヤジ」
その傍らで、フィーレとライアスも、心配そうな顔で二人を見つめていた。
「――今度こそ、無事に戻ってきなさいよ」フィーレが、腕を組みながら言う。
「――何かあったら、すぐに連絡を」ライアスが、資料の束を抱えたまま、真剣な表情で言った。「魔石の解析、まだ道半ばですから。……皆さんの帰りを待ってます」
その一言一言が、これまで積み重ねてきた縁の重さを、改めて感じさせた。
船着き場の中央、オルグレンとガレスが、集まった五十名を見渡していた。
「――出立に際して、一言だけ言っておく」オルグレンの声が、静かに響いた。「今回の遠征は、これまでのどの戦いよりも過酷なものになる。だが、お前らは、それぞれの積み重ねを経て、ここに立っている。自分自身と、隣にいる仲間を信じろ」
その言葉に、五十名の表情が、一斉に引き締まった。
「――全員、乗船!」
タラップの前に、ガレスが立ち、乗り込む一人ひとりの名を確認していく。まずは、開催国であるアルディアの代表格から。
「――ガレス」
「――俺からいくか」
「――ジェクス」
「――はい」
「――カイド」
「――ここに」
「――アリシャ」
「――行くわ」
「――アクセル」
「――当然だろ」
「――リヒト」
「――呼ばれちまったか、雷神様も隅に置けねえな」
「――バルド」
「――……不動の名に懸けて」
「――ノクス」
「――……」
無言のまま、静かに一礼するノクスの姿に、周囲が小さく苦笑した。かつて王都で共に闇ギルドと渡り合った三人も、あの頃からさらに腕を上げ、今ではS級として名を連ねている。
その後に続いて、アルディアから選ばれた他の精鋭たちも、次々とタラップを上っていった。
アルディアの面々が乗り込むと、続いてグランヴェル帝国の名が呼ばれた。
「――ロルフ」
「――帝国代表、参ります」
「――ダグラス」
「――どうも」
その後に続いて、グランヴェル帝国の他のメンバーも乗り込んでいく。
続いて、アストリア魔導国。
「――ネリア」
「――よろしく」
「――フィン」
「――お願いします!」
その後に続いて、アストリア魔導国の他のメンバーも乗り込んでいく。
最後に、ノルド神聖王国。
「――シグルド」
「――……はいはい」
「――アイラ」
「――参ります」
「――レイラ」
「――は、はい! よろしくお願いします!」
まだ若く、緊張を隠しきれない様子のレイラの声に、シグルドが気だるげに片手を上げて応じた。
「――お前が一番元気だな……見てるこっちが疲れる」
その後に続いて、ノルド神聖王国の他のメンバーも乗り込んでいく。
「――ケイン」
「――同行します」
各国、名を呼ばれた代表格の後に続き、まだ名を知らぬ精鋭たちが、次々とタラップを上っていった。重装の戦士、杖を携えた魔導士、弓を背負った斥候――それぞれが一礼し、船内へと吸い込まれていく。
名前が呼ばれるたび、一人また一人と、タラップを上っていく。その総数が、確かに五十に達したところで、ガレスは名簿を懐にしまった。
号令とともに、選抜メンバーたちが、次々と魔法船へと乗り込んでいく。ジェクスも、その流れに続いた。
甲板に立つと、王都の全景が見渡せた。これまで積み重ねてきた日々――ギルドでの出会い、稽古の日々、闇ギルドとの戦い、合宿での成長。その全てが、今、この一歩に繋がっていた。
「――感慨に浸ってる場合か」カイドが、隣に並びながら言う。
「――少しくらい、いいだろ」
「――言うようになったな」
二人は、小さく笑い合った。
甲板の反対側では、アクセル、ロルフ、ネリア、シグルド、その他各国の代表たちが、それぞれの表情で出立の時を待っていた。
「――こんな大所帯で移動すんの、初めてだな」アクセルが、船体を見上げながら呟く。
「――俺の国じゃ、これくらいの規模、珍しくもねえがな」ロルフが、大盾を担ぎ直しながら笑う。
「――自慢げに言うことじゃないでしょ」ネリアが、呆れたように口を挟んだ。
その軽いやり取りに、シグルドが、被った兜の下から気だるげに言葉を添えた。
「――騒がしいのは道中だけにしとけよ。着いてから息切れしてたら、洒落にならねえ」
各国から集まった面々が、初めて一つの船に乗り合わせるとあって、船内には、緊張と期待が入り混じった、独特の空気が漂っていた。
「――全員、揃ったな」ガレスが、船長らしき人物に頷いて見せる。
魔法船の浮遊部が、低い唸りを上げ始めた。船体全体が、ゆっくりと浮き上がっていく。
「――出発する!」
その号令とともに、魔法船は、王都の空へと舞い上がった。見送りの人々の歓声が、遠く小さくなっていく。
ジェクスは、甲板の縁に立ち、遠ざかる王都を見つめていた。想定録の棚に、新しい項目が、静かに刻まれていく。
(――さあ、ここからだ)
隣に、いつの間にかアリシャが立っていた。
「――長い旅になりそうね」
「――ああ」
「――でも」アリシャは、遠くを見据えたまま、静かに続けた。「あなたが隣にいるなら、大丈夫な気がする」
その言葉に、ジェクスは小さく頷いた。
「――俺も、同じだ」
朝日を浴びながら、魔法船は、バスティアへ向けて、大陸の空を静かに進んでいった。まだ見ぬ戦いへの、確かな一歩が、今、始まっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
各国から集まった精鋭たちの乗船シーン、賑やかに描けたかと思います。ガルドナーやフィーレ、ライアスとの別れの言葉、そしてアリシャとの少し気まずい朝のやり取りも、出立前の空気として楽しんでいただけたら嬉しいです。
「あなたが隣にいるなら、大丈夫な気がする」——その言葉を胸に、いよいよ長い旅が始まります。次話もお楽しみに。




