第76話 集められた影
視点は再び闇ギルド側へ。「クインクェ・ウンブラエ(五人の影)」が、初めて顔を揃えます。
闇ギルドの本拠地、地下深くに設けられた広間に、五つの気配が集まっていた。
ボキ、ボキ、と骨を鳴らす音が、静寂を破った。
「――呼んだか、ゼイン」
最初に口を開いたのは、巨躯を誇る男――モルドだった。拳を鳴らすのが、彼なりの挨拶らしい。その体は、期待を抑えきれないとでも言うように、小刻みに震え続けていた。
「――ああ。レトゥス様から、戻るまでに集めておけとのお達しがあってな。ちょうど今、戻られたところだ」
ゼインは、壁に寄りかかったまま、五人を見渡した。その視線の先、広間の奥、玉座めいた椅子に、レトゥスが静かに腰掛けていた。腕を組み、五人のやり取りを、興味深そうに眺めている。
「――珍しいこともあるものね」リーザが、感情の読めない声で呟く。毒瓶の蓋を開け、躊躇なく中身を一口呷ると、それをそのままゼインへ差し出した。「――一口、どう?」
「おいおい、俺の新しい戦利品、見てくれよ」バゼルが、嬉々として腰の袋を漁り始める。目を輝かせながら取り出したのは、瓶詰めにされた眼球だった。「この前殺った魔族の目なんだが――綺麗だろ? 死ぬ間際の絶望が、こう、しっかり残っててよ」
「――今はいい」クロウが、初めて声を発した。気配を消すことに長けたその声は、ひどく平坦だった。その目は、話している相手すら見ておらず、常にどこか別の方向を彷徨っていた。「それより、何があった。いきなりの招集なんて、珍しい」
「――つれないわねぇ、みんな」ダリアが、芝居がかった仕草で肩をすくめる。「せっかくの舞台なんだから、もう少し盛り上げてくれてもいいのに」
そう言い終えると、ダリアは自分の言葉に満足したように、パチパチと一人で拍手をした。誰に見せるでもない、自分自身の台詞回しへの、自己完結した喝采だった。
五者五様の反応に、ゼインは小さく笑った。
「――クインクェ・ウンブラエ(五人の影)。相変わらず、まとまりのない連中だ」
「――お前が言うな」モルドが、低く唸った。
「で、何の用だ」クロウが、話を促す。
「――四天王の"両脚"――モレスタスとヴェナトル、二体とも落とされた」ゼインが、静かに告げた。
その一言に、広間の空気が、一瞬にして変わった。
「――あら」ダリアが、目を細める。「あの二人が、揃って? 意外ね」
「――遊び半分で片付けられる相手じゃなかったはずだ」ゼインの声が、僅かに低くなった。「……これは、俺たちの出番が近いってことだ」
その言葉に、五人の表情が、それぞれ変わった。モルドは拳を握り直し、リーザは瓶の中身を静かに見つめ、バゼルは口の端を上げ、クロウは目を細め、ダリアは芝居がかった仕草をやめて、初めて素の表情を見せた。
「――レトゥス様が、直々に指示を出す」ゼインが続けた。
玉座から、レトゥスが、ゆっくりと立ち上がった。
「――Tempus venit(テンプス・ウェニト、時が来た)」
その一言に、広間の空気が、一段と張り詰めた。
「私は、いつでも構わないけど」リーザが、瓶を懐にしまいながら言う。
「――同じく」クロウが、静かに頷く。
「――待ちくたびれたぜ」モルドが、拳を打ち鳴らした。
「――俺も、そろそろ暴れたい気分だったんだよな」バゼルが、腰の袋を叩きながら笑う。
「――やっと、私の出番が来るのね」ダリアが、うっとりとした表情で両手を広げた。「舞台の幕開けに相応しい、盛大な喝采を期待してるわ」
五人の視線が、それぞれの方向を向きながらも、確かに一つの意志へと収束していく。ゼインは、その様子を眺めながら、内心で小さく笑っていた。
(――さて、ジェクス。お前は、この五人にどう応える?)
想定するだけで、ぞくりとした愉悦が、背筋を這い上がってくる。
「――解散だ。いつでも動けるようにしとけ」
ゼインの一言に、五つの影が、それぞれの方向へと散っていった。地下深くの広間に、静寂だけが残された。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
モルド・リーザ・バゼル・クロウ・ダリア——それぞれ個性(というより、それぞれの狂気)の強い五人が、初めて実際に動き出す回になりました。レトゥスの「Tempus venit(時が来た)」という一言も、これから本格化する闇ギルド側の動きを予感させる形になったかと思います。
次話もお楽しみに。




