第75話 招かれざる客
合宿が終わろうとするその朝、招かれざる訪問者が現れます。
合宿が終わり、それぞれが帰路につく準備を進めていた朝、施設の敷地に、一人の男が姿を現した。
「――誰だ、あんた」
警備の騎士が、警戒しながら誰何する。
その男は、飄々とした足取りで敷地に入ってきた。フードを目深に被り、顔立ちはよく見えない。175センチほどの、決して大柄ではない体躯。だが、その背に括り付けられた、身の丈を超えるほどの大剣が、異様な存在感を放っていた。片手だけで軽々と扱えるとは、とても思えない代物だった。
「――そう身構えるな。物見に来ただけだ」
「――Tempus venit(テンプス・ウェニト、時が来た)……か」男は、独り言のように呟いた。
男が、フードを軽く上げた。ちょうど広場に居合わせたジェクス、カイド、アリシャ、そしてガレスたちが、その姿を見て一斉に身構えた。
「――お前……」
ジェクスの中で、想定録が、鋭い警鐘を鳴らした。この気配、この佇まい――間違いない。
「――レトゥス」
その名を呼ぶと、男は愉快そうに口の端を上げた。
「――覚えていたか。話が早くて助かる」
「――何しに来た」ガレスが、剣の柄に手をかけながら低く唸る。
「言っただろ、物見だ。……四天王を二体も片付けたお前らの顔、拝みに来ただけだよ」
その言葉に、その場の空気が、一気に張り詰めた。
「――随分と、無防備な言い草だな」カイドが、剣を抜きながら言う。
「無防備? まさか」レトゥスは、ゆったりと肩をすくめた。「今ここで暴れるつもりなら、最初からもっと派手にやってる。……純粋に、興味本位だ」
「――四天王を、そんな軽く扱うのか」ジェクスが、静かに問う。
「軽く扱ってるわけじゃねえよ。ただ、モレスタスもヴェナトルも、所詮は"足"だった。魔王様の腕とは、格が違う」
その言い方に、以前カテナとイグニスが名乗った「両腕」という言葉が、重なった。
「――そういや」レトゥスが、ふと思い出したように言った。「お前ら、魔力を測る道具、手に入れたんだろ。ちょうどいい、参考までに教えてやるよ」
「――何を」
「俺の魔力量だ。知りたくねえか?」
その場の誰も、すぐには答えられなかった。だが、レトゥスは、答えを待たずに続けた。
「――20万」
たった一言だったが、その数字は、その場にいた全員の背筋を凍らせるのに十分だった。
「――20万、だと」ガレスが、掠れた声で呟く。
「ま、参考程度に思っとけ。……お前らが今、どれだけ積み重ねたところで、まだこの程度の差がある、ってことだ」
レトゥスは、心底愉快そうに笑いながら、踵を返した。片手が、無造作に背の大剣の柄へと伸びる。指先には、闇色の魔力が、糸のように絡みついていた。
「――待て!」
カイドが叫ぶが、レトゥスの姿は、既に闇に紛れるように消えかけていた。
「――また会おうぜ。次は、そんなに気軽な話にはならねえだろうがな」
その声だけを残し、レトゥスは完全に姿を消した。
静寂が戻った広場に、重い沈黙が落ちた。
「――20万、か」ジェクスが、拳を握りしめながら呟く。
「――絶望するには、まだ早い」オルグレンが、静かに言った。「数字は、あくまで現在地を示すだけのものだ。……お前らは、この一月で、確かにそれを縮めてきた」
その言葉に、誰もが小さく頷いた。だが、レトゥスが残していった重みは、簡単には消えそうになかった。
その日の午後、合宿の面々は、それぞれの帰路についた。ノアもまた、王都の安全な場所へと移送されることになった。
「――お世話になりました」
去り際、ノアは、深く頭を下げた。
「――また、機会があれば」ジェクスが、笑顔で応える。
一月にわたる合宿は、こうして幕を閉じた。だが、その終わりは、次なる戦いへの、確かな始まりでもあった。
(――20万。……いつか、追いつく)
ジェクスは、想定録の棚に浮かぶ、遠く高い目標を見据えながら、静かに拳を握りしめた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
レトゥスとの再会、そして「20万」という重い数字——絶望的な差を突きつけられながらも、オルグレンの「絶望するには、まだ早い」という一言が、次への希望として残ったのではないでしょうか。
一月にわたる合宿編、これで一区切りです。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。次話もお楽しみに。




