第7話 まだ足りない
第七話をお届けします。
今回は新たな依頼として、火山地帯に棲む大蛇――ヴォルカニスとの邂逅を描きました。単なる討伐依頼ではなく、その裏にある切実な理由も含めて楽しんでいただけたらと思います。
また、これまで何かと衝突してきたギルドのライバルとの関係にも、少しずつ変化が訪れる回になります。二人がどう向き合っていくのか、見守っていただけると嬉しいです。
なお、今回はここで一旦区切り、続きの本戦は次話にてお届け予定です。
それでは、第七話「火山の主、ヴォルカニス」、どうぞお楽しみください。
依頼書を睨みながら、カイドが唸った。
「火山の大蛇、ヴォルカニス。……討伐等級はA級指定か。厄介だな」
「知ってるのか」
「有名だよ、この辺じゃ。岩盤を掘り進めながら生きてる、体長三十メートル超えのバケモノだ。皮が丈夫すぎて、下手な剣じゃ傷一つつかねえ。B級上位からA級でも苦戦する化け物だってのに、よりによって俺たちに回ってくるとはな」
「討伐理由は?」
「牙目当てじゃない。山を掘り進めすぎて、噴火を早めてる。麓の村を巻き込む前に、山ごと大人しくさせろってことらしい」
カイドはそう言って、依頼書を懐にしまった。
「――お前と組むのは初めてだな。足を引っ張るなよ」
「それはこっちの台詞だ」
軽口を叩きながら、二人は火山地帯へ向かった。道中、カイドはやけに口数が多かった。ガルドナーに拾われた経緯、養子になった理由、死に物狂いで剣を振り続けた日々――誰かに聞かせるためというより、自分自身に言い聞かせるような口調だった。
「――養子になったのは、恩返しのつもりだった。だが、いつの間にか、それだけじゃなくなっててな」
「認められたい、か」
「うるせえ。図星だからって黙ってろ」
悪態をつきながらも、カイドの表情には、隠しきれない照れがあった。
火山の麓に着く頃には、地面の熱がすでに足の裏を伝ってきていた。岩肌の亀裂から、細く赤い光が漏れている。
最初に姿を見せたのは、本体ではなかった。
「――出たぞ! 眷属だ!」
岩の隙間から、小型の火蜥蜴が次々と這い出してくる。ヴォルカニスの縄張りに棲みつく、下位の魔物だった。数は十を超える。
「俺がやる! お前は後ろに!」
カイドが叫びながら前に出た。剣に、わずかな風の魔力を纏わせる。フェイントのように相手の意識を逸らしながら、確実に急所を突いていく剣捌きは、見た目以上に洗練されていた。
(――こいつ、本当に鍛えてる。伊達に養子になったわけじゃないな)
ジェクスが感心する間もなく、カイドは五体、六体と着実に数を減らしていった。だが、数の多さに、僅かに息が上がり始めている。
「――カイド、右!」
叫んだが、一瞬遅かった。死角から飛びかかった一体の爪が、カイドの脇腹を捉えた。
「――っ、くそ!」
鎧の隙間から、血がにじむ。致命傷ではない。だが、動きに明らかな精彩を欠き始めていた。
ジェクスは前に出て、残る火蜥蜴を数体まとめて薙ぎ払い、カイドを下がらせた。
「悪いが、ここからは俺がやる」
「――くそ、情けねえ」
カイドは歯噛みしながらも、それ以上意地を張らなかった。安全な岩陰まで下がり、傷口を押さえる。
ジェクスは振り返り、その先――溶岩の照り返しを受けて赤黒く輝く、全長三十メートルの巨躯を見上げた。
ヴォルカニス。
これまで相手にしてきたどの魔物とも、格が違うことが、その佇まいだけで分かった。
咆哮とともに、大蛇が突進してくる。顎が開き、牙が眼前に迫った。
ジェクスは避けなかった。右腕でその牙を受け止める。
――想定より、重い。
牙から流し込まれる灼熱の感触が、腕を伝う。焚き火の熾火を素手で扱う訓練を積んだ記憶が、痛みへの耐性として蘇る。だが、それでも、これまでのどの敵とも比べものにならない威力だった。
皮膚が浅く裂ける。血が滲む。
(――これは……)
これまで通用してきた「受けて、いなして、隙をつく」という戦い方が、初めて通用しない相手だった。膂力で押し切られ、体勢を崩される。二撃目の尾の一薙ぎを、紙一重で躱すのが精一杯だった。
背筋に、冷たいものが走った。
(――このままじゃ、押し切られる)
岩陰から、カイドが叫ぶ声が聞こえる。
「ジェクス!」
その声に、頭の奥で何かが弾けた。
三十三年間、来るはずのない日のために鍛え続けた体。ギフトによって書き換えられた限界。想定録は、この状況に該当する項目を持たない。だが、それでも――
(――止まるな。まだ、ここが底じゃないはずだ)
ジェクスは、初めて本気で踏み込んだ。牙を握った手に力を込め、数トンの巨体を強引に引きずり倒す。ブレスを正面から受け、悲鳴を上げそうになる肺を意志だけでねじ伏せる。尾の一撃を掻い潜り、鱗の薄い首の付け根――ガルドナーから聞いていた急所に、渾身の一撃を叩き込んだ。
巨体が、地響きを立てて崩れ落ちる。
辺りに静寂が戻った。
ジェクスは拳を軽く振って、感触を確かめるように開いたり閉じたりした。腕に走る火傷の痛みは、まだ引いていない。
「……思ったより、まだ届いてないな」
誰に言うでもなく、そう漏らした。
拍子抜けするほどあっさりと終わったわけではなかった。今度は違う。本気で戦って、それでもぎりぎりだった。ギフトによる身体強化と、三十三年分の積み重ね――それでも、どこかで「これで全力です」と言い切れない感覚が残った。
まだ何か足りない。
その正体が何なのか、ジェクス自身にもまだわからなかった。想定録のどの項目を探しても、この違和感に該当する記録はなかった。
岩陰でカイドが、傷を押さえながら立ち上がった。倒れた大蛇を見て、言葉を失っている。
「……お前、化け物か」
「お互い様だろ。眷属、あれだけ捌いておいて」
「……次は、俺が本体をやる」
悔しさを滲ませながらも、その目には、これまでとは違う色が浮かんでいた。嫉妬でも張り合いでもない、もっと素直な――負けたくない、という光だった。
夕暮れの火山地帯に、二人の荒い息だけが残った。
ジェクスは腕の火傷にそっと触れながら、静かに考えていた。
(――まだ、伸びしろがある。悪くない)
その事実が、不思議と嬉しかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回、討伐理由を単純な「貴族の我儘」ではなく、災害を防ぐためという設定に変更しました。ジェクスやライバルにとっても、ただの依頼以上の意味を持つ戦いになっていけばと思っています。
ライバルが見せた素の一面や、ジェクスがようやく「そろそろ本気を出すか」と踏み出すところまでを今回は描きました。次話では、いよいよヴォルカニスとの本戦をお届けします。33年間隠してきた力の一端が、ここでどう発揮されるのか、ぜひ楽しみにしていてください。
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