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「異世界?それも想定内だ。33年間、あらゆる可能性を生きてきた男」  作者: JX
第一章 勝利は準備を愛する

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第7話 火山の主、ヴォルカニス

A級指定の討伐依頼。二人にとって、初めての大物です。


 依頼書を睨みながら、カイドが唸った。


「火山の大蛇、ヴォルカニス。……討伐等級はA級指定か。厄介だな」


「知ってるのか」


「有名だよ、この辺じゃ。岩盤を掘り進めながら生きてる、体長三十メートル超えのバケモノだ。皮が丈夫すぎて、下手な剣じゃ傷一つつかねえ。B級上位からA級でも苦戦する化け物だってのに、よりによって俺たちに回ってくるとはな」


「討伐理由は?」


「牙目当てじゃない。山を掘り進めすぎて、噴火を早めてる。麓の村を巻き込む前に、山ごと大人しくさせろってことらしい」


 カイドはそう言って、依頼書を懐にしまった。


「――お前と組むのは初めてだな。足を引っ張るなよ」


「それはこっちの台詞だ」


 軽口を叩きながら、二人は火山地帯へ向かった。


***


 道中、カイドはやけに口数が多かった。


 街道は次第に緑を失い、両脇の木々が細く、まばらになっていく。土の色も、黒々とした腐葉土から、赤茶けた乾いた砂利へと変わっていった。


「――養子になったのは、恩返しのつもりだった。だが、いつの間にか、それだけじゃなくなっててな」


 ガルドナーに拾われた経緯。死に物狂いで剣を振り続けた日々。誰かに聞かせるためというより、自分自身に言い聞かせるような口調だった。


「認められたい、か」


「うるせえ。図星だからって黙ってろ」


 悪態をつきながらも、カイドの表情には、隠しきれない照れがあった。


***


 火山の麓に着く頃には、空気そのものが変わっていた。


 風が熱を孕んでいる。呼吸をするたび、喉の奥が乾いた。硫黄の匂いが鼻の奥に張りつき、舌の上にまで苦味が残る。


 草はもう生えていなかった。足元は一面、黒い火山礫。踏むたびに、ざり、ざり、と乾いた音が鳴った。


 その黒の中に、幾筋もの亀裂が走っている。深い裂け目の底から、細く赤い光が漏れていた。近づくと、下から熱気が立ち上ってきて、頬を炙る。


 地面が、じんわりと足の裏を焼いていた。


「――こんなところに、生き物がいるのかよ」


 カイドが顔をしかめた。


 空は、灰色がかっていた。山頂から立ち上る煙が高く広がり、太陽を薄く濁らせている。昼だというのに、光は夕暮れのように鈍い赤みを帯びていた。


 遠くで、地鳴りのような低い音が響いた。


***


 最初に姿を見せたのは、本体ではなかった。


「――出たぞ! 眷属だ!」


 岩の隙間から、小型の火蜥蜴が這い出してくる。体長は一メートルほど。鱗が赤く発光し、口の端からは絶えず熱気が漏れていた。


 一体、二体――次々と、亀裂という亀裂から湧き出してくる。数は十を超えた。


「俺がやる! お前は後ろに!」


 カイドが叫びながら前に出た。剣に、わずかな風の魔力を纏わせる。


 フェイントのように相手の意識を逸らしながら、確実に急所を突いていく剣捌きは、見た目以上に洗練されていた。


(――こいつ、本当に鍛えてる。伊達に養子になったわけじゃないな)


 ジェクスが感心する間もなく、カイドは五体、六体と着実に数を減らしていった。


 だが、火蜥蜴は減る端から、亀裂の奥から補充されてくる。


「――っ、きりがねえな!」


 息が上がり始めていた。額から流れた汗が、熱された地面に落ちて、じゅっと音を立てて消える。


「――カイド、右!」


 叫んだが、一瞬遅かった。


 死角から飛びかかった一体の爪が、カイドの脇腹を捉えた。


「――っ、くそ!」


 鎧の隙間から、血がにじむ。致命傷ではない。だが、動きに明らかな精彩を欠き始めていた。


 ジェクスは前に出て、残る火蜥蜴を数体まとめて薙ぎ払い、カイドを下がらせた。


「悪いが、ここからは俺がやる」


「――くそ、情けねえ」


 カイドは歯噛みしながらも、それ以上意地を張らなかった。岩陰まで下がり、傷口を押さえる。


 最後の一体を沈めた時には、辺りには焼けた血の匂いだけが残っていた。


***


 その時だった。


 足元が、揺れた。


 地鳴りではない。もっと近い。地面の下を、何か巨大なものが移動している――そんな震動だった。


「――ジェクス!」


 カイドの叫び声と同時に、正面の岩盤が、内側から爆ぜた。


 黒い岩の破片が、雨のように降り注ぐ。


 立ち上る土煙の向こうから、それはゆっくりと、鎌首をもたげた。


 赤黒い鱗。一枚一枚が、盾ほどの大きさがある。溶岩の照り返しを受けて、その巨躯は鈍く、粘つくように光っていた。


 頭部だけで、人の背丈をゆうに超える。開かれた顎から覗く牙は、剣よりも長く、その先端から炎の粒がぽたりと落ちた。


 地面に触れた粒が、黒い岩を焦がす。


 全長――三十メートル。


 ヴォルカニス。


 これまで相手にしてきたどの魔物とも、格が違うことが、その佇まいだけで分かった。


 巨大な瞳が、ゆっくりとこちらを捉える。


 空気が、震えた。


 咆哮。


 鼓膜ではなく、腹の底を直接殴られたような音だった。足元の火山礫が、震動で跳ねる。


 ジェクスは、静かに前へ出た。


「――カイド。そこで見てろ」


「おい、待て、お前――」


 その先の言葉は、二度目の咆哮に掻き消された。


 三十三年間、来るはずのない日のために鍛え続けた体。ギフトによって書き換えられた限界。


 その本当の底を、ジェクスはまだ知らない。


 ――そろそろ、確かめる時かもしれない。


 ジェクスは軽く首を回し、肩を回した。


 そして、その場でゆっくりと――前屈を始めた。


 大蛇が、動きを止めた。


 目の前の獲物が、逃げるでも構えるでもなく、準備運動を始めたのだ。理解できないという反応が、その巨体からにじみ出ていた。


「久々にちゃんと体、動かすか」


 熱風が、黒い大地を撫でていった。


お読みいただきありがとうございます。

火山地帯の描写に少し力を入れました。足裏を焼く地面、硫黄の匂い、亀裂から漏れる赤い光——その先で待っていたものを、想像しながら読んでいただけたら嬉しいです。

眷属相手に負傷したカイドの悔しさも、この先の彼を動かしていきます。

次回、本戦です。

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