第7話 火山の主、ヴォルカニス
A級指定の討伐依頼。二人にとって、初めての大物です。
依頼書を睨みながら、カイドが唸った。
「火山の大蛇、ヴォルカニス。……討伐等級はA級指定か。厄介だな」
「知ってるのか」
「有名だよ、この辺じゃ。岩盤を掘り進めながら生きてる、体長三十メートル超えのバケモノだ。皮が丈夫すぎて、下手な剣じゃ傷一つつかねえ。B級上位からA級でも苦戦する化け物だってのに、よりによって俺たちに回ってくるとはな」
「討伐理由は?」
「牙目当てじゃない。山を掘り進めすぎて、噴火を早めてる。麓の村を巻き込む前に、山ごと大人しくさせろってことらしい」
カイドはそう言って、依頼書を懐にしまった。
「――お前と組むのは初めてだな。足を引っ張るなよ」
「それはこっちの台詞だ」
軽口を叩きながら、二人は火山地帯へ向かった。
***
道中、カイドはやけに口数が多かった。
街道は次第に緑を失い、両脇の木々が細く、まばらになっていく。土の色も、黒々とした腐葉土から、赤茶けた乾いた砂利へと変わっていった。
「――養子になったのは、恩返しのつもりだった。だが、いつの間にか、それだけじゃなくなっててな」
ガルドナーに拾われた経緯。死に物狂いで剣を振り続けた日々。誰かに聞かせるためというより、自分自身に言い聞かせるような口調だった。
「認められたい、か」
「うるせえ。図星だからって黙ってろ」
悪態をつきながらも、カイドの表情には、隠しきれない照れがあった。
***
火山の麓に着く頃には、空気そのものが変わっていた。
風が熱を孕んでいる。呼吸をするたび、喉の奥が乾いた。硫黄の匂いが鼻の奥に張りつき、舌の上にまで苦味が残る。
草はもう生えていなかった。足元は一面、黒い火山礫。踏むたびに、ざり、ざり、と乾いた音が鳴った。
その黒の中に、幾筋もの亀裂が走っている。深い裂け目の底から、細く赤い光が漏れていた。近づくと、下から熱気が立ち上ってきて、頬を炙る。
地面が、じんわりと足の裏を焼いていた。
「――こんなところに、生き物がいるのかよ」
カイドが顔をしかめた。
空は、灰色がかっていた。山頂から立ち上る煙が高く広がり、太陽を薄く濁らせている。昼だというのに、光は夕暮れのように鈍い赤みを帯びていた。
遠くで、地鳴りのような低い音が響いた。
***
最初に姿を見せたのは、本体ではなかった。
「――出たぞ! 眷属だ!」
岩の隙間から、小型の火蜥蜴が這い出してくる。体長は一メートルほど。鱗が赤く発光し、口の端からは絶えず熱気が漏れていた。
一体、二体――次々と、亀裂という亀裂から湧き出してくる。数は十を超えた。
「俺がやる! お前は後ろに!」
カイドが叫びながら前に出た。剣に、わずかな風の魔力を纏わせる。
フェイントのように相手の意識を逸らしながら、確実に急所を突いていく剣捌きは、見た目以上に洗練されていた。
(――こいつ、本当に鍛えてる。伊達に養子になったわけじゃないな)
ジェクスが感心する間もなく、カイドは五体、六体と着実に数を減らしていった。
だが、火蜥蜴は減る端から、亀裂の奥から補充されてくる。
「――っ、きりがねえな!」
息が上がり始めていた。額から流れた汗が、熱された地面に落ちて、じゅっと音を立てて消える。
「――カイド、右!」
叫んだが、一瞬遅かった。
死角から飛びかかった一体の爪が、カイドの脇腹を捉えた。
「――っ、くそ!」
鎧の隙間から、血がにじむ。致命傷ではない。だが、動きに明らかな精彩を欠き始めていた。
ジェクスは前に出て、残る火蜥蜴を数体まとめて薙ぎ払い、カイドを下がらせた。
「悪いが、ここからは俺がやる」
「――くそ、情けねえ」
カイドは歯噛みしながらも、それ以上意地を張らなかった。岩陰まで下がり、傷口を押さえる。
最後の一体を沈めた時には、辺りには焼けた血の匂いだけが残っていた。
***
その時だった。
足元が、揺れた。
地鳴りではない。もっと近い。地面の下を、何か巨大なものが移動している――そんな震動だった。
「――ジェクス!」
カイドの叫び声と同時に、正面の岩盤が、内側から爆ぜた。
黒い岩の破片が、雨のように降り注ぐ。
立ち上る土煙の向こうから、それはゆっくりと、鎌首をもたげた。
赤黒い鱗。一枚一枚が、盾ほどの大きさがある。溶岩の照り返しを受けて、その巨躯は鈍く、粘つくように光っていた。
頭部だけで、人の背丈をゆうに超える。開かれた顎から覗く牙は、剣よりも長く、その先端から炎の粒がぽたりと落ちた。
地面に触れた粒が、黒い岩を焦がす。
全長――三十メートル。
ヴォルカニス。
これまで相手にしてきたどの魔物とも、格が違うことが、その佇まいだけで分かった。
巨大な瞳が、ゆっくりとこちらを捉える。
空気が、震えた。
咆哮。
鼓膜ではなく、腹の底を直接殴られたような音だった。足元の火山礫が、震動で跳ねる。
ジェクスは、静かに前へ出た。
「――カイド。そこで見てろ」
「おい、待て、お前――」
その先の言葉は、二度目の咆哮に掻き消された。
三十三年間、来るはずのない日のために鍛え続けた体。ギフトによって書き換えられた限界。
その本当の底を、ジェクスはまだ知らない。
――そろそろ、確かめる時かもしれない。
ジェクスは軽く首を回し、肩を回した。
そして、その場でゆっくりと――前屈を始めた。
大蛇が、動きを止めた。
目の前の獲物が、逃げるでも構えるでもなく、準備運動を始めたのだ。理解できないという反応が、その巨体からにじみ出ていた。
「久々にちゃんと体、動かすか」
熱風が、黒い大地を撫でていった。
お読みいただきありがとうございます。
火山地帯の描写に少し力を入れました。足裏を焼く地面、硫黄の匂い、亀裂から漏れる赤い光——その先で待っていたものを、想像しながら読んでいただけたら嬉しいです。
眷属相手に負傷したカイドの悔しさも、この先の彼を動かしていきます。
次回、本戦です。




