第6話 すれ違う音
お待たせしました、第六話です。
今回は討伐や戦闘は一旦お休みして、ジェクスがようやく「観光」らしいことをする回になります。
異世界に来てからずっと気を張り続けていた彼が、少しだけ肩の力を抜いて街を歩く姿を書いてみました。屋台の食べ物や雑貨店での寄り道など、これまであまり描けていなかった「日常」の部分を楽しんでもらえたら嬉しいです。
なお、この話でさらっと登場するアイテムたちは、今後の展開にも関わってきますので、よければ頭の片隅に置いておいてください。
それでは、第六話「裏路地での出会い」、どうぞお楽しみください。
配達依頼の紙には、行き先の店名が七つ並んでいた。ガルドナーが寄越した、金にはならない依頼。だが、地図で覚えるより、足で覚える方が早い。
最初の店は、乾物を扱う老夫婦の店だった。
「兄さん、見ない顔だね。新人かい」
「今日から」
「そう。……この街は、悪い噂も増えてるからね。気をつけるんだよ」
老婆はそう言って、包みを渡す手のひらに、小さな飴玉を一つ、こっそり滑り込ませた。ジェクスは礼を言って、店を後にした。
二軒目、三軒目と回るうちに、街の輪郭が少しずつ形になっていく。どの通りが職人街で、どの路地が抜け道で、どの店主が愛想がよく、どの店主が無口か。想定録に、地図とは違う種類の記録が刻まれていく。
(――想定録No.077b、「街の人間関係の地図」。悪くない項目だ)
配達の途中、ふと目を引かれた店があった。
小さな看板に、剣の意匠。魔法雑貨店、と書かれているらしいことは、周囲の会話から察しがついた。
覗き込むと、店の奥、埃をかぶった棚の上に、一振りの剣が飾られていた。黒く鈍い光を放つ片手剣。刀身に走るひび割れ模様が、まるで内側で炎が揺れているかのように、ちらちらと輝いている。
「――ほう」
店主らしき老人が、興味深そうにこちらを見た。
「その剣が気になるかい、兄さん」
「……いや。ただの飾りか、それとも」
「本物さ。噂じゃ、あの剣自体が炎を宿してるらしい。名を『デフェンソル・イグニス』。もっとも、値が張りすぎて、うちの店じゃ扱いきれん代物だがね」
ジェクスは、すでにギフトで剣に炎を纏わせる力を持っている。実用性だけで言えば、この剣を手に入れる理由は薄い。
それでも、目が離せなかった。
(――理屈じゃない。これは、単純に――欲しい)
子供の頃、漫画やアニメの中でしか見たことのなかった「魔剣」というものが、今、目の前にある。三十三年間、実用性と生存戦略ばかりを考え尽くしてきた頭の片隅に、そういえばこんな感情も残っていたのかと、ジェクスは少しおかしくなった。
「――いつか、手に入れる。覚えておいてくれ」
「そりゃ楽しみだ。金を貯めて、また来な」
老人は笑い、ジェクスは店を後にした。
残りの配達を終え、最後の一軒――大通りに面した小さな花屋に向かう途中だった。
人混みの中、すれ違いざま、何かが引っかかった。
(――今の、誰だ)
振り返っても、雑踏に紛れて、もう誰の顔かも判別できない。だが、頭の奥の書庫が、一瞬だけ妙な反応を示していた。分類できない何か。棚のどこにも、収まる場所が見つからない感覚。
(――想定録に……ない、反応か)
これまでの人生で、こんな感覚は一度もなかった。危険を察知したのとも違う。もっと別の、名前のつけようのない引っかかりだった。
しばらく人混みを見渡したが、それらしい姿はどこにも見当たらない。
(――気のせい、か)
そう自分に言い聞かせて、ジェクスは花屋への道を急いだ。だが、その日の夜、宿の天井を見上げながら、彼はもう一度、あの一瞬の感触を思い返していた。
(――いや。気のせいで片付けるには、少し、引っかかりすぎている)
想定録の棚のどこにも、その正体を示す項目はなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回は戦闘のない、いわゆる「箸休め回」でしたが、こういう回もジェクスというキャラクターの人となりを描く上で大事にしていきたいなと思っています。33年間、頭の中だけで思い描いてきた世界を、実際に自分の足で歩いて確かめていく過程を、これからも少しずつ挟んでいく予定です。
劇中で登場した魔剣や、何気なく拾ったアイテムについては、また後の話で意味を持ってくると思いますので、気長にお付き合いいただけますと幸いです。
次話では、また新たな依頼を通じてジェクスの物語が動き出します。よろしければ引き続き見守っていただけると嬉しいです。
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