↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「異世界?それも想定内だ。33年間、あらゆる可能性を生きてきた男」  作者: JX
第一章 勝利は準備を愛する

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/171

第5話 突っかかってくる男

いきなりB級。それを面白く思わない男が現れます。


 翌朝、ジェクスはギルドの掲示板の前に立っていた。


 紙が、隙間なく貼られている。


 薬草採取、下水道の清掃、荷馬車の護衛、行方不明者の捜索。魔物討伐の依頼もあったが、等級の高いものほど紙が古びていた。長く誰も受けていない証拠だ。


 ――報酬と危険度の釣り合いを見るか。


 ジェクスが一枚に手を伸ばしかけた、その時だった。


「おい」


 背後から、声がかかった。


 振り返ると、長髪の若い男が立っていた。


 年は二十代半ばくらいか。背は自分より高く、細身だが、肩と前腕の筋のつき方が明らかに剣を振る人間のそれだった。腰には、鞘の擦れ具合からして使い込まれた剣。


 その目が、真っ直ぐこちらを睨んでいる。


「お前が、昨日のB級か」


「そうだが」


「――ふざけんな」


***


 男は掲示板に手をつき、身を乗り出した。


「加入試験で、いきなりB級だと? 俺がそこまで行くのに、何年かかったと思ってる」


 周囲の何人かが、面倒そうに視線を逸らした。いつものことなのだろう。


 ジェクスは、男の顔を見た。


 怒っている。だが、その怒りの質が少し違った。


 嫉妬ではない。もっと切実な――自分が積み上げてきたものを、軽んじられたと感じている人間の顔だった。


「何年かかった」


「……は?」


「何年かかったんだ」


 男が、一瞬言葉に詰まった。


「……六年だ」


「そうか」


 ジェクスは、それだけ言った。


 男の眉が跳ねた。


「そうか、ってなんだ。馬鹿にしてんのか」


「してない。六年続けたなら、それは相当だと思っただけだ」


 男は、毒気を抜かれたような顔をした。


 それから、舌打ちをして掲示板から手を離す。


「……気味の悪い奴だな」


***


「カイドだ」


 男は、不機嫌そうに名乗った。


「言っとくが、認めたわけじゃねえぞ。B級ってのは、俺と同じ等級だ。つまり、お前は俺と同じ仕事をこなせるってことになる」


「そうだな」


「なら、証明してみろよ」


 カイドは、掲示板から一枚を乱暴に剥がした。


「オーク討伐。森の浅い場所に群れが出た。――二人で受ける。逃げるなよ」


***


 森は、街を出て半日ほど歩いた先にあった。


 街道を逸れて木立に入ると、空気が一変した。


 頭上を厚い葉が覆い、光が緑がかって差し込んでくる。足元は柔らかい腐葉土で、踏むたびに湿った匂いが立ち上った。


 鳥の声が、遠く高いところで響いている。


 それ以外は、静かだった。


「……お前、装備は」


 道中、カイドが呆れたように言った。


 ジェクスの腰には、街で買った安物の短剣が一本あるだけだった。


「これで足りる」


「足りるわけねえだろ。オークは体長二メートル超えだぞ」


「なら、そういう戦い方をする」


「……意味が分からねえ」


***


 群れを見つけたのは、日が傾き始めた頃だった。


 沢のそばの開けた場所に、六体。


 緑がかった灰色の肌。突き出た顎。丸太のような腕には、粗雑な棍棒が握られている。


 ジェクスは木の陰から、しばらくその様子を観察した。


 ――視線が低い。上を警戒していない。


 ――一体だけ、他より二回り大きい個体がいる。周りがそいつの動きに合わせている。


 ――風下。こちらの匂いは届いていない。


「おい、行くぞ」


 カイドが剣を抜いた。


「待て。あの大きいのを最初に潰す」


「は? 一番強いのを先にやるのか」


「群れの統率が崩れる。残りは散る」


「……根拠は」


「野生動物の群れは、大抵そうなる」


 カイドは怪訝な顔をしたが、それ以上は言わなかった。


***


 カイドが飛び出した。


 速い。


 ジェクスが思っていたより、ずっと速かった。


 最初の一体が反応するより早く、その懐に潜り込み、喉を斬り上げている。剣に風の魔力を纏わせているのか、斬撃の軌道に沿って空気が鳴った。


 ――六年、か。


 確かに、積んでいる。


 二体目が棍棒を振り下ろす。カイドは半身でそれをいなし、返す刃で腹を裂いた。


 悪くない。むしろ、かなり良い。


 だが。


 ――視野が、狭い。


 三体目が、死角から迫っていた。


「カイド、右後ろ」


 声をかけながら、ジェクスは地を蹴っていた。


***


 跳躍。


 オークの肩を踏み台にして、さらに高く跳ぶ。


 視界が開けた。大きい個体の位置が、真下に見える。


 落下しながら、短剣を逆手に持ち替えた。


 狙うのは、後頭部と首の境目。


 ――四足でも二足でも、ここは変わらない。


 体重の全部を乗せて、突き立てた。


 巨体が、声もなく崩れ落ちた。


***


 効果は、即座に表れた。


 残る四体が、明らかに動揺した。互いに顔を見合わせ、統率を失い、ばらばらに動き始める。


 そこからは、作業だった。


 カイドが二体。ジェクスが二体。


 最後の一体が沈んだ時、辺りはすっかり暗くなっていた。


***


 カイドは、肩で息をしながら、倒れたオークたちを見回していた。


「……お前、何体やった」


「数えてなかった」


「数えてなかった、じゃねえよ」


 カイドは剣を鞘に収め、それから深く息を吐いた。


「あの一撃、なんだ。跳んで、真上から来た」


「上から来る敵を、あいつらは想定していなかった。だから通った」


「……想定?」


「相手が何を警戒していないかを探す。それだけだ」


 カイドは、しばらく黙っていた。


 沢の水音が、やけに大きく聞こえた。


「……気に入らねえ」


 やがて、そう呟いた。


「お前のそれ、才能じゃねえだろ。何かをずっと積んできた奴の動きだ。……それが余計に気に入らねえ」


 ジェクスは、少し驚いた。


 ――見抜かれている。


「六年積んだ奴に言われると、悪い気はしないな」


「褒めてねえよ」


 カイドは、そう吐き捨てて歩き出した。


 だがその背中は、来る時よりも、いくらか軽く見えた。


***


 街へ戻る道すがら、カイドがぽつりと言った。


「……次の依頼も、一緒に受けるか」


「認めたわけじゃないんじゃなかったのか」


「うるせえ。二人の方が実入りがいいってだけだ」


 月が出ていた。


 街道の先に、街の灯りが小さく見えている。


 ジェクスは、口元を緩めた。


 三十三年間、頭の中で無数の「もしも」を想定してきた。


 だが「異世界で、こういう男と出会う」という項目は、どこにもなかった。


お読みいただきありがとうございます。

六年積んだ男が、初日でB級を取った男に食ってかかる——当然の反応だと思います。

ただ、彼の怒りは嫉妬ではありませんでした。自分の積み上げを軽んじられたと感じたからこその怒り。その質を、ジェクスは正しく受け取っています。

「数えてなかった」の一言が、また火に油を注ぐわけですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。