第4話 冒険者ギルド
稼ぐ手段を探していた彼が、ようやくその場所を見つけます。
その建物を見つけたのは、翌日の朝だった。
大通りから一本外れた広場の角。石造りの二階建てで、他の建物より一回り大きい。軒先に吊るされた看板には、剣と盾を組み合わせた紋章が刻まれていた。
扉の前を、革鎧を着た男たちが出入りしている。腰に剣を下げた者、背に弓を負った者。皆、どこか気の抜けた顔をしているのに、歩き方だけは隙がなかった。
――ここか。
宿の主人に聞いた話では、魔物の討伐を請け負う組織なのだという。依頼を受け、報酬を得る。素材の買い取りもしている。
まさに、探していた場所だった。
***
扉を押すと、酒精と埃の匂いが鼻を突いた。
まだ日も高いというのに、奥のテーブルでは何人かが盃を傾けている。壁一面に紙が貼られた掲示板があり、その前で数人が腕を組んで唸っていた。
視線が、いくつかこちらに向いた。
品定めするような、あるいは品定めするまでもないと決めつけたような目。
ジェクスはそれを受け流しながら、受付へ歩いた。
「登録をお願いしたい。あと、買い取りも頼めるか」
腰の袋から、角の束を取り出して台に置いた。
受付の女性の目が、わずかに見開かれた。
「……十七本?」
「昨日、街道の手前で」
「お一人で?」
「ああ」
彼女は角を一本手に取り、断面を確かめ、それから何かを言いかけて――結局、事務的な口調に戻った。
「ホーンウルフですね。害獣指定ですので、一本銀貨二枚で買い取れます」
銀貨三十四枚。
宿代が一泊銅貨八枚だったから、しばらくは困らない額だ。
「登録の方は、加入試験を受けていただきます。本日の午後からです」
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受付の女性は、慣れた手つきで書類を差し出した。
「剣術・魔法・体力・知識の四種目。結果に応じてF級からA級まで――その上は、試験じゃ出ません」
「その上、というと」
「S級はA級のトップが、緊急クエストの実績を積んで初めて認められるものです。SS級なんて、各国に一人いるかどうか」
彼女はそこで一度、言葉を切った。
どこか羨むような、諦めているような響きが、その沈黙に混じっていた。
「――この国は、ここ十年、SS級不在ですよ」
自分がかつて何を目指していたのか、彼女の目がそれを物語っている気がした。
ジェクスは何も聞かず、ただ頷いた。
***
試験会場は、建物裏手の訓練場だった。
土を踏み固めただけの広場に、藁を巻いた的と、木製の柵で仕切られた走路が並んでいる。隅では、二十人ほどの若者が硬い表情で順番を待っていた。
壇上に立つのは、大柄な男だった。
年の頃は五十前後か。短く刈り込んだ白髪混じりの髪、日に焼けた肌。腕を組んで立っているだけなのに、その場の空気が引き締まっている。
「ギルドマスターのガルドナーだ」
低い声が、訓練場に響いた。
その視線が、一瞬、列に並ぶジェクスの上で止まった。
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(――なんだ、あの立ち方は)
ガルドナーは、内心でわずかに眉を寄せていた。
緊張しているようで、していない。無駄な力みが一切ない。
だが、それは新人特有の無知からくる余裕とは、明らかに質が違った。
(――型を持たない者の立ち方じゃない。むしろ逆だ。何かを、山ほど積んできた人間の立ち方だ)
長年、数えきれない新人を見てきた。
だからこそ、その違和感が余計に引っかかった。
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体力試験。
二十キロの重りを担ぎ、周回コースを走る。
号令とともに、二十人が一斉に走り出した。
(――現世での鍛錬の延長だ。これくらいなら)
誰もいない早朝の公園で、ゴム製の模擬刀を何百回と振り続けた日々が脳裏をよぎる。
あの頃は、こんな日が本当に来るとは、正直なところ半分も信じていなかった。
それでも、やめなかった。
二周目で、半数が脱落した。三周目で、さらに減った。
ジェクスは、四周でやめた。
多くも少なくもない、ちょうどいい数字だった。
壇上のガルドナーが、わずかに眉を動かした。
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剣術試験。
木剣を構えた瞬間、試験官の目つきが変わった。
(――型がない、と思われている)
当然だ。
彼が積み重ねてきたのは、道場仕込みの剣術ではない。誰にも見せず、我流で振り続けただけの三十三年間。
試験官が踏み込んでくる。
その一撃を、体が覚えている軌道で受け流した瞬間――
想像の中でしか繰り返してこなかった攻防が、初めて現実の重みで返ってきた。
木と木がぶつかる音。掌に伝わる衝撃。相手の呼吸の乱れ。
少年のように胸が高鳴った。
「――そこまで」
試験官が記録紙に目を落とす。
「受け流し六、被弾一。有効打なし――だが、型がない割にこの数字は出来過ぎだ」
「独学ですので」
「独学で、これか」
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魔法試験では、手のひらに炎を灯した。
詠唱はなし。
(正確には魔法じゃない。ギフトで得た力だ。誤魔化すしかない)
「無詠唱――悪くない。精度はあと一歩か」
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知識試験。
地理と国の情勢は、正直に空欄にした。知らないものは知らない。
だが、見覚えのある植物の特徴や、未知の生物への対処を問う設問には、地球で培った勘を頼りに埋めていった。
――可食性の判断。止血の手順。方位の割り出し方。
三十三年分の想定が、そのまま答案になった。
結果、六十四点。
ぎりぎりの合格ラインだった。
***
結果発表。
ガルドナーが名簿を読み上げていく。
F級。F級。E級。またF級。
時折、D級の名が呼ばれるたびに、小さなどよめきが起きた。
「ジェクス。――B級」
どよめきが、大きくなった。
周囲の視線が、一斉にこちらへ向く。
ガルドナーは何も言わなかったが、名簿から目を上げてこちらを見た一瞬、まだ何かを探るような色が残っていた。
***
人だかりが散っていく中、ガルドナーがふと歩み寄ってきた。
「ジェクス、だったな」
「はい」
「B級にしては、動きに迷いがなかった。――一つ聞いておきたい。S級を目指す気はあるか」
「目指せるものなら」
「――正直な奴だ」
ガルドナーは口の端をわずかに上げた。
「言っておくが、A級までは試験で上がれる。だがその先は違う。緊急クエスト――国が総力を挙げても手に負えない厄介事だ。魔物の異常発生、災害、時には戦争そのもの。そこで結果を出した者だけが、S級と呼ばれる」
「なるほど」
三十三年間、想像の中でしか触れたことのなかった仕組みが、今こうして目の前で語られている。
それだけで、少年のように心が浮き立つのを感じた。
「まあ、お前がそこまで行くかどうかは知らんがな」
そう言って、ガルドナーは背を向けた。
だが、数歩進んだところで足を止めずに、独り言のように呟いた。
「――しばらく、目が離せなくなりそうだ」
その声は、ジェクスには届かなかった。
***
訓練場を出ると、夕方の風が頬を撫でた。
銀貨三十四枚。B級の証。
――悪くない一日だ。
三十三年間、誰にも理解されなかった積み重ねが、初めて「数字」として評価された。
それが、思っていたよりも嬉しかった。
ジェクスは、広場の掲示板にもう一度目をやってから、宿へ向かって歩き出した。
お読みいただきありがとうございます。
四種目の加入試験、それぞれで三十三年分の積み重ねが顔を出す回でした。特に知識試験、地理は空欄なのに生存技術は満点という偏り方が、彼らしいなと思いながら書いていました。
そして、彼を見つめる目がひとつ。




