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「異世界?それも想定内だ。33年間、あらゆる可能性を生きてきた男」  作者: JX
第一章 勝利は準備を愛する

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第4話 冒険者ギルド

稼ぐ手段を探していた彼が、ようやくその場所を見つけます。


 その建物を見つけたのは、翌日の朝だった。


 大通りから一本外れた広場の角。石造りの二階建てで、他の建物より一回り大きい。軒先に吊るされた看板には、剣と盾を組み合わせた紋章が刻まれていた。


 扉の前を、革鎧を着た男たちが出入りしている。腰に剣を下げた者、背に弓を負った者。皆、どこか気の抜けた顔をしているのに、歩き方だけは隙がなかった。


 ――ここか。


 宿の主人に聞いた話では、魔物の討伐を請け負う組織なのだという。依頼を受け、報酬を得る。素材の買い取りもしている。


 まさに、探していた場所だった。


***


 扉を押すと、酒精と埃の匂いが鼻を突いた。


 まだ日も高いというのに、奥のテーブルでは何人かが盃を傾けている。壁一面に紙が貼られた掲示板があり、その前で数人が腕を組んで唸っていた。


 視線が、いくつかこちらに向いた。


 品定めするような、あるいは品定めするまでもないと決めつけたような目。


 ジェクスはそれを受け流しながら、受付へ歩いた。


「登録をお願いしたい。あと、買い取りも頼めるか」


 腰の袋から、角の束を取り出して台に置いた。


 受付の女性の目が、わずかに見開かれた。


「……十七本?」


「昨日、街道の手前で」


「お一人で?」


「ああ」


 彼女は角を一本手に取り、断面を確かめ、それから何かを言いかけて――結局、事務的な口調に戻った。


「ホーンウルフですね。害獣指定ですので、一本銀貨二枚で買い取れます」


 銀貨三十四枚。


 宿代が一泊銅貨八枚だったから、しばらくは困らない額だ。


「登録の方は、加入試験を受けていただきます。本日の午後からです」


***


 受付の女性は、慣れた手つきで書類を差し出した。


「剣術・魔法・体力・知識の四種目。結果に応じてF級からA級まで――その上は、試験じゃ出ません」


「その上、というと」


「S級はA級のトップが、緊急クエストの実績を積んで初めて認められるものです。SS級なんて、各国に一人いるかどうか」


 彼女はそこで一度、言葉を切った。


 どこか羨むような、諦めているような響きが、その沈黙に混じっていた。


「――この国は、ここ十年、SS級不在ですよ」


 自分がかつて何を目指していたのか、彼女の目がそれを物語っている気がした。


 ジェクスは何も聞かず、ただ頷いた。


***


 試験会場は、建物裏手の訓練場だった。


 土を踏み固めただけの広場に、藁を巻いた的と、木製の柵で仕切られた走路が並んでいる。隅では、二十人ほどの若者が硬い表情で順番を待っていた。


 壇上に立つのは、大柄な男だった。


 年の頃は五十前後か。短く刈り込んだ白髪混じりの髪、日に焼けた肌。腕を組んで立っているだけなのに、その場の空気が引き締まっている。


「ギルドマスターのガルドナーだ」


 低い声が、訓練場に響いた。


 その視線が、一瞬、列に並ぶジェクスの上で止まった。


***


(――なんだ、あの立ち方は)


 ガルドナーは、内心でわずかに眉を寄せていた。


 緊張しているようで、していない。無駄な力みが一切ない。


 だが、それは新人特有の無知からくる余裕とは、明らかに質が違った。


(――型を持たない者の立ち方じゃない。むしろ逆だ。何かを、山ほど積んできた人間の立ち方だ)


 長年、数えきれない新人を見てきた。


 だからこそ、その違和感が余計に引っかかった。


***


 体力試験。


 二十キロの重りを担ぎ、周回コースを走る。


 号令とともに、二十人が一斉に走り出した。


(――現世での鍛錬の延長だ。これくらいなら)


 誰もいない早朝の公園で、ゴム製の模擬刀を何百回と振り続けた日々が脳裏をよぎる。


 あの頃は、こんな日が本当に来るとは、正直なところ半分も信じていなかった。


 それでも、やめなかった。


 二周目で、半数が脱落した。三周目で、さらに減った。


 ジェクスは、四周でやめた。


 多くも少なくもない、ちょうどいい数字だった。


 壇上のガルドナーが、わずかに眉を動かした。


***


 剣術試験。


 木剣を構えた瞬間、試験官の目つきが変わった。


(――型がない、と思われている)


 当然だ。


 彼が積み重ねてきたのは、道場仕込みの剣術ではない。誰にも見せず、我流で振り続けただけの三十三年間。


 試験官が踏み込んでくる。


 その一撃を、体が覚えている軌道で受け流した瞬間――


 想像の中でしか繰り返してこなかった攻防が、初めて現実の重みで返ってきた。


 木と木がぶつかる音。掌に伝わる衝撃。相手の呼吸の乱れ。


 少年のように胸が高鳴った。


「――そこまで」


 試験官が記録紙に目を落とす。


「受け流し六、被弾一。有効打なし――だが、型がない割にこの数字は出来過ぎだ」


「独学ですので」


「独学で、これか」


***


 魔法試験では、手のひらに炎を灯した。


 詠唱はなし。


(正確には魔法じゃない。ギフトで得た力だ。誤魔化すしかない)


「無詠唱――悪くない。精度はあと一歩か」


***


 知識試験。


 地理と国の情勢は、正直に空欄にした。知らないものは知らない。


 だが、見覚えのある植物の特徴や、未知の生物への対処を問う設問には、地球で培った勘を頼りに埋めていった。


 ――可食性の判断。止血の手順。方位の割り出し方。


 三十三年分の想定が、そのまま答案になった。


 結果、六十四点。


 ぎりぎりの合格ラインだった。


***


 結果発表。


 ガルドナーが名簿を読み上げていく。


 F級。F級。E級。またF級。


 時折、D級の名が呼ばれるたびに、小さなどよめきが起きた。


「ジェクス。――B級」


 どよめきが、大きくなった。


 周囲の視線が、一斉にこちらへ向く。


 ガルドナーは何も言わなかったが、名簿から目を上げてこちらを見た一瞬、まだ何かを探るような色が残っていた。


***


 人だかりが散っていく中、ガルドナーがふと歩み寄ってきた。


「ジェクス、だったな」


「はい」


「B級にしては、動きに迷いがなかった。――一つ聞いておきたい。S級を目指す気はあるか」


「目指せるものなら」


「――正直な奴だ」


 ガルドナーは口の端をわずかに上げた。


「言っておくが、A級までは試験で上がれる。だがその先は違う。緊急クエスト――国が総力を挙げても手に負えない厄介事だ。魔物の異常発生、災害、時には戦争そのもの。そこで結果を出した者だけが、S級と呼ばれる」


「なるほど」


 三十三年間、想像の中でしか触れたことのなかった仕組みが、今こうして目の前で語られている。


 それだけで、少年のように心が浮き立つのを感じた。


「まあ、お前がそこまで行くかどうかは知らんがな」


 そう言って、ガルドナーは背を向けた。


 だが、数歩進んだところで足を止めずに、独り言のように呟いた。


「――しばらく、目が離せなくなりそうだ」


 その声は、ジェクスには届かなかった。


***


 訓練場を出ると、夕方の風が頬を撫でた。


 銀貨三十四枚。B級の証。


 ――悪くない一日だ。


 三十三年間、誰にも理解されなかった積み重ねが、初めて「数字」として評価された。


 それが、思っていたよりも嬉しかった。


 ジェクスは、広場の掲示板にもう一度目をやってから、宿へ向かって歩き出した。


お読みいただきありがとうございます。

四種目の加入試験、それぞれで三十三年分の積み重ねが顔を出す回でした。特に知識試験、地理は空欄なのに生存技術は満点という偏り方が、彼らしいなと思いながら書いていました。

そして、彼を見つめる目がひとつ。

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