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「異世界?それも想定内だ。33年間、あらゆる可能性を生きてきた男」  作者: JX


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第67話 魔王の両腕

メンブラ・レギスの「両腕」、カテナとイグニスとの本格的な戦闘をお届けします。


二体の巨大な気配が、ゆっくりと歩みを進めてきた。


一体は、鎖のように連なった刃を全身に纏う、異形の巨躯。もう一体は、燃え盛る紫炎を纏った、優美とも言える立ち姿をしていた。


「――名乗ってやる義理もねえが」刃を纏った男が、低い声で言った。「せっかくだ、聞かせてやる。俺はカテナ。魔王様が左腕にして、美の魔神――カテナ、とはこの俺のことよ」


その言い草に、隣のイグニスが鼻で笑った。


「――どこがだよ」


「――なんだと?」


「見ての通りの鎖まみれの図体で、よく美を語れるわね」


「――お前にだけは言われたくねえ」


「――私はイグニス」その掛け合いを断ち切るように、紫炎の女が艶やかな声で続けた。「メンブラ・レギスの中でも、魔王様の両腕――お前らごとき雑魚が、束になっても敵う相手じゃない」


その言葉に、隠しきれない格の違いが滲んでいた。


「――減らず口だな」ガレスが、剣を構え直す。「だが、そっちがその気なら、こっちも本気を出す理由ができた」


「――アクセルの分も、叩き込んでやる!」ロルフが、大盾を構えながら吼えた。


戦闘が、再び激しさを増した。カテナの鎖状の刃が、無数に襲いかかる。ドムならぬロルフの盾がそれを受け止め、ダグラスが死角へ回り込む。だが、刃の一本一本に、これまでの魔族とは比較にならない重みがあった。


「――くっ、重い!」


「油断するな! これが、両腕の実力だ!」ガレスが叫ぶ。


カテナの鎖が、ダグラスの剣に絡みついた瞬間だった。


「――離れて!」ネリアが叫んだが、遅かった。


鎖を伝って、ダグラスの魔力が、目に見えてカテナへと吸い取られていく。同時に、離れた場所にいたイグニスの紫炎が、呼応するように一段階、膨れ上がった。


「――なっ、繋がってるのか、二人!」


「――さあ、どうかしらね」


イグニスが、増幅した炎を、力を失いかけたダグラスへと放つ。


「――くそ、間に合え!」


ガレスが割って入り、辛うじて弾き返した。だが、その反動で体勢を崩す。


「――カテナが吸って、イグニスが放つ。単純だが、性質が悪い連携だ」ガレスが、歯を食いしばりながら呟いた。


一方、イグニスの紫炎は、触れた瞬間に対象を内側から焼き尽くすという、恐ろしい性質を持っていた。ネリアが多属性の魔法でその軌道を逸らそうと試みるが、炎はまるで意思を持つかのように、軌道を変えて追ってくる。


「――この炎、只者じゃない!」


「――ええ、その通りよ。私の炎は、逃げようとするものほど、追いかけたくなる性質があるの」


イグニスが、艶然と笑った。


フィンが、若さに任せた大魔法を放つが、あっさりと炎に呑まれてしまう。


「――フィン!」


「――大丈夫だ、まだ息はある!」シグルドが即座に駆けつけ、光を浴びせる。


戦況は、圧倒的に押されていた。ガレスとロルフがカテナを、ネリアとダグラスがイグニスを、それぞれ足止めするのが精一杯だった。


「――このままじゃ、埒が明かねえ」ガレスが、歯を食いしばりながら呟く。


その時、崩れた校舎の陰から、か細い声が聞こえた。


「――待って……」


ガレスに救出されたノアが、シグルドの回復を受けて、意識を取り戻しつつあった。


「――動くな、まだ本調子じゃねえだろ」


「でも……あの炎の魔法、対処法が……」


「――何だと」


ノアは、震える手で、地面に簡易的な魔法陣を描き始めた。


「――イグニスの炎、逃げようとするものを追いかける性質があるなら……逆に、こっちから飛び込めば、追跡の性質が働かない、はず……」


その言葉に、ガレスの目が鋭くなった。


「――理屈は分かった。だが、そんな危険な賭け、誰がやる」


「――俺がやる」


ロルフが、大盾を構え直しながら言った。


「――守ることに関しちゃ、誰にも負けねえ。任せろ」


一同の視線が、ロルフに集まった。


「――頼んだ」


ガレスの一言に、ロルフは大きく頷いた。


ロルフが、恐れる素振りも見せずにイグニスの炎へと突っ込んだ。狙い通り、炎の勢いが一瞬、目に見えて弱まる。その隙を突き、ダグラスとネリアが立て続けに攻撃を叩き込んだ。


「――なっ、生意気な!」


「――今のうちだ、もう一度押し込むぞ!」


その成功に勢いづき、フィンが同じ要領で炎へ突撃した。だが、次の瞬間、炎は弱まるどころか、これまで以上の勢いで燃え盛った。


「――なっ!?」


「――フィン、下がれ!」


シグルドの叫びも間に合わなかった。膨れ上がった紫炎が、フィンの体を呑み込む。


「――ぐああっ!」


「――同じ手が、二度も通用すると思ったか」カテナが、鎖を絞りながら嗤った。「俺が吸い取った魔力を、あいつの炎に流し込んでやっただけの話だ」


その言葉に、ガレスの表情が険しくなった。


「――一度だけの、隙だったのか」


「――ええ。私の炎が弱まるのは、あくまで一瞬。すぐにカテナが埋め合わせてくれるもの」イグニスが、勝ち誇るように笑う。「両腕と言われる意味、分かってもらえたかしら」


シグルドが慌ててフィンに駆け寄り、光を浴びせる。息はあったが、深い火傷が全身に広がっていた。


「――くそ、単純な弱点じゃ、なかったってことか」ガレスが、奥歯を噛んだ。


戦況は、なおも五分と五分にすら届かない、厳しい局面が続いていた。だが、その事実に、イグニスが視線を巡らせた。


「――ちょっと。これ以上、身内が減ったら、魔王様が悲しむわよ」


「――お前が言うか、それを」カテナが、呆れたように鎖を巻き取る。


「――仕方ないでしょ、可愛い部下たちなんだから。……ま、今日はこの辺にしといてあげる」


イグニスは、まるで近所のコンビニにでも寄ったかのような、あまりに軽い調子でそう言うと、紫炎を静かに収めた。


「――逃げるのか」ガレスが、鋭く睨む。


「逃げるんじゃない、退くのよ。区別しなさいな」


イグニスは、優雅に一礼すると、カテナと共に、闇に紛れるようにして姿を消していった。最後に、その声だけが、戦場に残された。


「――次、私を目にした時は――それを死だと思いなさい」


その言葉を最後に、圧倒的な気配が、嘘のように消え失せた。


生き残った魔族たちも、主を失ったかのように統率を崩し、次々と姿を消していく。


戦場に、静寂が戻った。


学院を包んでいた黒煙の向こうから、朝日が差し込み始めていた。


一同は、しばらくその場に立ち尽くしたまま、動けずにいた。生き延びた実感と、何かを失った予感が、入り混じった重い沈黙が、そこにはあった。


「――アクセルの、捜索を」ガレスが、ようやく声を絞り出した。


その声には、これまでにない疲労と、そして――誰にも気づかれないほど僅かな、確信めいた何かが滲んでいた。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

「両腕」の名にふさわしい、離れていても連動する連携——一筋縄ではいかない強敵でした。ノアの機転、ロルフの捨て身の一手、そして手痛い代償を払いながらも見えてきた突破口。最後はイグニスの気まぐれな撤退で幕を引きましたが、「次、私を目にした時は、それを死だと思いなさい」という捨て台詞が、不穏な余韻を残します。

戦いは一段落しましたが、まだアクセルの行方が分かっていません。次話でその真相に迫っていきます。

感想・評価いただけると励みになります。次話もお楽しみに。

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