第66話 魔法の申し子
視点が先導隊側に切り替わります。彼らが向かった先で、何が起きていたのか——お届けします。
「――王立魔術学院が、危ないかもしれない」
道中、ケインがそう切り出したのは、出発から三日目のことだった。
「ここ数日、王都周辺で集めた情報を突き合わせた結果です。魔族の不審な出入りが、あの学院の周辺に集中しています。恐らく、狙いは学院内の誰か」
「――生徒か、教師か」ガレスが尋ねる。
「断定はできません。ですが、放っておける話ではないかと」
「――なら、決まりだな」
ガレスの号令で、先導隊は進路を変え、学院へと急いだ。
出発から五日、学院まであと僅かという距離まで来た頃、ジオが眉をひそめた。
「――風の匂いが、おかしくないか」
指摘されて、全員が鼻を利かせる。焦げたような匂いが、微かに風に混じっていた。
「――魔力の圧も、感じる」ネリアが、緊張した面持ちで呟いた。「かなりの規模の魔法が、断続的に放たれてる」
「――急ぐぞ!」
ガレスの叫びとともに、一同は最後の距離を一気に駆け抜けた。
「――何だ、この有様は」
ガレスの声が、珍しく強張っていた。
正門は崩れ落ち、校舎のあちこちから黒煙が上がっている。敷地内では、教師と思しき者たちが、次々と現れる魔族の群れに応戦していた。
「――数が、多すぎます」ケインが、資料を握りしめたまま呟いた。「事前の想定を、遥かに超えています」
「――四の五の言ってる場合か! 突っ込むぞ!」
アクセルが真っ先に地を蹴った。ロルフとダグラスがそれに続き、ネリアとフィンが後方から援護に回る。
学院の敷地内は、既に激しい戦場と化していた。教師たちが応戦する魔族の群れの向こうに、人型の輪郭を持つ、ひときわ強大な気配が二つ、佇んでいる。
「――あれが」ガレスが、低く唸った。「本命、か」
その気配は、これまで戦ってきたどの魔族とも、比較にならないほどの重みを持っていた。
「――先生方、下がってください!」シグルドが叫びながら、負傷した教師の一人に光を浴びせる。
「――お願いします……生徒たちが、まだ校舎に……」
「――アイラ、生徒の避難を優先しろ!」ガレスが叫ぶ。
「――了解!」
アイラが、避難誘導に走る教師たちの援護へと向かった。
その最中、崩れかけた校舎の一角で、ガレスは異様な光景を目にした。
黒く禍々しい輪郭を持つ魔神の一体が、片手で少女の腕を掴み、引きずるようにして連れ去ろうとしていた。まだ十代半ばか、後半か――魔法使いらしいローブを纏った少女は、既に抵抗する力も残っていないようだった。
「――そこまでだ!」
ガレスは、地を蹴った。瞬時に間合いを詰め、魔神の腕を叩き斬る。
「――ぐ、があ!」
魔神が怯んだ隙に、ガレスは少女の体を抱き上げ、素早く距離を取った。
「――しっかりしろ!」
抱え起こすと、辛うじて息はあった。だが、全身に無数の傷を負っている。
「――シグルド! こっちだ!」
「――ちっ、忙しねえな!」
シグルドが駆けつけ、少女に光を浴びせる。傷が、ゆっくりと塞がっていく。
「――この子は」ガレスが尋ねる。
「詳しくは知らねえが、ただ者じゃなさそうだ。この魔力量、只の学生とは思えねえ」
その頃、二体の巨大な気配のうち一体が、動き出していた。
「――邪魔だ」
低い声とともに、放たれた一撃――衝撃波にも似た力の奔流が、戦場の一角を薙ぎ払った。
「――アクセル、危ない!」
ネリアの叫びも間に合わなかった。奔流の直撃を受けたアクセルの体が、大きく吹き飛ばされる。
「――アクセル!」
激しい爆発と土煙が、その場を覆い尽くした。
煙が晴れた後、そこにアクセルの姿はなかった。校舎の壁を突き破り、遥か彼方へと吹き飛ばされた跡だけが、生々しく残っていた。
「――アクセル、応答しろ! アクセル!」
フィンが、悲鳴じみた声を上げる。だが、応える声はどこにもなかった。
「――くそ……!」ロルフが、拳を握りしめる。
戦場に、重い沈黙が落ちた。ガレスだけが、しばらくその方角を見つめたまま、何も言わなかった。
「――今は、目の前に集中しろ」
やがて、ガレスは低く、そう告げた。その声には、何かを堪えるような響きが混じっていた。
「――まだ、終わっちゃいねえ」
二体の巨大な気配が、ゆっくりと、こちらへ向き直った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
学院を襲う圧倒的な戦力、ガレスによるノアの救出劇、そして——アクセルの身に起きた、あまりに唐突な出来事。重い引きになってしまいましたが、次話以降でこの続きを描いていきます。
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