第65話 思わぬ報告
模擬戦の夜、ジェクスに新たな着想が生まれます。そして、思わぬ報告が届きます。
その夜、ジェクスは一人、今日の攻防を頭の中で何度も反芻していた。
(――カイドの抜刀、崩れた体勢からでも、あそこまで精度が上がってたのか)
想定録の棚を辿りながら、自分自身の動きも見直していく。飛行を活かした変則的な立ち回り――悪くはなかった。だが、決定打には至らなかった。
(――何が、足りなかった)
ふと、飛行の際にいつも展開している、あの薄い炎の膜のことを思い出した。空気抵抗を減らし、飛来物を焼き払うためだけに使ってきた、あの膜だ。
(――待てよ。あれ、拳だけに纏わせてるのは、もったいなくないか)
その発想が、頭の中で像を結び始める。全身を覆うあの炎の膜を、もっと能動的に使えないか。膜の一部を、任意の方向へ噴射させれば、360度どこからでも推進力を補正できるはずだ。前だけでなく、横からでも、下からでも――姿勢を保ったまま、瞬時に軌道を変えられる。
(――上手くいけば、消えたように見えるかもしれない。……相手の実力次第じゃ、瞬間移動したように映ることも、あるかもな)
想定録の棚に、ふと以前の記憶が浮かんだ。No.088――旧市街での一件、あの黒幕から石を守った時に使った、視線誘導の技法。
(――速さだけじゃなく、あれを組み合わせれば、より確実に"消えた"と錯覚させられる)
相手の注意を一点に逸らしておいて、その隙に炎の噴射で軌道を変える。単純な速度勝負ではなく、ミスディレクションを土台にした動き――そうすれば、たとえ相手がある程度の実力者だったとしても、視認そのものを狂わせられるはずだった。
(――よし。明日から、これも仕込もう)
想定録の棚に、新しい項目が一つ、静かに刻まれた。まだ形にすらなっていない発想だったが、そこに至る道筋だけは、はっきりと見えていた。
翌日から、ジェクスの日課に、また一つ新しい鍛錬が加わることになった。
(――先導隊は、今、何と戦ってるんだろうな)
その考えが頭をよぎった、その矢先だった。
「――オルグレン様!」
伝令の騎士が、血相を変えて駆け込んできた。手にした報告書を握りしめる手が、小刻みに震えている。
「――どうした」
「先導隊から、緊急の報告です。……戦闘の末、負傷者多数。中には……」
伝令は、そこで一度、言葉を詰まらせた。
「――中には、命を落とした者も」
稽古場の空気が、一瞬にして凍りついた。
「――誰だ」ジェクスは、思わず声を荒げていた。
「――詳細は、まだ。報告書には、それだけしか」
オルグレンが、伝令の手から報告書を奪うように受け取った。目を通すその表情が、みるみる険しくなっていく。
「――くそ……」
低く漏れた呻き声だけが、答えの重さを物語っていた。
ジェクスは、想定録の棚に浮かぶ、あの十人の顔を思い返した。ガレス、アクセル、ロルフ、ダグラス、ネリア、フィン、シグルド、アイラ、ケイン――誰の顔も、まだ最後に見た時のまま、脳裏に焼き付いている。
(――誰が)
その問いに、まだ誰も、答えを持っていなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
全身の炎の膜を使った360度の推進技、そして以前使ったミスディレクションとの組み合わせ——ジェクスの成長がまた一歩進みました。ですが、その先に待っていたのは、先導隊からの不穏な報告でした。
「誰が」——その答えは、まだ誰も知りません。次話でその真相に迫っていきます。
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