第64話 再開
合宿再開の一日、そしてジェクスとカイドの全力の模擬戦をお届けします。
翌朝、施設の中庭に、いつも通りの朝が戻っていた。
「――今日から、稽古を再開する」
オルグレンの一声に、参加者たちは、それぞれの得物を手に取った。昨夜の襲撃の緊張感は、まだ体のあちこちに残っていたが、それを理由に足を止める者は、誰もいなかった。
「――先導隊からの連絡は?」ジェクスが尋ねる。
「昨夜のうちに、簡潔な報告だけ送った。詳細はまだ返ってきてないが、無事は確認できてる」オルグレンが答えた。「向こうも、向こうで何か動いてるのかもしれん」
「――心配ですね」
「心配してる暇があるなら、自分の課題を進めろ。それが、一番の援護になる」
その言葉に、ジェクスは小さく頷いた。
稽古場に向かう途中、カイドが追いついてきた。
「――昨日は、世話になったな」
「そっちこそ、最後の一撃、格好良かったぞ」
「――お前に言われると、なんか複雑だな」
軽口を叩き合いながら、二人は歩みを進めた。
「――なあ」カイドが、ふと真顔になった。「アリシャさんのこと、聞いたぞ。お前も、転移者だったんだな」
「――ガルドナーさんから聞いたのか」
「いや、フィーレさんからだ。……お前、隠すのうまいよな。全然気づかなかった」
「隠すのが上手いんじゃなくて、目立たないようにしてただけだ」
「――似たようなもんだろ」
カイドは、そう言って笑った。それ以上、深く追及してくることはなかった。
稽古場に着くと、フィーレが既に待っていた。
「――さて、今日から本腰入れるわよ」
フィーレの声に、緊張感が戻ってくる。昨夜の襲撃は、誰の中にも、明確な危機感を植え付けていた。
「――カイド、まずは昨日の抜刀の続き。空中でも安定して放てるように、もう一段仕上げる」
「――はい」
「ジェクスは、二刀流の仕上げね。……もう隠してる必要、ないでしょ」
その一言に、ジェクスは苦笑した。
「――バレてましたか」
「見てれば分かるわよ、そのくらい」
フィーレは、意味ありげに笑った。
「――それに、昨日の戦いぶり、見事だったじゃない。もう、隠す理由もないでしょう」
「――そうですね」
「――なら、丁度いい」フィーレが、パンと手を叩いた。「今日は、カイドと本気でやり合ってみたら? 木剣同士、遠慮はなしで」
「――俺と?」カイドが、驚いたように振り返る。
「そう。お前も、抜刀術の完成度を試したいでしょう。相手が本気を出してくれる機会なんて、そうそうないわよ」
ジェクスとカイドは、しばらく顔を見合わせた後、どちらからともなく頷いた。
「――ルールは」ジェクスが尋ねる。
「木剣だから、あんたの魔力反射は使えない。あれは、あの特別な剣だからこそできる技でしょう」フィーレが答えた。「純粋に、当てた方の勝ち。カイドは、抜刀が体に触れれば勝ち。ジェクスは、それ以外の能力なら全部使っていいわ」
「――全部、ですか」
「隠す理由、もうないんでしょう?」
その一言に、ジェクスは小さく笑った。
「――分かりました」
向かい合う二人の間に、張り詰めた空気が流れた。
「――始め!」
フィーレの合図と同時に、ジェクスは地を蹴った。ギフトによる超人的な脚力が、瞬時に間合いを詰める。
「――速っ!」
カイドが咄嗟に木剣を構えるが、反応しきれない。ジェクスの拳が、その脇腹を掠めた。
「――くっ」
「――まだまだ!」
ジェクスは、その場で空へと舞い上がった。上空から一気に加速し、カイドの死角へ回り込む。両手には、既に炎が灯っていた。
「――卑怯だぞ、それ!」
「隠す理由、ないんでしょう?」
先ほどのフィーレの台詞をそのまま返しながら、ジェクスは炎を纏わせた拳を繰り出した。カイドは、それを紙一重で躱すが、体勢を崩される。
(――だが、崩れた体勢からの抜刀こそ、俺が鍛えてきたものだ)
カイドは、体勢を立て直すより早く、鞘に手をかけていた。抜刀の型――どんな状況でも放てるように、この一月で磨き上げてきた技。
「――そこだ!」
ジェクスの動きを読み切り、カイドが抜刀した。狙うは、着地の一瞬の隙。
だが、ジェクスは着地せず、空中で体を捻り、その軌道を紙一重で躱していた。
「――なっ!?」
「――さっきの意趣返しだ」
ジェクスが、笑いながら言う。地上に降り立つと同時に、再び踏み込んだ。
炎を纏った拳と、抜刀の一閃――二つの技が、幾度となく交差した。カイドの太刀筋は、以前よりも遥かに鋭く、隙がなくなっている。だが、ジェクスの驚異的な身体能力と飛行を活かした変則的な動きに、決定打を与えきれずにいた。
数十合の応酬の末、二人はほぼ同時に、大きく距離を取った。
「――はあっ、はあっ……」
肩で息をするカイドに対し、ジェクスもまた、額に汗を滲ませていた。
「――決着つかねえな、これ」
「――お互い様だ」
見ていたフィーレが、満足そうに頷いた。
「――上出来よ、二人とも。今日はここまでにしましょう」
その言葉に、二人は同時に剣を下ろした。全力を出し切った清々しさが、稽古場に満ちていた。
「――お前、飛びながら炎纏うとか、反則くせえよ」カイドが、息を整えながら文句を言う。
「今まで隠してた分、遠慮なく使わせてもらった」
「――今度は、俺が抜刀を当ててやるからな」
「望むところだ」
夕暮れの稽古場に、二人の笑い声が、しばらくの間、静かに響いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
隠す理由がなくなったジェクスの全力と、この一月で磨き上げたカイドの抜刀術——決着はつきませんでしたが、二人ともに手応えを掴めた一戦だったと思います。
次話もお楽しみに。




